第6話 女。お腹がすきすぎて、死にそうだったの。

 彼と一緒に、1階に降りて行くと、人が立っていた。


「決まったようだな」

「はい、宜しくお願いします」

「ベッドでの試しはどうするね。この先には、それ用の部屋があるが。」


 え、ベッドでの試し。

 そ、そ、それって。もしかして、もしかして。どうしよう。

 心の準備が。

 てっきり、夜だと思っていたのに。


「いえ、結構です。このアンドロイドでお願いします」

「ほう、珍しいな。ほとんどの男は、お試しをするんだが。まあいいか。君が決めたことだし」

「このあと俺は、何をすれば」

「彼女の名前を決めて、結婚式だ。ま、結婚式は昔の風習で、契約の言葉でを交わし、記念写真を撮るだけだけどね」


 よかったー。

 思わず焦っちゃた。いよいよ結婚式か。

 そういえば母さんの結婚式は、和服の結婚衣装だったな。

 私も着たいな。

 でも、彼が決めるので私の意見なんて言えないし。

 それに名前ね〜。

 私と同じ名前に決めて欲しいけど、こればかりは叶えられそうにないな。


「君の名前は美貴と書いて、美しい貴婦人という意味だ」

「素敵な名前をつけていただいて、ありがとうございます」


 やっぱりそうだった。

 でも、意外と素敵な名前かな。

 この名前になれないと。名前を呼ばれて返事をしなかったら疑われる。


「というわけで、この名前でお願いします」

「さてと、そうと決まったらこのビルの二階に行ってくれ。そこが結婚式場だ。


 二階に行くと、予想通りの感じだった。

 あらかじめ、下調べをしていたからだけどね。

 女の居住区の結婚式場と違うのは、えーと。シャンデリアの形が少しちがうわ。

 それに、装飾品。わー、こんなに大きなシャンデリアを実際に見るのは初めて。

 ガラスが光り輝いている。


 綺麗。


 窓はステンドグラスになっているわ。

 あの、ひときわ大きなステンドグラスの中の人物は確か、イエス様。

 結婚式の神様、だったかな。

 家具類は向こうの式場と同じ感じの、アンティークの家具を置いてある。

 素敵な空間。


 私、ここで花嫁になるんだわ。


「わー、すごく素敵ですね」

「ああ、そうだな。俺もそう思うよ」


 あの装飾品、綺麗だな。


 それに、あれも。


 近くに行って見たいけど、単独行動は怪しまれるし。

 あ、誰かがこちらに来る。


「こんにちは。結婚衣装の案内係です。こちらにどうぞ」


 私が着たい和服の結婚衣装を、彼が選んでくれればいいんだけど。

 結婚式の神様に頼めば聞いてくれるかな。

 でも、神様なんている訳ないし。

 この部屋の壁は鏡張りになっていて、母さんと服の買い物した時の設備に似ているわ。


「ここで結婚式用の衣装を決めます。こちらのタブレットで衣装を呼び出し、試着する事ができます。私は外で待っていますので、ご自由にお試しください」


 やっぱり同じだ。

 あーあ、私のは私が選びたい。

 彼にお願いしようかな。

 でも、変だよね。アンドロイドが結婚衣装を選ぶなんて。


「美貴、君はどんな花嫁衣装が好みだい?」

「え、私の意見ですか?」

「そうだよ。君の意見を聞きたいんだ」

「えーと。和服の結婚衣装を試してもいいですか?」

「もちろんだよ」

「ありがとうございます」


 あ、願いが叶った。

 でも、どういう事だろう。彼、思っている以上に優しいのかな?

 そうだよね。

 でないと、1人で決めるもんね。


 タブレットを手渡されたけど、これは以前使ったことのある同じタイプのタブレットだ。これなら簡単に見つけられる。

 前から、これ着てみたいなーと、思っていたのがあったんだ。

 えーと、鶴、鶴の絵柄の中の、これだよね。

 そして、これを押すと、試着できるはず。

 わー、すごく素敵。母さんに見てもらいたかったな。

 あ、そうだ。これに決めた事、彼に話さないと。


「これが気に入りました。どうでしょうか?」


 彼が、この花嫁衣装を気に入ってくれるといいんだけど。


「似合っているよ美貴。その、質問なんだが、その鳥は鶴だよね。その鳥好きなの?」

「はい、好きです。そして、このつるは幸福を運んでくれるとの言い伝えがあるんです。花嫁衣装ではこの鶴の絵柄が昔は人気だったと知ったので、着てみ・・」

「すみません。とにかくこの絵柄、気に入りました」

「俺のも選んでくれないか。どうも俺は服を選ぶのは苦手なんでね」

「はい、喜んで。やはり、和服にしますか?」

「そうだな。真理と同じ和服の方が記念写真にはいいよな」

「はい、私もそう思います」


 危なかったー。

 着てみたかった、と言いかけた。


 それにしても、彼と意見があって、とても嬉しい。

 えーと、前に、いいなぁと思っていた男性用の和服の結婚衣装が有ったよね。

 あ、これだ。

 彼に画像を見てもらって。

 彼が頷いたわ。では、これを押すと。どうかな。


「この服の名前、紋付き羽織袴って名前なんだね。どう、俺に似合っていると思う?」

「はい、とっても似合っています」

「よし、これに決めたよ」


 彼って、背が高いのに、和服がとても似合うんだ。


 素敵。


「お決まりでしょうか?」

「ああ、これで頼むよ」

「かしこまりました。服が出来上がるまで1時間位かかります。出来上がったらご連絡しますので、最上階にあるラウンジの方でお待ちくださいませ」

「わかった。宜しく頼むよ」

「かしこまりました」


 2人はエレベーターに乗った。何か話したかったけど、言葉になる前に最上階に着いた。

 そこは、周りが全て見渡せる空間だった。


「わー、すごーい」

「ほんとだな。これだけの景色を見るのは初めてだよ」


 右側には、高層マンションの群れが見える。

 多分一般家庭の区画だわ。


 正面には、一軒家の家々がある。

 多分 、エリートが暮らす区画だわね。

 あそこに住んでみたいな。

 でも、ここまでの夢が叶ったんだ から、これ以上の夢は起きないわ。


 あ、こっちは山だ。冬に何度か、家族でスキーに行ったことがあるわ。

 後ろは海だ。海に行くのは好き。波打ち側の波の音はリズミカルで、心を落ち着かせてくれる。


 ふと、彼が誰かに気づき、一緒に来いと合図をした。

 近ずくと、彼らは1組のカップルだった。誰だろう?


「よ、決まったのか?」

「ああ、紹介するよ。美貴だ。お前の方は?」

「もち、決まったさ。マリアだ」


 そのカップルは彼の友達らしかった。

 少し緊張しながら、自己紹介していたら、呼び出し音がなった。それは隆さんのスマホだった。


「あ、はい、わかりました。これからそちらに行きます」

「待ちくたびれていたところだったんだ。やっと結婚式ができる。じゃ、お先な。後でまた連絡するわ。おっと、ここのランチは不味いけど、フライドチキンだけは美味しかったぜ」


 そういえば私、丸3日間、何も食べてない。

 今朝は、お腹がすいて死にそうだった。

 さっきまでは、緊張し過ぎて忘れてた。

 よかったー、やっと食べられる。

 でも、ほどほどに食べないと、怪しまれるよね。

 今の私はフライドチキンの3人分は食べれそう。


「美貴は、お腹がすいてるかい」

「はい、すいています」


 あ、いけない。

 思わず力んだ言葉になったわ、気をつけないと。

 アンドロイドの真似をするのは、思っていた以上に難しい。

 しかも、アンドロイドと同じ量の食べ物を食べないと、怪しまれよね。

 あー、本当に3人分のフライドチキンを食べたい。


「よし、そうと決まればここでランチにしよう」

「はい、それに、フライドチキンは注文しないといけませんね」

「ああ、全くそうだ」


 彼、とっても素敵。

 この場面は本当はロマンティックなはずなんだけど 、今の私は色気より食い気。

 だって、本当にお腹が空きすぎて、死にそうだったんだから。

 




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る