8-9 襲名
翌日……八木橋の右頬は赤くはれている。彼は朝餉の前に参上し、為信に腹案を伝えにきた。既に膳は前にある。“後じゃだめか” と訊くが、八木橋は今がいいという。
「なるべく、森岡殿のいない時がいいのです。」
なるほど。また叩かれるのが嫌なのだ。八木橋は話し出す。
「鼎丸様には、大浦家を継いでいただきます。」
森岡に屈したのか。
「いえ、違います。殿は石川城に入っていただき、新たに“津軽郡代” を名乗るのです。」
“津軽郡代”
かつて南部の代官が津軽を治めるにあたり名乗った役職だ。最初は津村氏、後に石川高信、次子の政信が名乗る。
「殿は津軽郡代として別の家を興す。大浦家は津軽郡代に忠義を尽くす。これならいかがです。」
……八木橋は、すごいことを考えている。郡代の名乗りは信直公に許しを得るべきところだが、話としては悪くない。
別の家を興すのならば……津軽郡代大浦為信。いや、違う。津軽を治めるのだ。
“津軽為信” であるべきだ。
この案は詳しく詰められ、広間での評議へ移る。為信という大人物が先頭に立つことは変わらず、鼎丸の大浦家当主としての地位も保たれる。多くの者が賛同した。
ただ一人、森岡のみ反対する。
“実際は殿が力を持ったまま。鼎丸様は置き人形。だまされませんぞ”
森岡は唾を吐き、広間から立ち去った。
“為信も、俗物だな”
彼の心は、為信より離れた。
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