4-10 妻の仇

 堂を囲む後ろより、信直の味方が現れる。晴政の軍勢は挟み撃ち。火縄への恐れも重なり、兵らは逃げ惑った。丘を下り、迫る敵をはねのけ、元来た方へ引き返していった。


 だたし晴政はふとともを撃たれており、思うように動けない。周りにいた兵らは仕方なしにその重い体を支え、一時だけの隠れるところを探した。……すると、猟師の納屋が目に映る。急いでその中へ入る。


 信直の兵はそれを見逃してはいなかった。すぐさまお上へ報告し、彼はその納屋を鉄砲隊で囲む。立場が逆転した。


 信直は、兵らにわざと壁の上側に目標を向けさせた。そして乱撃ちをさせる。……実をいうと、さきほど晴政の右のふとももを撃ったのは正確だった。心の臓を狙うより、永遠の苦しみを味合わせてやろうという考えである。


 納屋の中は、銃声に怯える羊ら。すでに命は敵のもの。


 ……信直は、笑顔である。月の光に照らされると、それは人間界のものではない。悪霊が乗り移っているかのよう。




 一刻過ぎ、大半の敵兵が逃げ去ったころ。屈強な武者が馬に跨って、信直の方へ近づいてきた。彼は晴政の企みを教えてくれた北信愛である。


 北は深刻そうな顔で、大声で怒鳴る。


 「何をなされておいでか。」


 信直は平然と“主君殺しよ” と答えた。北は続ける。


 「あなたを思い憚って、難から避けていただこうとお教えしたのに……馬鹿殿。」


 そういうと、信直の頭から兜を奪い、力強く投げ捨てた。


 「城では大殿を救おうと、他方に援軍を頼んでおります。九戸勢はもう少しで到着。そうなれば……このような小勢などひとたまりもない。私とて、あなたを討たざるを得なくなる」


 “ふん、妻の仇だ。魂を救うためだ”


 北のあきれようは半端ない。


「なにを……翠様は生きておいでですぞ。」

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