第35話 男。お母さんのお墓の前で。

 翌日、俺は朝早く情報を仕入れに家を出た。

 例の大きな家の集会室に行くと、大勢の人がすでに集まって来ており、小さな集団になって話をしている。

 話をまとめると、やはり流行り病らしい。

 確かな情報として、高橋さんが亡くなった。

 最も恐れていたことが始まった気がした。

 それと、もうすぐ漢方医の人がここに来ると言う。


「皆さんお静かに。今回の病気に関してわかったことをお話しします」


 誰かが大きな声で話し始めた。

 少し白毛の入った初老の人がどうやら漢方医らしい。

 すごく疲れて見えた。


「今朝私は、西の浜辺から帰って来ました。

 そこで起こっている病気についての報告です。

 結論から先に申し上げるならば、流行り病が再び流行し始めました」


 人々の間で、どよめきが起こった。


 やはりそうか。

 いきなり俺の心臓が早くなった気がし、動揺しているのが俺自身でわかった。

 冷静にならなくては。


「今回の流行り病は20数年前に流行った病と特徴が似ており、最初に激しい頭痛。それから高熱となり、熱が出たら一人では立てれなくなる。やがて食欲もなくなり、発病して1週間以内に死亡します。1週間以上生き延びれば、病気に対しての抵抗力が徐々増えて回復してきました。向こうでは45人の人達が発病しています。発病して1週間過ぎて回復した人達は15名。それまでに亡くなった方は9名になっています。その他の方はまだ闘病中であり、予断を許さない状況であります。治療方法は、残念ながら対処療法しかありません。頭痛と熱冷ましの漢方の両方を使用します。報告は以上ですが質問んがあればどうぞ」


 誰かが、俺が聞きたかった質問をした。


「すでに高橋さんが亡くなられました。これ以上の流行り病を防ぐには今回どのようにしたらいいのですか」

「基本的には、出来る限り人と会うのは控えてください。外から帰ったらしっかりと手を洗って、うがいをする。もしも、該当する病人が家から出たら、いつものように黄色の札を玄関先に掲げてください。不幸にも亡くなった方が出ましたら赤い札を。その家には絶対に皆さん行かれないように。札を出して10日過ぎれば安全とみなし、札を取り外してください。食料配達係りの人は、それらの札を見たら食料を玄関先に置いて、声をかけてそのまま帰ってください。ご承知とは思いますが、その家の人と会話をしないように。以上ですが他には」


 その後も色々な質問が出た。

 ついに最も恐れていたことが起こった。

 俺は追加の漢方をもらい、急いで家に帰った。

 帰って早速黄色の札を取り付けた。


「ただいま、今帰ったよ」


 俺がそう言うと、美貴が奥から道夫を抱っこして急いで来た。


「で、どうでした」

「俺たちが恐れていたことが現実となったよ。

 お母さんは流行り病にかかっている。

 発病して、1週間が過ぎれば大丈夫そうだ」


 俺はそれから、仕入れてきた情報を全て美貴に話した。


「1週間ね。分かったわ。

 それで、もしもの為に対策を考えてたんだけど、聞いてくれる」

「もちろんだけど、どんな対策なんだい」

「家族を完全に二つに分けて、なるべく接触しないようにするの。具体的に言えば、私が母さんの看病をして、智が道夫の世話をするのはどう」

「それは名案だね。これ以上病人を増やしたくないし」

「それでは今から、ね」

「えー。今から10日間。美貴に会えないのか」

「もう、智ったら」


 俺は美貴にキスをした。


 これから少なくとも10日間会えない。

 でも逆に、美貴は道夫に会えない。


 悲しくなった。


 それから5日過ぎた日の早朝。

 美貴が激しく泣いている声が聞こえて来た。

 急いで俺は、お母さんが寝ている部屋の襖の外側に行って美貴に話しかけた。


「美貴どうしたんだ」


 泣いていた美貴が、涙声で答えた。


「母さんが亡くなったの。私、これからどうしたらいいんだろう」


 俺はショックを受けた。

 思考がしばらく停止していた。


 そうだ。

 行動に移さなければ。もし、亡くなった方が出たら、若い衆に連絡して土葬をしないといけないと漢方医が言っていた。


「美貴。聞こえるか。俺はこれから若い衆を連れてここに戻ってくる。以前話した土葬をしなければならない」

「わかったわ。私ここで待っている」


 泣きながら美貴はそう返事をした。

 萎縮した子供のような声だった。

 急いで俺は道夫を抱いて若い衆が集まる建物に行った。

 流行り病の期間は、ここには人が常駐していると聞いていた。

 行くと数人の人がそこにいた。

 詳しい話をしたらすぐに行動に移してくれた。

 彼らによると、亡くなられたのはお母さんを含めてすでに11人になっていた。

 ほとんどがお年を召した方だったが、その内の二人は2歳までの子供だと言っていた。


 お昼を過ぎる頃には、お母さんのお墓を作り終えていた。

 美貴も今は隣にいる。

 道夫を抱いて涙を流し続けている。

 美貴は、そこを離れるまで一言も話さないで、ずっと泣いていた。

 俺は美貴の肩を軽く抱くしかできなかった。

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