鈍いあなたにはマカロンを送ります。
こーひーいりチョコマカロンとともに
通い慣れた道を白い息を吐いて歩く。去年の今頃は、確か受験のためにこの道を歩いたんだっけ。あのときはドキドキしていたな、なんて想いを馳せる。あれから一年が経った今。あのときとはまた違ったドキドキが私の胸を占めている。そのひとつの原因である小さな箱は今、右手の紙袋に入っている。他の子にあげるためのビニールの包みと混ざらないために、敢えて箱にしたのだ。
しばらく歩いていると、細い道はやがて、大きい道路にぶつかる。右に曲がって少し行くと、学校に行くために乗るバスのバス停があり、そこに立っているのは——。
「
黒くてサラサラの髪。透き通るような白い肌。手に持った問題集を読むために伏せた瞳を覆う、長い長いまつ毛。私に気がついた薫先輩は、顔を上げると優しく垂れた目を細めて微笑む。
「おはよう、
「おはようございます」
小走りで先輩の元に近づくと、先輩は問題集を閉じてスクールバッグにしまう。
「いいんですか?」
「内容、覚えてるしね」
それはもう、問題集の意味はないのでは? なんてことは訊かない。この問題集は、数日前に買ったばかりのものだということは知っているから。
「ちゃんと寝ないと、本番迎える前に倒れちゃいますよ」
「寝てる寝てる」
「何時間ですか」
「……毎日十時間かな」
先輩の目の下にできているクマをじっと見つめる。それに気がついた先輩は、曖昧な笑みを浮かべて私から視線をそらす。
「寝てくださいね、十時間」
「最低八時間は寝るようにするよ」
「十時間です」
「ドリョクシマス」
遠くから近づいてくる音に二人で視線を向ける。いつものバスがやってきた。目の前まで来ると、プシューッと音を立ててドアが開く。私たちはバスに乗り、定期券をタッチしてからすぐ近くの椅子に座る。このバスは一駅だか二駅だか前から出るバスだからなのか、このバス停に着いた段階では人があまり乗っていなくて、だいたい座れるのだ。二人掛けの狭い座席では、バスが揺れるたびに肩と肩がぶつかってしまう。その都度胸が高鳴るものだから、とても苦しい。コツンと窓に頭を当ててそっと紙袋を握る手に力を入れる。
♡
薫先輩と出会ったのは、委員会だった。そのときはただ、なんとなく顔が整った先輩がいるな、と思っただけだった。初めての委員会が終わったあと。たまたま部活もなにもなくてそのまま帰ったときだった。帰りのバス停で、薫先輩を見かけたのだ。あの顔が整った先輩と同じバスなんだな、と少しだけ嬉しく思った。バスに乗り、数個バス停を通過している間に、私と同じ学校の生徒は、いつの間にか先輩しかいなくなっていた。
「君、同じ委員会の子、だよね」
突然声をかけられて驚いたのを覚えている。温かくて、そしてどこか甘さを感じる声。私は慌てて頷いた。
「僕は
「
自分の名前を言うことにここまで緊張することなんて、きっとこれまでもこれからもずっとずっとないと思う。そのくらい、緊張した。だって、名前を聞かれるということはつまり。
「華菜ちゃん、か。これからよろしくね、華菜ちゃん」
この温かくて甘い声に名前を呼ばれるということなのだから。
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