第7話 鮫山と朝比奈久遠

 今日はいつものようにアルバイトの日である。しかし、いつもと違うのは語り手が朝比奈久遠ではなく、鮫山であるということである。

 俺と朝比奈久遠のそもそもの出会いは高校時代だった。と言っても最後のクラス替えでたまたま一緒になったというだけで、付き合いとしては一年そこいらといった所だ。俺からみた朝比奈久遠という男の第一印象は普通のどこにでもいる高校生で、強いて言えば良く笑うやつだった。まぁ第一印象なんてものは参考になるはずもなく、彼の本性は理屈っぽく皮肉屋といった所だ。しかし彼は決して嘘は付かなかった。つまらない冗談などはもちろん言って来たが(彼に言わせればジョークらしいが)悪意のあるような嘘は1つもなく、そして自らにも嘘を付かなかった。というのもテストで赤点だ。勉強してない。と言えば彼は本当に赤点で勉強していなかったし、自信があるといった科目では5の評定を貰っていた。そしてなによりも彼の面白い所は高校をサボる時さえ友人連中に「明日腹痛になる予定入ってるから」と言うのである。これはさすがに冗談だろうと思ったら本当に腹痛を理由に休んだ。連絡を取ったらどうやら、本を読む時間がほしい。というのが本当の理由らしい。とまぁ、仲間連中には本当の事を教えてくれた。ただ彼は非常に皮肉屋で理屈っぽかった。特に彼の皮肉の最悪な点は皮肉というより、半ばブラックジョークのような黒さを持った言葉を平気で言ってのける所だった。それもまぁ振られた女に対する高校生らしい当てつけのようなものだったり、ゲームセンターで金を使ってしまい、ゲームセンターという大きな括りで恨み節をこぼすような。そんな所であった。つまり彼は一見すると面倒で陰湿なやつなのだが、本当の所は真面目で頭の回転が速いような男だった。その証拠に彼はコンビニのマニュアルを1日で覚えてきた。俺からはメモを取るように勧めたのだが、彼は聞かなかった。が彼には本当にメモなど不要で、すぐに常連客のタバコの銘柄などを覚えてあたかも、ずっとアルバイトをしていたかのような振る舞いを平気で行うのである。そして目上の人にも敬語ともタメ口とも取れないフレンドリーな言葉を使い相手の懐に入っていく。そんなやつであった。おおよそこんな所が俺が朝比奈久遠という男をアルバイトに勧誘して理由である。もちろん彼にこのことを言ったとしても、皮肉や冗談だと笑われるが、彼は本当に嘘を付かない。それだけでコンビニバイトの推薦基準など満たしたに等しい。彼は必ずアルバイト10分前に出勤をし身支度を整え、バックルームから出たらもうそこにはコンビニ用の朝比奈久遠がいる。似つかわしくもない高い声で「いらっしゃいませ」などと言っているのを見るとこちらも皮肉をいいたくなるくらいであるが、それくらい彼とのアルバイトは楽しいものだ。1つ難点をあげれば、彼は私に仕事を投げてくることである。面倒な事は俺に甘えてしまえ。といったところなのだろうが、俺自身も彼にバイトを変わって貰ったりしているので、そんな細かいことは癪に障るといった程ではなかった。もちろんこの職場環境を彼がどう思っているのか。

 それは本人に聞かないと分からないが、あの高校時代と同じ笑顔を見ているとおおよそ検討はつく。そしてもう一つ彼の面白い所は彼の学校は東京にあり、東京でアルバイトをしたほうが遥かにお金などは稼げるのだが、彼はそれはしないのだ。理由はめんどくさいからと人間関係が崩壊しているかもしれないような所で働くくらいなら、安い賃金でもここで楽しくアルバイトをしていたほうが良いらしい。彼はお金お金というタイプではないので、アルバイト代は全部服に消えているのだろうが、それもそれで彼らしいなと俺は思っている。

 思い出せば高校時代最後の冬休みに彼と共通の友達でボーリングに行ったのだが、その時の彼の服装はウサギの毛皮のコートにバーバリーのマフラーといった出で立ちであった。ボーリングには相応しくないにも程があるが、彼は4人中1位となる160後半というスコアをたたき出していた。この日はやらなかったのだが、どうやら彼はビリヤードなどもやるらしい。あと将棋もやるとかなんとか言ってた気がする。まぁ要約すると多趣味な男なのだ。故に女の子に興味など微塵もなく、自分の世界に生きている。そんな人物なのであった。というか今もまさにそんな人物であり、また俺に仕事を投げてきた。理由は簡単だった。早く帰りたい。それだけだった。何度も言うが彼は嘘を付かない。早く帰ったらデザイン関係の仕事に移るらしい。ほんと多趣味にも程があるくらい忙しなくやっている。まぁデザインといっても簡単なもの(本人からすれば)であるらしいが、実際のものを見たらハイクオリティ極まりない出来のものであった。どうやらパソコンで自分のイメージをまとめ。そこから味付け?という作業をして仕上げるのだそうだ。俺には良く分からない世界だ。しかし彼の作りあげた物は本当に美しかった。センスが良いとかそんな言葉では表わせないような、プロの作品と呼ぶのが相応しいようなものだった。彼曰くデザインがストレス発散なのだそうだ。全く訳の分からない変人にも程があるが、私はそんな朝比奈久遠という男を推薦した。もちろん他に友人はいたが、彼のような人物は居なかった。そして俺の予想通りというか、高校時代と変わらず嘘はつかず、シフトには必ず出る男だった。当たり前のことが当たり前に出来る事ほどコンビニバイトにとって素晴らしいことはないのである。彼は謙遜して単純作業だ。とか言っていたが、今のコンビニは宅急便受付や様々なサービスがある為覚えるのは相当苦労するはずである。しかし彼にとっては単純作業のようだ。彼がそういうなら、彼にとっては単純作業なのだろう。そしてそのお金は全てファッションに消えて行く。彼曰くジャケットは自分のルーティンなのだそうだ。これを聞いて私はどこぞのラグビー選手だ。と思わずツッコミたくなったが、本当にジャケットやバイトの制服を来た彼はいつもの彼とは別人なのだ。

 私が未だに思うのは彼を推薦して良かった。ということだ。彼は就活生の良く言う潤滑油のような存在でコンビニのオーナーともすぐ仲良くなり今ではSNSで連絡を取り合う程の仲らしい。もちろん推薦した俺の評価もあがるので一石二鳥なのだ。私は嘘を付かない。真面目。という理由で彼を選んで正解だったと今でも思っている。

 当の朝比奈にこんなことは言えないが…なにを隠そう、あんな口調なのに照れ屋なのである。褒めると例の皮肉で帰ってくるので俺は褒めるのはやめた。まぁ簡単にいうとそれも彼なりの照れ隠しなのだろうが。

 そして今日もそんな彼とアルバイトである。勿論これは秘密だが俺も彼とのアルバイトが一番楽しいのだ。そりゃそうだ高校時代からの友人なのだもの。彼はよく恋愛相談にも乗ってくれた。バイトに手がつかないくら位ひどい振られ方をした俺に対して「気にするな、時間で解決するし、それも人生の糧だ。」と彼は言った。結局今の所は時間で解決出来ていないのだが、彼が言うならそうなのだろう。彼の高校時代はまぁ、想像も付かないくらいにモテていた。彼に言わせれば、チョコより服がほしい。と言うが一言で世の中の男性をどれだけ敵に回すのか彼は知らないのだろう。朝比奈久遠という男を少しでも知っている方はご存知かもしれないが、彼は自分の素性をあまり明かしたがらないタイプである。

 大学も学部も志望動機もしっかりとしたものがあり、胸を張って言って良いと思うのだが彼に言わせればまだ過程の段階であり、結果が出てからが全てらしい。

 ちなみに彼は教えてくれないだろうから、俺がここで教えておくが、彼は心理学を学んでそれを専攻にしている。一度彼の家にお邪魔する機会があったのだか、まぁそれはそれは本がびっしりと積まれてあった。心理学や推理小説、アニメ漫画やマジック本までオールジャンルである。ざっと見たところ200冊は楽々超えているだろう。彼の頭の中にはどうやらその200冊分の知識が全て入っているらしい。毎週発売のマンガしか読まない俺にとっては無縁の世界だなと思った。問題はその次の部屋である。彼の部屋の隣の部屋は彼の6畳のウォークインクローゼットと化していた。全部で3~400万円分相当らしい。どうやら通学用と、デート用で使い分けているようである。なんとも贅沢なやつである。しかし、どんな服を着ていても結局の所、彼は彼であり朝比奈久遠なのである。朝比奈久遠ほど真面目で嘘を付かない皮肉屋を俺は知らない。ただ1つ言えることは彼の気に食わなかった事に対してはその倍の皮肉で返してくるということだ。その皮肉も仲間内ではちょっとした言葉遊びとして使っていて、悪くはないのである。さぁ、今日も彼とアルバイトだ。楽しくはないけど幸せな一時を過ごせるだろうと思いながら俺はアルバイトへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る