あまいあまいチョコキャラメル
やってきたのはバスケ部の部室。汗と制汗剤の香りに、脱ぎ散らかされた練習着。私は思わずため息をつく。
「あっという間に散らかすよね、君たちは」
「あはは……なんかすみません」
「華菜ちゃんが困っちゃうよ?」
華菜ちゃんというのは、今年新しく入ってきた一年生のマネージャーである。大人しくて可愛らしい、みんなの妹的存在だ。マネージャーはたまに部室の掃除なんかもするから、あまり散らかされると本当に困るのだ。
「あーはい……この間も怒られました」
「誰に?」
「華菜ちゃんに、です。ちゃんと次私が掃除するまでに片付けてもらわないと、ドリンク作りませんからね! って」
「言うねー」
想像するとなんだか可愛い。
「まあ、ちゃんと片付けておきなよ?」
「はい」
「で、相談って?」
「嘘です」
「は?」
素早く返ってきた言葉に、思わず間の抜けた声で返してしまう。
「嘘って……どういいうこと?」
意味が理解できなくて問いかけると、立花君は困ったような笑みを浮かべる。
「だって先輩、朝なにか言いかけてましたよね?」
「……言いかけてなんかない」
いや、思いっきり言いかけてたけども。なんだか、この流れで言ってしまうの、嫌だ。
「言いかけてましたよね?」
「言いかけてない」
「そわそわしてましたよ?」
「してないから」
「ちょっと期待——」
「するだけ損だから!」
しつこい!
「じゃあ、その手に持ってるのは、なんですか?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、立花君が首をかしげる。その笑顔と仕草に、胸が音を立てる。ダメだ。このまま渡したら負ける気がする。別に勝負してるわけじゃないけど、なんだか、素直に渡すと今朝のあの子たちと同じレベルな気がして嫌だ。そんなこと思うのは、とても最低なことだとは思うけど。少しは上に見られていたい、なんて思うのはやっぱりそれだけ好きなのだ。立花君を、私は。
「これは、今から大本命に渡しに行こうかと——」
「本命いたんすか!?」
「驚くことなの!?」
目をまん丸に見開いて身体を斜めに仰け反らせる立花君に、私の方が驚いてしまう。
「驚くと言いますか……ショックと言いますか……」
立花君が俯いて、しゃがみこむ。パッと見てわかるくらいにわかりやすく、立花君は落ち込んでいる。でもどうして?
「えーっと……?」
「先輩の、食べたかったっす」
とりあえず視線を合わせようとしゃがみこんだ私の耳に、ギリギリで届くくらいのかすれた呟き。それが私の胸に飛び込んできて、スッと引っ掻き、甘い痛みを与える。
「……差し入れ、あげたじゃない」
「そういう、その他大勢に配る義理じゃなくてですね!」
うん、今のは聞き捨てならない。
「ちょっと? 一個ずつ作ってるんだけど?」
ていっと弱くデコピンをすると、イテッと額を抑えて立花君が顔を上げる。髪の毛と同じ茶色の丸い瞳と目が合う。思ったより近かった距離に、顔が一気に熱を帯びる。それは立花君も同じで耳まで真っ赤にして目を右往左往させたあと、私から視線を逸らす。
「す、すみません。嫌ですよね、そういう言い方。でもそうじゃなくって、えっと……」
彼の目がグルングルンと丸を描く。必死で言葉を探している様子がなんだか可愛らしい。なんて思っていたら探していたそれを見つけたようで、立花君はどこか真面目な表情で私を見つめる。
「俺だけのが、欲しかったっす」
今度は私が俯いた。落ち込んだわけでも、困ったわけでもない。両手で顔を覆い隠す。そうしないと、この筋肉が緩みきった顔を見られてしまいそうだから。
「先輩?」
「……しょうがない」
「え?」
私はずいっと手に持った紙袋を立花君に渡す。恐る恐る顔を上げて見ると、目を丸くして驚いている立花君がいた。
「餌付け」
私の一言に、立花君が私を見る。そして紙袋を両手で受け取ると、とびっきりのワンコスマイルを浮かべた。
「俺、一生佐藤先輩に餌付けされたいっす」
「こら。ダメ男みたいな発言しないの」
たしなめると、えへへ、と立花君は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
その微笑みに温かいもので心が満たされていく。
「大切に食べてよね」
「もちろんっす! あ、来年も餌付け、待ってますね」
「その前に、来月、私が待つんだからね」
「わっかりました! 俺、頑張りますから、楽しみにしててくださいね!」
なにを頑張るんだろう、なんて思ったけど、笑顔で胸を張る立花君を見ていると、なんとなくそれがなにかわかって。
頰を赤く染めながらも、私たちは微笑みあったのだった。
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