3-9 称賛
長い太刀を持ち、左腕には縄をつりさげてある。鹿は目の前に迫る。間近に来る。もう少し、少し……今だ。太刀は、鹿の首根っこを刺す。
“おおっ”と皆々歓声をあげる。さて縄で縛って終わりと、武者は太刀を鞘に戻す。
……すると、鹿は突然暴れ出した。足を高く上げ、今にも武者に襲い掛かろうとする。
固唾をのむ。武者は何とか踏み切って逃げようとしたが、縄が鹿の体と絡まってしまい、思い通りにはいかない。周りの者も助けに行こうと走り出した、その時。
辺りに爆音が響く。
ここは田舎者の集まり。初めて聞くものも多く、慌てて耳をふさいだ。
……為信は鹿に向かって撃ったのだ。獣は心の臓をやられたか、動きはなくなる。武者は間一髪で命拾いをした。
為信は皆から称賛を受けた。その筒は何だと、触らせてくれと大勢が寄ってくる。為信は次の火薬と弾を込め、もう一度遠く撃つ。再び爆音とともに、生い茂る草を颯爽と通り抜けた。自然と拍手が起きる。
席に座ったまま遠目で、石川高信も見ていた。隣の政信に耳打ちする。“信直のようだな” と。政信は“はい、津軽にも扱える者がおろうとは” と甚だ驚いていた。
……少し経ち、田子信直も到着した。最初に遅れたことを釈明し、父に許しを乞うた。父高信は“よい、よい” と優しくなだめた。彼の奥方は肌触りの良い小さな布を、高信の額に当てる。とめどなく出る汗を丁寧にふき取っていた。
信直は、神妙な顔つきになる。そして、父に言った。
「私は……大殿の子が男なら、家督を辞退します。」
父は息を一つ出す。“だろうな” といった感じで、信直に言った。
「戦国の世は、生きてこその大事だ。」
父は傍らに置いてあった水筒を、息子に渡した。信直はその蓋を開け、ぐいっと飲む。そして兄は弟に残りを渡し、弟も同じようにぐいっと飲んだ。奥方はその様を見て、微笑む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます