千徳の姫

9-6 危機

 久しく、戌姫の部屋に入る。横に茶釜が置いてあり、奥の屏風のアザミは何輪も重なる。それは紫色で、一本一本の毛も余すことなく描かれていた。


 津軽ではアザミを食用となす。ただし似たものでヤマゴボウがあり、口に入れると死に至る。



 戌姫は屏風の手前に、こちらが見えるように座していた。左の手のひらは為信に座るよう促す。為信は刀を横に置き、胡坐をかいた。



 ……静寂が流れる。しばらくして、戌姫は茶釜の方へ退いた。柄杓を手に取り、茶をいれようとしているのだろうか。


 その時だった。大きい屏風はこちら側に倒され、一人の優男が刃を向けた。躊躇うことなく襲い掛かる。為信は刀を抜く暇なく、鞘で身を守った。敵の舌打ちで、唾が顔へ飛び散る。


 “おい、誰か” と為信は叫んだ。すると先ほどまで傍にいた沼田など三名が駆けつける。


 敵は為信よりいったん離れ、三人を一挙に相手した。手筋はかなりあるらしく、かわるがわる翻弄していく。一人目は腕を切られ、二人目は顔を斜めに血しぶきをあげた。沼田も果敢に挑んだが、脇腹に傷を受ける。


 いよいよ為信である。為信は刀を抜き、敵と向かい合った。だが力量は歴然としている。敵は襲い掛かり、為信と刃を交えた。ギリリと音を立てながら、為信は次第に押されていく。ふと戌姫はどうしているかと横を見る。その瞬間に油断がたたったか。刀は宙に舞う。


 そして今にも切られようとする。為信はその右手を前に出して、身を守ろうとした。……右の手のひらの丁度上から下まで、一直線に凶刃が入る。経験したことのない痛みが全身に走った。


 敵は続けざまにもう一振りしようとする。すると外からはドタドタと家来が集まる音がたつ。当主の危機に気付いた者らが再び集まり出したのだ。




 そのとき為信は敵の足を蹴った。予想外の行為に、敵はそのまま体制を崩す。刃持つその手より奪おうと揺り動かした。敵は奪われてなるものかと必死に抵抗する。


 その時、戌姫は……為信に、茶碗を投げた。互いの目が合う。

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