第9話『おっさん、受け取る』

 町田との会談を終えた敏樹が部屋のソファに身を預けてぐったりしていると、室内にチーンという鐘の音が鳴り響いた。


「ん、なんだ?」


 敏樹がきょろきょろと室内を見回していると、数秒後にまたチーンと音が鳴る。


「んん?」


 その後も等間隔で鐘の音はなり続け、敏樹はその音の出どころを探った。

 そしてキャビネットの上に置かれた、弁当箱ほどの大きさの箱を発見した。

 それは据え付けの箱で、傍らに小さな鐘が設置されており、それが等間隔で鳴らされているようだった。


「開ければいのか?」


 蝶番で留められた上向きの蓋を開けると、中には4つに折られた紙切れが入っていた。


『ドハティ商会より使いの方がみえてます ―フロント―』


 それは《収納》魔術を応用した通信箱であるらしく、蓋を開けて以降、鐘がなることはなくなった。


「お、来たか」


 敏樹は短くつぶやき、部屋を出た。



「あ、トシキさん!」


 フロントを訪れると、ロビーで1人の男性がトシキに気づき、声をかけながら手を降ってきた。

 一見すれば蜥蜴とかげ獣人のようにも見えるし、周囲にはそう名乗っているが、彼は水精人である。


「おう。えっと……、ギリウ君?」


「はい。お世話になっております」


 ドハティ商会から遣わされたのは、ファランのパートナーであるギリウという青年であった。


「会長とお嬢さんがお呼びです」


「お嬢……? ギリウ君、ファランのことお嬢さんって呼んでんの?」


「はぁ、まぁ……その、公的には……」


 そう言いながら、ギリウ君は照れたように頭をかいていた。

 ”公的には”ということは、プライベートだと呼び方も変わるのだろう。

 まぁふたりがお互いをどう呼び合おうが敏樹の知ったことではないのだが。


「しかし、よく俺が部屋にいるってわかったね」


 通常であれば依頼で町を出ていてもおかしくない時間である。


「ああ、それはロロアが――、いや、ロロア、さんが、シゲルさんを連れてウチに来たので」


 ギリウにとってロロアは同じ集落の、どちらかといえば下に見ていた存在である。

 しかし今の立場だと、会長の娘であり自身のパートナーでもあるファランの恩人ということになる。

 また、敏樹は商会の会長であるクレイグが直接取り引きを行う上得意客といってもいい存在であり、ロロアはそのパートナーでもある。

 その相手を、例え本人がいないからと言って呼び捨てにするわけにはいかないのだろう。

 アラフォーおっさんとしてそれなりに社会に揉まれてきた敏樹にとって、そのあたりは大いに共感できる部分であり、ギリウがロロアに敬称をつけることに対して、あえてなにも言わなかった。


「そう。じゃあ行こうか」



**********



 ギリウの案内でドハティ商会本部を訪れた敏樹は、そのまま奥に案内された。

 そして先日ロロア達が装備を見繕っていた場所で、ロロアとシゲル、ファランとそしてなぜかシーラ達がいた。

 クロエがいないのは、食堂を手伝っているからだろうか。


「あ、トシキさん」


「おー、親父ぃ!!」


 敏樹に気づいたロロアとシゲルが声をかけてきた。

 他のメンバーも各々軽く挨拶をしてきた。


「……なに、その格好?」


 敏樹の言葉に、シゲルは誇らしげに胸を張ったが、ロロアは気まずそうに視線を逸した。


「はっはー! いいだろぉ?」


 シゲルの格好だが、上が半袖、下も膝丈程度の、ベージュのつなぎのような物を着ていた。


「サファリパークの従業員か!!」


 と、いってみたところで誰も理解できるわけもなく、その場にいた全員が首をかしげる中、敏樹の言葉は虚しくこだまするだのだった。


「見てくれよ親父よぉ」


 敏樹の言葉を聞き流しつつ、シゲルは得意気につなぎの上の部分を脱ぎ始めた。

 前はボタンで留めるようなっているらしく、そのボタンはすべて外されていたので、シゲルはすぐに脱ぐことが出来た。

 ウェスト部分はアジャスターで締められるようになっているらしく、腰から下は脱げないようだ。


「ほら、こうやって脱いでも服が落ちねぇんだよ!! でよぉ、これを、こうやって……」


 と、今度は脱いだ上の部分を着直し始める。


「っとぉ、これでよしっと。これだと街中を歩いても問題ねぇよなぁ!?」


 前は開いたままになっているが、おそらくシゲルにボタンを止める意思はないのだろう。

 一般人としてはアウトだが、冒険者としてはギリギリセーフといったところか。

 冒険者の中には奇抜な格好で街を歩くものも少なからずいるので。


「お、おう……そうだな」


「へへ……」


 シゲルは嬉しそうに鼻をすすったあと、再び上半身のみ裸になった。


「……ロロア?」


 敏樹がロロアに声をかけるも、ロロアは気まずそうに視線をずらし、応えなかった。


「ロロアさんや?」


「……はい」


 ロロアは敏樹から目を逸らしたまま、蚊の鳴くような声で返事をした。


「俺はこいつの武器と防具・・を見といてくれてって言ったと思うんだけど?」


「そう……、でしたね」


「なんでこいつ脱いでんの? シャツ一枚ぶん防御力下がってるよね?」


「だってしょうがないじゃないですかぁ!! シゲルちゃんが嫌がるんですもん!!」


「そうだぜぇ親父よぉ。母ちゃんは全然悪くないんだぜぇ?」


 ロロアが涙目で抗議し、その隣でシゲルは上半身裸で胸を張っている。


「……ったく。シゲルはそれでいいのか?」


「おうよ!!」


 そう言ってシゲルは分厚い胸板をドンと叩いた。


「おれの身体ぁ、オリハルコンより頑丈なんだぜ?」


「あー……、そうかもな」


 今は<人化>スキルで人の姿をしているが、シゲルは本来オークブラックという魔物である。

 オークという魔物は下位のものであっても”青銅の皮膚、鋼鉄の筋肉”といわれるほど頑強な身体の持ち主であり、シゲルは本来の肌の色からしてかなりの上位種に相当すると思われる。

 ”オリハルコンより頑丈”というのはさすがにいいすぎかもしれないが、下手な防具を身に着けて動きが阻害されるよりは、本人が動きやすい格好をした方がいいのかもしれない。


「まぁ、お前がそれでいいならいいや」


 敏樹の言葉にロロアは胸をなでおろし、シゲルは嬉しそうに鼻を鳴らした。


「ただし、その色はやめとけ」


 それだけ言い残すと、敏樹はドハティ商会の会長クレイグが待つ奥の部屋へと向かった。



「トシキ様、お待たせしました」


 部屋にはいると、クレイグが深々と頭を下げた。

 敏樹としてはもう2~3日はかかると思っていたので、あまり待たされたという印象はないが、まぁこれは社交辞令のようなものだろう。


「では早速見ていただきましょうか」


 クレイグはふたつの小箱を敏樹の前に置き、それぞれ蓋を開けた。


「シンプルなもの、ということでしたので、普段から身につけるものという事でよろしいでしょうか?」


「そうだね。たぶん常に身につけることになると思う」


 その返答に、クレイグはほっとしたような表情を見せた。


 用意された指輪は、どちらも飾り気のないシンプルなデザインのものだった。

 それらは全く同じデザインのペアリングのようで、白銀色をベースに、中央に薄っすらと赤いラインが入っているように見えた。

 

「こちらはミスリルとオリハルコンをあわせたものとなります」


 敏樹は幼少期に遊んだゲームの影響で、ミスリルは青っぽいというイメージを持っていたが、実際のミスリルは白銀色であった。

 質感としてはプラチナやチタンに近いだろうか。


「この真ん中の赤っぽいのがオリハルコン?」


「左様でございますな」


 赤と言っても、一見すれば白銀色のみに見えるのだが、光の反射具合によって赤っぽく見える部分があるという程度ではあるが。


「おお、いいね」


 デザイン云々より、ミスリルやオリハルコンという異世界固有の金属で出来ているという部分に惹かれる敏樹であった。


「で、お値段は」


「ふたつで500万Gでございます」


「よし、貰おう」


 山賊のアジトを襲撃して得た財産の半分ほどを使うかたちとなるが、ここでケチるのは男がすたるとばかりに敏樹は即決し、<格納庫ハンガー>から現金500万Gを取り出してクレイグに渡した。


「まいどありがとうございます」


 現金を受け取ったクレイグは、それをあらためる素振りも見せず《収納》した。


「ああ、それからトシキ様。先日ご用命だった防具も用意できたのですが」


「え、あったの?」


「おそらくこれで問題ないと思うのですが」


「おおっ!!」


 クレイグが用意したそれはプラスチック製のプロテクターのように見えた。

 触った質感や持ってみた感じの重さなども、プラスチックに近いもののようである。

 一見すれば真っ黒だが、光を反射するとわずかに茶色っぽく見え、光沢はあまりない。


「材質は?」


「甲虫系の魔物の甲殻を錬成したものですな。金属系の装備を嫌う魔術士や俊敏さを求める斥候などが愛用する素材です」


 クレイグが用意したのは上半身を覆う胸甲、肘から先を守る手甲、膝下を守る脛当て、そして前頭を守る鉢金であった。

 敏樹は一言断りを入れ、それらを身に着けてみた。


「おお、いいね!!」


「お似合いですよ」


 身につけた感覚も、元の世界で愛用していたプロテクターに近いものがある。


「いくら?」


「セットで300万、といったところでしょうか」


「よし、買おう」


 実際にはその倍以上の価値があり、敏樹もなんとなく察したが、ここはクレイグの好意に甘えておくことにした。


「ありがとうございます。しかし、よろしいのですかな?」


「何が?」


「ほぼ同じ価格でミスリル製の物も用意できますが……」


 甲殻系の防具はさすが魔物の素材を錬金術師が錬成して作成しているだけあって、非常に軽く頑丈である。

 革よりも軽く、鋼鉄よりも硬い。

 しかし、こと防御力に至ってはミスリルに及ばず、軽いと言っても非力な魔術士が装備するならともかく、ある程度身体能力の高い前衛職が身につけた場合はミスリルと比べても誤差の範囲程度でしかない。

 隠密行動を旨とする斥候職であれば静音性という意味で重宝するかもしれないが、一応敏樹は前衛職である。

 軽さのアドバンテージがあまりなく、静音性を重視しないのであれば、ここはミスリルを選ぶのが正解であろう。

 また、特殊な素材であるだけにその加工には錬金術が必要となり、通常の鍛冶師では扱えないため、メンテナンスにも相応の費用がかかる代物であった。


「ま、好みの問題かな……、なんていうと、俺もシゲルのこと笑えないなぁ」


 そう自嘲気味に呟きながら、敏樹は残りの現金を取り出し、クレイグに渡した。


「まいどありがとうございます。それから、例の件ですが……」


 ”例の件”と口にしたところで、クレイグの表情が一気に曇った。


「いましばらくお時間をいただければと……」


「ああ。それは問題無いですよ」


 何を思い出したのか、クレイグは何かを耐えるように下唇をかみ、目を伏せた。

 額にじわりと汗がにじみ出てくる。


「苦労かけてすいませんね。ほんと、無理なら別に――」


「いえ」


 顔を上げたクレイグの顔色は青白いままだったが、それでも目に力は宿っていた。


「私にしか出来ぬことでしょう。これも何かの巡り合わせですよ」


 そう言いながら、クレイグは力なく微笑んだ。

 敏樹がクレイグの方にポンと手を置く。


「苦労かけるね。俺も出来る限り協力するから」


「おまかせを。そして贖罪の機会を与えていただいたことに感謝します」


 クレイグが何らかの罪を犯したわけではないが、強いて言うなら娘を守れなかったことに対する……、といったところか。


「そう気負いなさんなって。新しい儲け話ぐらいの感覚でいいからさ」


「ふふ。それはもう……、やるからにはたっぷり儲けさせていただきますよ」


 改めて浮かべたクレイグの笑みにあいかわらず力はなかったが、わずかながら商人らしい強かさが含まれていた。



**********



「あら、トシキさん、それ……!!」


「おお、親父かっけぇなぁ!!」


 クレイグとの話を終えてロロア達がいる部屋に戻った敏樹は、先ほど受け取った甲殻系防具を身に着けたままであった。

 ロロアとシゲルからは割合い好印象を受けたが、シーラ達は微妙に首を傾げている。

 黒に近いこげ茶色の防具は、お世辞にも見栄えがいいものではなかったので。


「お、そんなに気に入ったんならお前の買ってやろうか?」


「あー、いや。おれはいいや。それよりいい槍が見つかったんだよぉ!!」


 そう言いながら、シゲルは手に持った長柄の武器をブン! と一振りし誇らしげに掲げた。

 それは長い柄の先に波打つようなかたちの穂が付いたものだった。


「ほう、蛇矛だぼうか」


 グネグネと波打つようなかたちの穂が蛇のように見えるため、そう呼ばれる武器である。


「へぇ、トシキさんくわしいね」


 ファランが感心したように呟く。

 蛇矛と言えば三国志演義で張飛が愛用している武器として、日本人にはそこそこ馴染み深い武器である。

 ただ、蛇矛は明代の武器なので実際に張飛が使用できたはずはないのだが、細かいことを気にしてはいけない。


「使いこなせそうか?」


「おうよ。ばっちり手に馴染むぜぇ」


 矛と槍に明確な違いはないといわれている。

 であれば、シゲルの持つ<槍術>スキルも十全に発揮されるだろう。


「ちょっと特殊な武器だから今は鋼鉄製のしか用意できないけど、もっといいのがあったら仕入れとく……っていうか、いっそオーダーメイドにした方がいいかもね」


「オーダーメイドだといくらぐらいになりそう?」


「んー、そうだなぁ……、柄をトレント材と魔竹、穂をミスリルにして刃の部分をオリハルコンでコーティングっていう感じにして1000万ぐらい?」


「おほぅ……。ちなみに穂を全部オリハルコンで作ったら?」


「億超えだね」


「そんなにか!?」


「そんなにだね。ちなみに今日のアレ、オリハルコンなしなら半額以下だから」


 アレとはつまり、先ほど受け取った指輪のことであろう。

 ちなみにあの指輪に施されたオリハルコンの装飾だが、表面に薄っすらと重ねられている程度の加工であり、指輪全体の割合で言えば5%にも満たない。


「まぁ、本体をオリハルコン製にするにしても、芯にはミスリルを通したほうがいいから、5~6000万ぐらいで出来なくもないかな」


 硬度という点では何物にも劣らないオリハルコンであるが、柔軟性や粘りと言う意味ではミスリルに軍配が上がる。

 柔軟性があり粘り強い金属を芯に通すことで、穂自体の強度を上げるということだろう。

 いま現在シゲルが手にしている鋼鉄製の蛇矛も、芯には柔らかい純鉄を仕込んでいる。


「で、この蛇矛はおいくら?」


「これはただの鋼鉄製だから50でいいよ」


「とりあえず買うよ。あ、服代……」


「込み込みで」


「悪いね」


「いやいや。まいどあり」


 敏樹やロロアに気を使うギリウに対し、ファランの敏樹に対する態度が気安いように思われるかもしれないが、これはロロアが望んだ結果である。

 ではギリウに対してロロアがそれなりの対応を求めているかというとそういうわけでもない。

 商人の娘としてTPOに合わせて口調や振る舞いを変えられるファランと異なり、狭い集落で育ち、あまり外の世界を知らないギリウにとっては一事が万事ということにもなりかねないので、あまり甘やかさないようにしているのだった。


 結局この日シゲルが購入したのは、鋼鉄製の蛇矛とつなぎを数点、サンダルを数足となった。

 サンダルも普段の生活用で、戦闘時には裸足になったほうがいいとのことだった。


 ちなみにこの時点でシゲルはカーキ色のつなぎに着替えていたのだが――、


「色の問題じゃなかったか……」


 と嘆息するのみで、敏樹はそれ以上の意見を述べなかった。



「ちょっとこいつ振り回してぇんだけど、だめかなぁ?」


 シゲルが蛇矛を掲げながら敏樹に問う。

 まだ昼前の時間だが、ヌネアの森行きの討伐用定期馬車の受付はすでに終了している時刻である。


「街道外れればゴブリンとかコボルトぐらいなちらほらいるし、そのへんで試したら?」


 さてどうしたものかと思案する敏樹にそう提案してきたのはシーラだった。


「それに、街道外れて人目につかないところからアレ使えば森の浅いところまでなら往復も出来るんじゃない?」


 アレとは車のことであろう。


「ま、散財したしちょっと働いとくか。シーラ達は?」


「あたしらは今日は休み。このあとクロエん所でお昼食べるんだけど、一緒にどう? それくらいの時間はあるでしょ?」


 シーラの誘いに乗り、他のメンバーやファランとともに『黄金の稲穂亭』で昼食をとった敏樹らは、町を出たあと街道を北に外れて移動した。

 30分ほど早足で歩いて人目がなくなったのを確認した敏樹は、<格納庫ハンガー>から車を取り出した。


「おあっ!! なんだこれぇ!?」


 突然現れた自動車にシゲルは大いに驚いた。


「まぁ、あれだ。馬なしで走る馬車だと思ってくれ」


「へええ、こいつが走るのかぁ」


 と、シゲルはいろいろな角度から自動車を観察していた。


 敏樹が用意した自動車は、3ドアで車内スペースがそれほど広くない。

 シゲルにとって後部座席は窮屈だろうと思い、ロロアが後部座席へ、シゲルは座席位置を目一杯うしろに下げて助手席に座った。


「もうちっと大きいのを買ってもいいかもなぁ」


 最初この世界を訪れた場所が森だったので小回りの聞きそうな小型のものを用意したが、見渡す限りの草原を小型車で走っていると、そこはかとなく悲しくなってくる敏樹であった。


 <情報閲覧>を使いながら魔物の群れを探しつつ草原を走り、森を目指した。

 魔物と遭遇したら車を降り、戦って倒したら車に戻って移動、という行為を繰り返し、1時間ほどでヌネアの森に到着した。

 草原ではゴブリンやコボルト、ステップハウンドという野犬のような魔物と遭遇し、数が少ないようなら敏樹とロロアは車に残るなどして、主にシゲルに戦わせた。

 最初のうちは多少仕様の異なる蛇矛特有の穂に戸惑いがあったものの、ゴブリンを2~3匹倒したところですぐに慣れたようだった。


「おらぁ!!」


 シゲルが蛇矛を一閃し、オークの首が飛ぶ。

 森に着いたあとも、シゲルがメインで戦っていた。

 蛇矛の波打つ刃が切れ味を高めているようだった。


「せいっ!!」


 続けて別のオークの胴を突く。

 蛇矛の穂先がオークの背中から飛び出すや、シゲルは素早く引き抜いた。

 少し薙ぐように引き抜かれたため、オークは腹を半ば裂かれるようなかたちとなった。

 大きく開かれた傷口を押さえ、その場に膝を着いたオークの眉間を、ロロアの矢が射抜く。

 連携も特に問題ないようである。


 穂先がわずかに二又に分かれている蛇矛は、通常の槍に比べれば貫通力という点で劣る部分はある。

 しかしそれもシゲルの膂力と技術があれば特に問題もなく、一度刺されば波打つ刃が傷を広げる鬼畜仕様である。

 蛇矛のような一般的に使いづらい武器というのは、裏を返せば使いこなせると強いと言えるのかもしれない。


 日が傾き始めたところで狩りをやめ、帰り支度をする。

 10万G分ぐらいは働いただろうか。

 半日足らずの成果としては上々だろう。


 帰りも車で街道近くまで移動し、残りは徒歩で帰った。

 近距離であれば自前の魔力だけで<拠点転移>を発動させることは可能なのだが、門を通って町を出ておいて門を通らずに町へ戻るというのはいろいろと面倒なことになるのだ。


 日没ギリギリで町に戻った敏樹らは、その足でギルドに向かい、さっさと納品を済ませた。

 査定の関係で支払いは翌日になるが、ギルドカードに振り込まれるのでわざわざ受け取りにいく必要が無いのはありがたい。

 3人はそのままギルドの酒場で夕食をとった。


「お代はいただいてますよ」


 会計の際に店員からそう告げられる。

 その店員の視線を追うと、その先にジールの姿があった。

 先日のガンドとの勝負で、敏樹らの勝利に賭けて大いに儲けたので、後日奢ると離していたのを思い出した。

 敏樹の視線に気づいたジールはニヤリと笑みを浮かべ軽く手をあげたので、敏樹も軽く手をあげて応えるにとどめた。

 ロロアは軽く頭を下げていたが、シゲルは事情をあまり理解していない様子だった。


 ギルドから出たころには夜もすっかり更けており、敏樹らはそのままホテルに帰った。


「シゲル、おやすみ」

「おう、おやすみ」

「シゲルちゃん、おやすみなさい」


 シゲルが自室に入ったのを確認した後、敏樹とロロアも自分たちの部屋に入った。


「よし、じゃあ出かけようか」


「はい?」


 そして敏樹は帰宅早々ロロアを外出へと誘うのであった。

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