第10話 女性の常識と男性の非常識

 私は朝から絵里に怒られていた。理由は簡単である。私が絵里のメイクポーチを開けてしまったからである。何故私がそれを開けたのかと言うと、特に理由はないのだが、暇潰しにどんな物が入っているのか見てみようと思ったからである。つまり私にとってメイクポーチというものは、それ程重要な物ではないように見えていたのである。もちろんそれが重要な物なら許可なく開けたりなんてしない。そんなことは常識のない人間がやる事だ。まぁ、女性からしたら今回の私の行動も常識の無い行動と思われてしまうのかもしれないが、1つだけ言わせてもらえるとしたらこれだけは言いたい。私に悪気はなかった。しかし、絵里にはそんな事は理解される訳もなく、言い訳なんて無駄な事はもう分かっていた。何故それ程までに怒るのか聞いたら、面白い返事が来た。「自分の財布を見られるのと同じよ」と言われたのである。なるほど、それは失礼な事をしたと合点がいった。つまり私は許可なく人の財布を漁る非常識男と同じに見られてしまったのである。確かに絵里の理屈は正しいものであった。女性にとってメイク用品というのはプライベートな物、要するにあまり見られたくないものらしい。私はたまにSNS上でメイク用品を買ったとアピールしている女性の投稿を見かける事があったので、メイク用品=自慢出来るもの。あるいは承認欲求を満たせるものだと認識していたのだが、それとこれとは別だと言うのである。あれはどこかのブランドを買っただの、マニアックな物を買っただの芸能人の真似事をしているようなものなのだと絵里に教えてもらった。これもなかなかの理屈である。私は自分の理解力の無さを恥ずべきだと感じた。もちろん絵里には謝った。次からは気をつけると。私の女性に対しての常識は無知に等しいものだったのである。

 まぁ、そんな事があり今日の朝は気まずい。私の朝食は野菜ジュースだけだ。絵里はしっかり食べてるのだが、私はどうも朝は食欲が湧かない。つまり私は早々と朝食を済ませてしまっていて、絵里はまだ朝食の最中なのである。非常に気まずい。本来ならば煙草の一本でも吸いたいくらいなのだが、絵里の前では吸えないのである。これは絵里が煙草の匂いが嫌いだから。という理由である。仕方なく私は外へ出て煙草を吸うことにした。外では野良猫が戯れていた。私は動物には興味が無いが、こいつらにもメイクポーチ問題のような、オスメスの常識非常識があるのか?と思い目をやった。無論無いのだろうが分かっていてもそう考えてしまうのである。時刻を見るともう数分はぼーっとしていたようだ。朝は忙しいもので私に残された時間は後7分程であった。しかし猫を見るために外に来た訳ではない。この訳の分からない気まずい感情を鎮める為に外で煙草を吹かそうとしていたのではないか。全く、朝から調子が悪いようだ。アパートのオートロックの前で寂しげにピンと音が鳴った。男女の常識非常識問題は実に深刻だ。このライターの音は偶然の産物らしいが、この問題もそんな簡単な言葉で片付けてしまいたいと思いながら、煙草に火をつけた。煙草の煙は雲に向かって吹きあがる。今日はどうも寂しげな煙のように感じた。気づいたら、もう時間である。煙草の火を消し部屋に戻った。もちろん絵里は大学へ行く支度を整えて待っていた。私は鞄を持つといつも通り絵里と大学へと向かった。結局変に考えていたのは私だけで、なにも変わらぬいつもの日々に戻っていたのである。きっと私もあの野良猫と同じなのだろう。そう思いながら、キャンパスへと向かった。

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