第3話 男。弾けるような笑み
エレベータに乗って目的の階に止まった。目の前のドアが開き中の様子が見えるようになると、隆が興奮しだした。
「好きなのを選んだら、一階の受け付けに連れて来なさい。
そこで続きをするから。ま、今日は時間があるはずだから、じっくりと選びなさい」
「はい、分かりました」
隆が直ぐに返事をしたら、受け付けの人はそのままエレベータに乗って降りて行った。
「驚いたな、こんなにもアンドロイドが居るなんて想像以上だよな」
「そうだな。本当に想像以上だ」
思っているのと随分違っていた。
アンドロイドの体型と性格によって区画が分かれており、さらに顔も一目でわかるように展示の工夫があった。案内板が表示されており、例えば細身が好みの人はこの列、細身でも胸とお尻が大きめの体型の好きな人はこの列とか。隆は案内板を確かめると、すぐに行ってしまった。チラッと見えたのはグラマーで細身、性格は活発の列だった。
「さてどうしようか?」
どうしても今日中に、アンドロイドを見つけなくてはならない。
案内板をしばらく眺めている内に、興味のある文字が目に止まった。 "内気、小柄"。母さんとは反対の性格だ。しかも、母さんは背が高かった。
顔は、はっきり言ってどうでもよかった。
「よし、この列から探そう」
その列に着くと、両側に女性のアンドロイドが座ってこちらを見ていた。
その列をゆっくりと歩きながら、少しでも興味のあるアンドロイドには声を掛けた。
しかし、どのアンドロイドもそれ以上の興味が湧かなかった。
しばらくすると、一体のアンドロイドが目に入った。
こちらが見ているのが分かると、目を逸らしたのだ。
興味をそそられ、近付いて話し掛けた。
「お早う」
「あ、お早う御座います」
「君の得意な料理は何なのか教えてくれる」
これから一緒に生活する上で重要な質問だ。料理を作るのはアンドロイドの仕事だ。しかも 、毎日、毎食だ。
「あのー、和食ですね。それとメキシコ料理です」
歯切れの悪い返事だ。
それに、オドオドとした感情が伝わって来た。
アンドロイドからこうした感情が伝わって来たの初めてだ。
内気と案内板にあったからか。
服装は紺色の地味な色を着ていた。
興味を引いたのはさっき言った言葉、和食だった。
母さんは、和食は得意ではなく、洋食が中心の食事を作っていた。
「和食か、いいね。俺好きなんだ。
和食でも特に得意な料理は何だい」
少し考えていた。
「えーと、肉じゃがと味噌汁、それと卵焼き」
割と簡単な料理だけど、家庭的な料理でもあるな。
母さんは凝った料理をよく作っていたけど、毎日食べるには飽きていた。
歴史で、昔の家庭料理の味は、お袋の味が最高と書かれてあり、その中で卵焼きと味噌汁が例として書かれてあった。
俺って、母さんとは反対のアンドロイドを意識的に探しているな、と思った
「俺、肉じゃがと卵焼き、しばらく食べてないんだ。肉じゃがってどんな料理だったか教えてくれる」
「私が好きな肉じゃがは、ジャガイモ、人参、しいたけ、タケノコ、牛肉、しらたきなどの食材に醤油、みりん、酒、水で煮込んだ料理です」
「それ、美味しそうだな。味はどんな感じ」
「素朴な味ですが、飽きのこない、そう、昔の言葉で言うと、お袋の味ですね」
驚いた。さっき考えていた、お袋の味の単語を使った。
しかも、私が好きな、と言っていた。
アンドロイドは普通、私が好きな、とは言わない。
自己主張しないのが普通だ。最新のアンドロイドだからか?
「卵焼きの方は?」
「シンプルな方法だと、玉子と出汁、甘みを加えて焼きます。バリエーションとしては、ネギ、チーズ、ウナギなどの好みの食材を中に入れながら焼きます」
「ウナギと玉子は俺の好物だよ。でも、うなぎと玉子を一緒にした料理を食べたことないな」
「別の料理で、柳川という料理があるのですが、普通はゴボウとドジョウを出汁で煮て、玉子で綴じます。そのドジョウをウナギに変えると、とっても美味しいんですよ」
間違いない。アンドロイドが感情を表現している。
ますます、このアンドロイドに興味を持ていった。
「悪いけど、前に出てくれないか?」
そう言うと俺は、アンドロイドに手を差し伸べた。
一瞬迷った表情になったけど、すぐに俺の差し出した手をとって前に出てきた。
アンドロイドの手は柔らかく、繊細で母さんの手と随分と違っていた。
このアンドロイドの皮膚は人口的にもかかわらず、まるで人間の手のようだ。
背の高さは俺の肩ぐらいだった。
「悪いけど、上を向いてくれないか」
アンドロイドの顔がよく見えた。
瞳は焦げ茶をしており、目蓋は二重だ。
鼻はすらっとしており、口は上品な感じ。
目を見つめると、相手も見つめ返して来た。
目を見つめていると、何かを訴えているのが分かった。
なんだ、これは。
やはり感情だ。
何を訴えているんだ。
そうか、私を選んでくれと訴えているんだ。
これは驚いた、アンドロイドが自己主張している。
しかも、目だけでそれを表現が出来ている。感情を表現する能力が格段に上がったのだろう。
「君に決めたよ。一緒について来てくれ」
「有り難うございます。宜しくお願いします」
「こちらこそな。さ、行こうか」
「はい」
弾けるような満面の笑みをしている。
それを見た俺は、心の奥底に眠っていた今までに経験したことのない感情が芽生えたのを自覚した。
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