7-5 髭殿誕生
もしや……小笠原殿も殺すのか。兼平と森岡は恐れた。いまや立派な仲間。失いたくない同志。
一方で為信に、その気はない。まったく違うことを考えていた……。
翌日、石川城を攻めた側の軍勢は、もと来た城へ引き返す。城代として家来の板垣将兼を任じた。……すべては落ち着いたが、爪痕は大きい。九戸派についた千徳氏らはいまだ健在で、虎視眈々とわが方を狙っている。科尻と鵠沼の黒幕……万次党の存在も怖い。津軽は、互いに動くに動けない状況に突入する。
……城にて、為信は何を感じるか。心身ともに、疲れがたまっている。ふと、鏡を覗いた。やつれた表情がそこにある。当然だろうが……しばらく髭を剃る暇もなかった。毎日丁寧に剃っていた顔に比べ、まるで別人のよう。
“石川高信公が、目の前にいる”
”あご鬚を伸ばそう” 為信はそう思った。為信の理想は彼だった。私は彼のように生きることはできないだろう。ひたすら忠義に生きること叶わぬ。
顔だけでも、高信公に近づきたい。
死地を乗り越え、家来を斬った。張り詰めていた気持ちが、やっとで緩む。
為信はそのまま、戌姫の元へ向かった。彼女は申し訳なさそうな表情で、為信を部屋に迎え入れる。その実、戌姫も彼女なりに責任を感じている。鼎丸と保丸の二子は連れ去られた。“私がもう少し見張っていれば防げたのではないか” と考えてしまう。
彼女は、謝ろうとした。
それよりも先に、為信は戌姫に抱きつく。襖は開いたまま。強く、ひたすら強く。
そして、泣きはじめた。
これからは、心とは違う道を歩む。何度も“甘さは既にない” と言い聞かせたが……お前だけにはわかってほしい。本当の為信ではないのだと。
手前の廊下で、兼平がちょうど足を止める。泣き喚く様を見て……少しだけ気持ちが和らいだ。“殿は冷たい人間ではない” と。
彼は静かに、その場を立ち去った。
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