第13話 呼ぶ声

「………俺は生き物を襲う存在だから、それを嗅ぎ取って警戒していたんだろう」

 やっとありついた昼食の席で、蓮太郎がポツリと言った。私は言葉も分からないし、分かったとしても目の前のお子様ランチに夢中でその言葉を聞いていなかっただろう。しかし、それをきちんと聞いていた雪那は怪訝な顔をした。

「コイツ、お前が吸血鬼なんて理解してないだろ」

 蓮太郎が人間の生き血を啜ることを私は知らないはずだと雪那は言い、実際、当時はその通りだった。だが蓮太郎は静かにコーヒーを飲みながら、それを否定する。

「……動物は本能で分かる。この子は狼人間だから」

「ふーん、つまり本能で警戒してたコイツは人間より動物に近いってわけか。おいお前、動物って言われてるぞ」

 蓮太郎の言葉を勝手に解釈し、雪那は愉快そうに私の頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。小盛のスパゲティを苦労して平らげた私は、いきなり頭を撫でられた理由が分からず、ミートソースだらけの顔をポカンと向ける。それを見た蓮太郎は、す、と目を眇めた。

「――――――お前、本当に仲良くなったんだな」

 言われた言葉の意味が分からず、一瞬停止した雪那だったが、私と仲良くなったという意味だと把握するやいなや、「違う!」と声を荒げた。しかし、私の頭を撫でるという行為に自分でも説得力がないと分かっているのか、わずかに赤くなりながらバツが悪そうに黙り込む。

「そんなに否定しなくてもいいじゃないですか。これから一緒に住んでいくんですから、仲が良いにこしたことはありませんよ」

 純子は言いながら汚れた私の口をハンカチで拭い、畳みかけられた雪那はぷいっとそっぽを向いてしまった。

「ですから、蓮太郎さんを避けているのも気になっていたんですよ。でも、これから仲良くなれそうですね」

 ふふっと純子に微笑みかけられて、雪那に続いて蓮太郎もふいっと視線を外す。

 視線を他所に向ける二人を見て、純子は満足そうな顔をした。そして、ちょっと首を傾げて問う。

「今日はどちらがこの子をお風呂に入れますか?」

「「!!」」

 ぐうっと黙り込んだ二人をよそに、当の私はハンバーグを頬張ることに全神経を注いでいた。




 その日はジャンケンで負けた雪那が「こんな長い髪どうやって洗うんだ!」と叫びながらお風呂に入れてくれ、次の日は諦観を見せながら蓮太郎が、そして純子も時々、といった感じで順番に寝るまでの私の面倒を見てくれるようになった。雪那が担当の日は必ず、私は自分の部屋で寝ることを拒否して雪那を引っ張って彼の部屋まで行き、勝手にベッドに潜って先日のようなお話をせがんだ。雪那は心底嫌そうな顔をしていたが、すでに横になって期待した目をしている私を見て諦め、再び星を動かして語った。蓮太郎が担当の日も、彼の部屋も面白いだろうかと訪ねてみたがドアには鍵が掛かっており、中に生き物の気配もしなかった。家具が運び込まれて賑やかになった部屋のベッドに私が横になるのを確認して、先ほど出ていったから彼も自室に戻ったのだと思っていたがどうやら違ったようだ。その後も何度か蓮太郎の部屋に行ってみたが、悉く留守だった。そして純子が担当の日も同じように部屋を訪れたが、これも蓮太郎と同じで留守だった。鍵は開いていたので勝手に中に入ったが、先日見たのと変わらず、殺風景な部屋があるのみだった。

 後で知った話だが、蓮太郎は夜が活動時間のため、私がベッドに入った後はほぼ出かけているらしい。純子はそもそも睡眠を必要としないので、あまり部屋には戻らないそうだ。ということで、私は雪那以外が担当の日はおとなしく寝ることにした。

 日中は蓮太郎が眠りにつき、雪那は家の外へと出て行ってしまうので、私はもっぱら純子と縁と過ごした。純子とは図書室に行って本を読んでもらうことが多く、縁とはテレビを見たり庭を散歩したり、昼寝をしたりした。メリハリのない生活のように見えるが、「日常」というものを知らない私にとってはすべてが新鮮で発見ばかりの日々だった。また、私の顔より大きなボールという遊具も与えてもらったので、縁が一人で外出や昼寝をしており、純子も家のことをしている時にはひとりでボール遊びもするようになった。

 私がこの家に来て三週間ほど経ったこの日も、私は一人でボール遊びをしていた。敷地内ならどこでも行っていいと言われていたので、内と外を隔てている高い塀まで行き、蹴ったボールをそこにぶつけて遊んでいた。塀から跳ね返ってきたボールをいかに連続で蹴り続けられるか、真剣に挑み続け、しかしあらぬ方向へと飛んで行ったボールは草の上をてぃんてぃんと悲しげに転がった。仕方なくボールまで駆け寄り、屈んで拾う。

 その時だった。

「おいで」

 私の理解できる言葉で、塀の外から呼ばれた。

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