第1話

「ねえ、――さん。――さん。」


 俺の名前を繰り返し呼ぶ、女の声。


「何度でも、何度でも、何度でも、呼ぶよ。――さんの名前」


 どこかで聞いたことがあるような。

 だが、絶対に反応してやるものか。


「――さん。聞いて、聞いて」


 俺がうんともすんとも返さなくても、平気な顔して話を続けてくる。


「私ね、――さんのために、チョコを作ってきたの」


 鬱陶しい奴だ。

 俺はチョコなど食べはしないというのに。


「カカオ豆から作った手作りチョコよ」


 なに。カカオ豆からだと。

 俺はカカオにはうるさいんだ。


「ほら、これよ」


 女が箱を取り出し、包みをほどく。

 中から現れたのは、輝くほどに滑らかな、淡い茶色のチョコレート。


「甘い、あまーい、ミルクチョコレートよ」


 ミルクチョコレート、はん!

 そんな甘ったれたもんチョコとは認めねぇよ!

 チョコといったら、カカオ100%のブラックチョコレートだ!

 やっぱり、おまえみたいなイカれた女には……


「ビターチョコもあるわよ」


 な。


「カカオ100%の、ブラックチョコレート……」


 なんだと。


「お好みを、たっぷり、召し上がれ」


 女は、両手からこぼれるほどに、大量のブラックチョコレートを、じゃらじゃらと……


 お、おい、やめろ。

 俺は、俺は。

 そんなものを貰って、一体、どうすれば良いんだ。


「さあ、ご賞味あれ」


 女は、花の咲いたような満面の笑みで、嬉しそうに言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る