1-4 卍の男

 為信は問う。それはどういう意味かと。


 面松斎は古い本を開き、文字を指し示す。


  “……誠がありて恵み深きならば、問ふまでもなく大いに吉。誠がありて徳を恵むのなれば、民も信頼す……”



 元より私は為信の才覚を信じている。……決めた。どうとでもなれ。為信と心中する。



「為信様。この儀、他国者の民にとって大変利益があります。我らのことを気にかけてくださる殿でございます。……皆に協力するように話してみます。」


 面松斎は手をつき、為信に向かってひれ伏した。為信は家来にもこのようなことをされたことがない。たいそう、慌てふためいた。


 「面松斎殿……そのようなことをされると困ります。」


 面松斎は顔をあげた。すると……本当に為信は困った顔をしていた。これでもかという面構え……。おもわず笑ってしまった。


 為信も最初は “何がおかしい” と思ったが、つられて笑ってしまった。二人の楽しげな声は辺りまで聞こえただろう。


 外にでると、雪がちらつき始めていた。寒い冬がやってくる。今年はいつもより遅い。


 面松斎は、帰る為信の後ろ姿に言葉をかけた。


「“風雷益”でございますれば、私欲に走るような真似をすればたちどころに運を失います。くれぐれも正しき鏡を忘れぬよう。」


 びゅーっと海風が荒れ野を通り抜けて、鳥居や屋台に吹く。今夜は理右衛門のところにでも泊まるのだろうか。小舟を海に浮かべれば数時間で着く。……私も万次様に話さねば。どのようなご判断を下さるか。


 万次は、的屋の元締め。背中には登り竜の刺青を入れている。基本、面白そうな話には乗ってくるたちだ。しかも今度のことで仲間の命を失うことはない……はずだ。ふりをするだけなのだから。


 彼は仲間らと、稲荷の社殿で賭け事をしていた。何も知らぬ者は神聖な場所だと思うだろうが、実は違う。生臭い、下衆の集う荒れた場所だ。


 面松斎は障子を少しだけ開く。

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