第2話 貴方がその手を取るならば

───大金持ちの商人には息子と娘が三人ずついました。

ところが、突然破産して、町から小さな離れた家で農業をしながら暮らさなければならなくなりました。

末娘はよく働き、そしていちばん美しいので「ベル」と呼ばれる、心やさしい子でした───


 ラ・ベルの金切り声に周囲がざわつき、そして恐怖の色を浮かべながら家に入っていく。


「やめなさい!そんなことを言ったら───」


 父親がラ・ベルの手を離し、周囲を見渡す。


「!みんな!コネクトして!」


 その様子にレイナも大声を上げる。いつの間にか特有の声を発しながらヴィランが集まってきていた。


「とりあえずこいつらを片してからだな!」


 ハインリヒにコネクトしたタオが槍を振るう。比較的弱いヴィランだったようで、簡単に靄になっていく。

 同じくジャックにコネクトしたエクスも斬撃を食らわしながらベルの方を見た。ラ・ベルは口許に手を当て、ことの成り行きを見ていた。ヴィランに驚く、というよりは、エクスたちが姿を変えヴィランと戦っているということに戸惑っているようだった。


「はいはーいもうラストにしちゃうよ!」


 ぞろぞろと集まるヴィランの中心に、三月兎にコネクトしたファムが楽しそうに飛び込み必殺技をお見舞いする。毒の波紋は毒に冒す前に全てのヴィランを靄へと帰した。

 かくして、何の苦もなくヴィランを一掃することができた。


「ちょっといいかしら?」


 英雄からコネクトを解いたレイナは、一連の光景にただ立ち尽くしていたラ・ベルにやっと声をかけた。ラ・ベルは目をパチパチさせながらレイナを見やると頭を軽く下げた。


「あ、ありがとう。この黒い生物は倒すことができたのね。わたくし、ラ・ベルと申します。貴方たちは…?」

「私はレイナ。旅をしているの。ヴィラン、さっきの黒い生物ね。それが出るようになったのは最近なのかしら?」


 レイナも自己紹介をすると、驚きも少し紛れたのかラ・ベルは表情を柔らかくした。


「ええ。わたくしが森に行こうとすると現れるようになったの。不気味で怖くて、いつとは逃げていたわ。まるで、わたくしを森に行かせまいとするようで…」


 忌々しい。と、可憐な少女からは少し刺のある言葉がぽつりと漏れた。ラ・ベルは焦るような気持ちでいつもいたのだろう。自分の運命が、運命ではなくなりつつあるこの現状に。


「でも、でも、もしかしたら貴方たちがいれば!」


 途端にラ・ベルは顔色を明るくし、レイナたちを見渡した。その様子に父親は青ざめながらラ・ベルの手を引いた。


「い、いかんいかん!旅の人にも迷惑だろう!それに今は上手くいったかもしれないが森にはもっと恐ろしいものがいるかもしれないんだぞ?」

「父殿、シェインたちを侮ってはいけませんよ」


 シェインがそう言うと、父親はシェインを余計なことを言うなとばかり睨んだが、シェインは目を反らした。


「えっとー…。あの、すみません。何て言ったらいいか難しいんですが、あのヴィランが出てる時点でこの想区に異変が起きているんです。もしかしたらここにいても娘さんに悪い影響が出るかもしれなくて…その、娘さんとちょっとお話しさせてもらってもいいですか?」


 フォローするようにエクスが言うと、それまた今度は違った意味で父親は怪訝な顔をした。


「ナンパとか思われたんですかね。エクスさんって本当に損なところありますね」

「……言ってやるな」


 笑いを堪えるシェインに憐れな目を向けるタオ。


「もう!みんな余計なこと言うから!あの、私たち怪しいものじゃないの。ちょっとベルさんとお話がしたくて。いいかしら?」


 完全に疑いの目を向ける父親にレイナがにこりと笑うと、父親も少し警戒を解いたようで、ベルがいいなら、とその場を離れた。



「さて。まずは貴方の運命の書に無いことは何なの?」


 ことを急ぐラ・ベルの意思のもと、一行は町を出て森へ続く草原の道を歩いていた。


「わたくしは、お父様が港の町へ財産を取りに行った帰りにわたくしの伴侶となる野獣の屋敷に行くはずだったの」


 港町では結局財産を取り戻すことはできず、その帰り道で例の森深くにある野獣の屋敷に立ち寄る。人っこ一人もいない屋敷には暖かい暖炉と美味しい食事。そして、ラ・ベルが港町に向かう父に唯一お願いしたバラが美しく咲き誇っていた。そのバラを一つ手折るとどこからか獣の咆哮がし、振り向くと世にも不気味な野獣が立っていた。


『この恩知らずが!償いにお前を殺してやる!』


 わなわな震える父親はつい、「娘が欲しがっていたのです」というと、野獣はお前が死ぬか、その娘を連れてくるか、と、条件を突き付けた。父親はやむ無く、娘、ラ・ベルを野獣の元へ連れていくことにした。


「………父殿、娘を思っているのか思ってないのかよく分からんな」


 エイダはうーんとこめかみを押さえた。ラ・ベルも苦笑ぎみに吹き出すと、


「それが、わたくしの運命なの。でも、財産は何故か取り戻せ、父は森に立ち寄ることなく戻り、そして、今も裕福に暮らしているわ。わたくしには彼のものではない綺麗なバラが咲いている」


 そのバラを眺めるために思うのだ。

 まだ見ぬ、見ることも叶わぬ、醜い野獣と、その野獣が育てた美しいバラがいかなるものであるのか。


「おかしいわね。まだ知らぬヒトだというのに、一方的に手を離されたみたいで。それが物凄く寂しいのよ」


 運命の書を通した温もりが絶たれたようで、と、ラ・ベルは誰もいない空を掴んだ。






 

 

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