第2話 朝比奈久遠

 今日は大学の入学式である。と言ってもつまらぬサークル紹介や、式典的な決まり事をして終わりのつまらない式であった。

 周りはもちろん皆知らない人ばかりである。そしてスーツ姿ときたものだ。勿論私もスーツ姿なのだが、やはり皆大人びて見えて、どうも話しかけづらいものである。

 私の趣味はファッションで、この日もアルマーニのスーツであった。もちろん量産型紳士服とは値段も質も訳が違う訳だが、興味のない者にとっては皆同じに見える訳である。さらに皆スーツ姿なので余計に分かるはずもない。私自身も別に気づいてほしい訳ではなかった。そしてスーツ姿の集団は会話があるグループもあれば無いグループもあるといった具合になっていた。もちろん私は後者のグループであった。まぁ大学生活初日なんてこんなものだろう。と思い、やや寂しげに似つかわしくもないアルマーニのスーツ姿の大学生は帰りの電車に乗って帰路を辿ったのである。

 そして、2日目が始まる。ここからは私服である。私は基本的にジャケットスタイルなので周りからはかなり浮いていた。がそれと同時に話しかけてくれる人も少なくはなかった。それもそのはずであった。というのもSNSで大学のグループが既に出来ており、その中から無害そうな人をピックアップし、定期的にやり取りをしていたのである。そして私に話しかけてくれた人も8割はそのピックアップした連中であった。ピックアップした彼らは私の予想通り無害な人ばかりで、私の苦手とする飲み会大好き人間のような、俗に言うパーティピープルのような人は1人もいなかった。まぁ彼らに言わせればこの呼び名も堅苦しいものであるらしく略称はパリピというらしい。甚だどうでも良いと私は思ったが。

 そんな中、2日目にも関わらず親睦を深めるという名目でグループワークをやらされた。このグループワークというのが厄介なもので私を高校時代から苦しめてきた魔物のような存在であった。グループワーク自体は説明する必要もないと思うが、体育で良くある「2人組を作って云々」というアレである。私が高校三年の時には友人が出来ていて助けられていたが、それ以前は思い出したくもないようなものであった。

 それを行ったのである。全く大学とはなんなのだ。と私は思った。しかしこのグループワークの最中に突然予想外の出来事が起きた。距離にして1mくらいだろうか?私の名前を呼ぶ女性がいたのである。もちろん私は彼女を知らない。しかし彼女は私を知っている訳である。故に私の名前を呼んでいるのだから。しかしまぁ、種明かしをしたら凄く単純なもので私がSNSで連絡をとっていた人物の一人であったのである。しかし彼女のプロフィール画像は良くある加工画像というもので、もちろん私は失礼ながらも同一人物とは認識出来なかった。しかし、そんな事を言ってはいけないという暗黙のルールくらいは私も承知なので、「あぁ君があの…」という様に合わせておいた。もちろん彼女に対する悪い印象は無かったが、明るい女性なんだな。という認識に変わったくらいであった。

 そしてそのグループワーク後、すぐさま私は東京から地元へと帰る準備へと移った。がしかし東京、いや大学というのは恐ろしいもので、そのピックアップ連中が一緒に途中まで帰ろうと言い出したのである。あぁ、有害な人物をピックアップしてしまっあ様だ。と私は思ったが、仕方ない。ここで嫌な顔などしたら私のキャンパスライフは台無しなのである。渋々新宿まで皆で帰った。あとは山手線だ。埼京線だ。など皆違う方へ散らばった。そして私も同様に駅中グルメなどには目もくれずに、帰ろうとしたのである。そこでまた予想外の事が起きる。大学というのは非常に恐ろしいと私は思った。予想外の出来事というのはまた私を呼ぶ声がするのである。そしてその声の主はもちろんさっきの彼女であった。

 SNSでやり取りした時に彼女は大学付近で一人暮らしをしている。と聞いていたので本来新宿駅になどいるはずもないのである。だが、いた。理由は単純なもので、たまたま友人と遊ぶことになってここまできたら、私が見えたので声を掛けたというものであった。まぁ簡単に立ち話でもして帰ろう。と私は思っていた。しかし話が途切れることはなかった。気づいたら1時間も立ち話をしていたのである。さすがに私もここら辺で帰るかと思い、「友達と遊ぶはずが邪魔して悪かった。さぁ新宿の街を楽しんでおいで」と定型文的な言葉で話を切り上げた。がしかし東京は怖いものである。彼女が一緒に遊ばないか?と誘ってきたのである。もちろん彼女の友人もいる訳で男1女2の比率で遊ぼうという訳である。咄嗟に断ろうとした。が時既に遅しというやつであった。改札を抜けていたのである。話しながら。何の注意もなく。定期券をかざしていたのである。本当に私はなんてバカなのだろうかと思った。世の中の男性、いや男子学生なら喜んで遊ぶ状況なのだろうが、私は1人でファッションサイトを見ているほうが好きなのである。さて困ったもので、遊ぶつもりなどない私の所持金はたったの2千円弱。女の子と遊ぶ金など元からないのである。しかし状況的にそんな事は言ってられないので、仕方なくお金のかからなそうな、流行りの雑貨屋に行くことにした。私は雑な返答を繰り返しその場をやり過ごすことにした。あぁ、それ可愛いね。とか、似合ってるね。とかである。とまぁ適当な返事をして過ごしていたら腹の虫がなく頃になっていたのである。

 新宿の街はすっかり夕暮れ時で、帰宅ラッシュに駆け込むサラリーマンや、これからが本番だと言わんばかりの歌舞伎町の連中などが、がやがやと出てきていた。さすがに私1人で女性2人を守ることは出来ないと思い。新宿は危険だし、帰ろう。と促した。彼女達の返事はファミレスに行こう。というものであった。実に東京は恐ろしい。渋々ない金でファミレスに入った。

 そもそも初対面の女性と食事をし会話をするなど金を払う価値もない、私にとっては苦痛以外の何物でもない時間であった。

 いや、予想ではそうであったと言い直すべきだ。私は予想外にもファミレスでの会話を楽しんでいたのである。そして会話も弾み、とうとう本当に外は夜の新宿と化していた。話しを聞いた所によると彼女の友達も私と同じく首都圏だが東京外の出身であり、家まで遠い。と言っていたので、私は終電も無くなるしこのへんで。と合コン等で女性が使うであろうフレーズを使い、帰ろうとした。しかし彼女達はもう2人で盛り上がっていて、彼女の自宅で1晩過ごして、明日大学に行ったほうが都合が良い。と言ってきたのである。勿論私にとっては都合悪い事この上ないのだが…

 しかしやはり多数には勝てず、私もその彼女の家にお邪魔することになった。仕方なく親へメールをし、泊まってくるという旨を伝えた。元々放任主義なもので返事は予想していたが、その通りで「はい。分かりました」という定型文の返信であった。

 残念な事この上ない。さて泊まる事となった訳で、満員電車に押しつぶされそうになりながら、大学のある駅まで戻った。そこで問題なのが、下着や歯ブラシなどの用意が無いことである。もちろん深夜なのでショッピングモールなども空いておらず、渋々コンビニでお泊まりセットなるものを買った。もちろん下着も…そして言いたくはないが彼女の友人の女性も同じであった…

 初めから無計画ならこんなトンチンカンな事をしなければいいのにと、その場に居ながら私は思っていた。本来の男子学生なら喜ぶべきこの状況を私は呆れていたのである。そして私の所持金などコンビニに吸い取られ、残り300円となった。まぁ、ジュース1本買えるなら問題はない。と思い私は彼女達と彼女の家に向かった。

 そしてゆっくりと自己紹介をすることとなった。果たしてなぜ今までしなかったのだろうというくらい恐ろしく遅いタイミングでの自己紹介だ。私は「朝比奈久遠。趣味はファッション。高校は〜」といった具合に他愛もない自己紹介をした。彼女の友人の名前はそこで初めて聞いた。まぁ私のような特殊な名前と比べたら普通の一般的な名前であった。彼女もまた普通の名前であった。名前は絵里と名乗った。ここまで彼女の名前も私は知らなかったのである。というのも近年のSNSでの名前というのはどうもあだ名を使うらしく彼女もその中の1人であり、登録名は本名とは掛け離れたものであった。絵里は失礼だがどこにでもいる女子大生といった印象で、私からしたら別にどうって事もない女性であった。別に絵里を卑下してる訳ではなく、本当に普通の女性なのだ。私を泊める。という事以外は… しかし女の子2人もいればやましい事など起きるはずもなく、ましてや私自身にそんな気など微塵もなかったので、それなりに安心して部屋に入って自己紹介までしていた。絵里に部屋は彼女らしく無難ですっきりとしたワンルームであった。私も含め3人ともシャワーで済ませあとは寝るだけとなった時に問題が発生した。布団が絵里のものしかないのである。当然だ。誰が泊まると予想もしていないのにある訳もない。逆にあるほうが怖いくらいだ。

 仕方なく絵里とその友達は布団で寝てもらい、私は抱き枕だけを借りた。抱き枕といっても私が抱く訳もなく枕にする為だ。

 絵里らしいなんとも言えない顔をした抱き枕が私の元にやってきた。抱き枕のタグにはその抱き枕のキャラの名前が書いてあった。抱き枕のくせに名前なんてあるのか。と面白く感じて私が笑っていると絵里が抱き枕の紹介をしてくれた。どうでもいいと内心思いながらも1晩共にする仲間(抱き枕)の紹介を聞いた。絵里の説明はこうだ。名前はそのだくん。池袋の雑貨屋で買った。高かったんだからね!!というものであった。ほう、そのだくんというのか、宜しく頼むよと一応彼?に挨拶をしておいた。我ながらバカバカしいが…でも、これで一件落着。絵里の家から大学までは10分程だろう。これなら私にも睡眠時間が取れるというメリットがある。私は少し嬉しくなり寝床につくことにした。文字通り床に寝ているのだが、そのだくんがいれば問題ない。枕さえあればどうにかなる。季節は春。なんの問題もない気温であった。私が絵里とその友達におやすみと伝えに絵里が寝室?にしているロフトに上がった。私は「おやすみ、また明日ね」と言った。そこで絵里から衝撃の言葉が飛んでくる。

 私の耳元で「一緒に寝ない?」と言ってくるのだ。どこのラノベ主人公だ俺は。なんの官能小説なんだ。パラレルワールドか?と私の頭はフル回転した。結果は現実であり。私はラノベの主人公でもなんでもなかった。しかし絵里の一言は真実であった。

 もちろん私は断った。が絵里の友達がよそよそしく気を遣いだし、とうとうロフトには私と絵里の2人きりになってしまった。私は相棒となったそのだくんをロフトの下に置いてきたのを後悔している振りをして脱出を試みた。が、絵里はそのだくんは私の友達と寝るよ!とあっけらかんと言うのである。高かったんだからね!!とはなんだったのか、そのだくんへの愛情はそんなものだったのかと内心思いながら渋々絵里と寝ることとなった。もちろんシングルベットである。というかシングルサイズのマットレスがあるだけで、あとは薄い掛布団だけであった。もちろんマットレスも薄い

 しかしまぁ床よりはマシかと、絵里の友達に申し訳なく思いながらもそこで寝ることにした。まぁ、なにもないだろうと我ながら馬鹿な非論理的な発想で眠りについた。翌朝になり、私が叩き起された。全くふざけるんじゃない。と思いながら寝ぼけ眼を擦る。おかしい。なにかがおかしい。絵里が私の上に乗っているのである。俗に言うマウンティングポジション。海外ボクシングならボコボコのあのシチュエーションである。朝から最悪だな。と私は思った。がボコボコにされる筋合いもないことに気づいた。すると絵里がスマホを取り出しなにか打ち込みだした。きっとなんかくだらないことを呟いているのだろうと私は思い、そのまま再び眠ろうとした、あと2時間は寝れる計算なのである。ところが絵里が私にスマホを見せつけてきた。仕方なく私は画面上の文字を見る。「今しか性欲ないから」と画面に書かれている。意味が分からない。変換ミスでもしたのだろうと思い私は笑いながらスマホを絵里に返した。ところがである。絵里は私の服を脱がせ始めたのである。私が着ているのは薄いインナーシャツとスラックスである。スラックスなど無論簡単に開けられ、インナーシャツなど簡単に剥がされた。抵抗などする事も出来ない。思考が追いつかないのである。当たり前だ、こんな事が現実に起こる訳ないと思っているからである。夢の続きか、あるいは私が寝ぼけているかどちらかだと思っていた。が時既に遅かったのである。気づいたら私は絵里に襲われていた。私はさすがにまずいと思い声をかけようとしたが、その口も絵里の口により塞がれてしまった。どうすることも出来ない自分が情けないがそれと比例するように身体の力が抜けていくのが分かった。大学生活とはなんだったのか。キャンパスライフとはなんだったのか。オレンジデイズのようなキャンパスライフが待っているのではなかったのか。と走馬灯のように思いを掛け巡らせながらも私の身体は絵里のものになっていたのである。あとは説明もしたくないが、絵里の全てを受け止めるしかなかった。もう全て歯車が狂っているのだ。いやもしかするとここまでは予定調和だったのかもしれない。運命など全く信じない私が選んだのは前者だった。歯車の狂いを感じながら身体の力を抜いた…

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