第7話『おっさん、困惑する』

 『黄金の稲穂亭』での食事会の途中、ドハティ商会の娘ファランに呼ばれて食事の輪を離れた敏樹は、ファランとともに店内の端の方へと移動した。

 他の面子からは少し離れ、会話が届かない程度の距離を保つ。


「どした?」


「うん。例のアレだけどね」


「アレ?」


「もう……、アレだよ」


 察しの悪い敏樹に、少し呆れるよな視線を向けつつ、ファランは顔の横に手を掲げ、指を広げて手の甲を見せつけるような仕草を取る。


「……ああ! アレね」


 そのファランの仕草で、敏樹はようやく指輪の件に思い至った。

 昨日、ファランの父でありドハティ商会の会長であるクレイグに依頼していた物である。


「そう、アレ。明日か明後日には用意出来ると思うよ」


「おお、そうか」


「で、一応確認なんだけどさ。デザインはシンプルな感じのやつでいいよね? トシキさん、デザインについては父さんに何も伝えてなかったみたいだから」


「うん。あんま派手なのはちょっとな」


「良かった……。あのまま父さんに任せてたら宝石を散りばめたゴテゴテしたものになるところだったよ」


「あー、そうだったんだ。悪いな、気を使わせて」


「ホントにねー」


 ファランが敏樹にジト目を向ける。


「そういうとこ、抜けてるといろいろ揉めると思うよ?」


 まだ15歳の小娘が何を偉そうにと思われるかもしれないが、ファランはドハティ商会会長の娘として幼い頃から色々なものを見聞きしている。

 それこそ、ちょっとしたことで起こる男女のトラブルなども。


「面目ない……」


「ま、ボクが最高のものを選んどいたから、今回は期待してくれていいと思うよ」


「はい、ありがとうございます」


「ふふん。感謝しろー」


 敏樹はわざとらしくお辞儀をし、ファランもそれに乗って必要以上に胸をそらした。

 そうして2人ともクスクスと笑いあっていたのだが、ふとファランが真面目な表情になる。


「それと、例の件だけど……」


「うん」


 今度はファランの表情と口調から、彼女が何を言わんとしているのかを敏樹は察することが出来た。


「やっぱり凄く時間がかかるみたい」


「だよなぁ」


「ごめんね」


「いやいや。焦ってポシャってもつまらんからね。じっくり腰を据えてやらんと。俺も出来る限り援助はするし」


「うん。当分の間はトシキさんに甘える形になるだろうって、父さんも言ってた」


「それはホントに大丈夫だから。俺が無茶言ってるのはわかってるし」


「……大丈夫なの? 事情はよく知らないけど、トシキさん遠くから来たばっかりなんでしょう? その、まだ生活も安定してないんじゃ……」


「だから、そこは心配すんなって。言っとくけど、俺らもうCランク冒険者だぜ?」


「嘘っ?」


「ホント。まだ暫定だけどね」


「いや、でも……、冒険者登録して何日も経ってないよね?」


「まぁ、いろいろあってな。さっきシーラも話してたろ?」


「酔っぱらいのおっさんがどうとかってやつ?」


「そう、それ。それで色々あって、暫定Cランクってわけ」


「……凄いね。じゃあ、ホントに心配いらないんだね? 無理はしないんだよね?」


「無理はしないよ。俺もう四十だぜ?」


「……だったねぇ。正直トシキさんが父さんより年上ってのが未だに信じらんないよ。ホントにヒト族?」


「おう、一応な」


「一応ってのがねぇ……。ま、細かいことはいいか」


「ところでさ、その……、親父さんとは、話したのか?」


 敏樹は少し心配するような視線を向け、それを受けたファランの表情がわずかに曇る。


「……うん。夜中までじっくり」


「ごめんな。辛かったろ?」


「まぁ、ね。話す分にはどうってことないんだけどさ。その、聞いてる父さんの顔を見るのが、ちょっとキツかったかも」


「……そう」


「今日の昼ぐらいまで死人みたいな顔してたよ……、ふふ」


 ファランは思い出したように、そして自嘲気味に小さな笑みをこぼす。


「……ホント、ごめんな」


「ううん。あれは多分ボクたち親子にとっても必要なことだったんだよ。ちゃんと話せてよかったと思ってるし、その機会を作ってくれたトシキさんには感謝してるよ」


 そう言いながら浮かべたファランの力のない笑みが、敏樹の胸に刺さった。


「……もう、なんて顔してんのさ。ホントに大丈夫だって。父さんもしばらくしたら持ち直したし、今日出てくる前は、ちゃんと話を聞けてよかったって、言ってたから」


「そっか……」


 申し訳なさそうにそう呟く敏樹の背中を、ファランが少し強めに叩く。


「だからぁ、そんな顔しないの! さ、そろそろあっちに戻ろうか」


 ファランの顔に、いたずらっぽい笑みが浮かぶ。


「早く戻らないと、ロロアちゃんが心配しちゃうぞぉ―?」


「ん?」


 そう言われて皆がいるテーブルの方を見ると、ファランの言うとおりロロアが心配そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。

 そして敏樹と目が合うなり、ロロアは慌てて目をそらすと、手に持っていたグラスを煽り、中身を一気に飲み干した。


「ささ、戻った戻った」


「お、おう」


 ファランに促されて、敏樹はロロアの隣に戻った。


「ごめんな、席外して」


「いえ……」


「なんか美味しいのあった?」


「あ、はい。これ、凄く美味しかったですよ?」


「お、どれどれ……」



**********



 食事会を終えた後、シーラ、メリダ、ライリー、そしてファランの4人は食堂の娘であるクロエの家に泊まることにしたようで、帰りは敏樹とロロア、シゲルの3人となった。


「いやぁ、美味かったなぁ。肉も美味かったけど、米も美味かったなぁ。飯っていのはいいもんだなぁ、親父?」


「おう、そうだな」


 シゲルは敏樹とロロアのすぐ後ろを歩きながら、終始食事の感想を漏らしては、時折敏樹に同意を求めてきたので適当に応えながら宿への道を歩いていた。


「うぃ~……トヒキしゃぁん……。しゅきぃー……」


「はいはい、ありがとな」


 食事会の後半では酒も提供され始めた。

 この国は15歳から成人なので、全員が飲酒可能だった。

 実際の所、飲酒に関する年齢制限はないのだが、一応成人するまでは控えたほうがいいという暗黙の了解はあるようだった。


 米料理を提供する黄金の稲穂亭では、酒もどぶろくを中心に扱っている。

 そこで敏樹が清酒を提供した所、中々の好評を得ることが出来た。

 近々水精人の集落から提供できるであろうことを知ったクロエの両親は、随分と喜んでいた。


 そして、途中から酒宴となった食事会でしこたま酒を飲んだロロアは、今現在敏樹に背負われ絶賛泥酔中というわけであった。


「トヒキしゃん……あむあむ……おいひぃれす……」


「ちょ、耳噛むな耳」


「にゅふふぅー」


「へへ、母ちゃん上機嫌だなぁ」


 シゲルがのんきな口調でそう言うと、ロロアは敏樹の首元に埋めていた顔をぬらりと上げ、シゲルの方を振り返った。


「ヒゲルひゃん、しょんなこちょはないのれしゅ……!!」


 そう言いながら、ロロアは頬を膨らました。


「なんでぇ。じゃあ母ちゃんは不機嫌だってのかよぉ?」


「しょうなのれしゅ!! ロロアは怒っちょるのれしゅっ……!!」


「へええ、何をそんなに怒ってんだい?」


「…………!!」


 シゲルが冗談ぽく問うたが、ロロアは頬を膨らませ、眉間にしわをよせて虚空を睨みつけたままなにも喋らなかった。


「おーい、ロロア。なにか嫌なことでも合ったのか?」


 敏樹がそう問いかけると、ロロアは再び敏樹の首元に顔を埋めた。


「……ファランひゃんと、なに話ひちょったのれすかぁ……?」


「あー、あれな」


 そう言われればファランと話した後ぐらいから、ロロアの飲むペースが上がっていたように思える。


「まぁ、近々話すわ」


「うぅー、ひみちゅれしゅかぁ?」


「そんな大層なもんじゃないよ」


「むぅ……、トヒキしゃんはひみちゅが多いのれしゅ……」


「そうか?」


「そうなのれしゅ!!」


「……不満か?」


「ロロアは大いに不満なのれしゅ……!!」


「そっかぁ……」


 そうこうしている内に3人は宿に到着した。


「じゃあ、親父、母ちゃん、おやすみな」


「おう」


「ヒゲルひゃん、おやしゅみぃ」


 シゲルが部屋にはいるのを見届けた敏樹は、ロロアを背負ったまま自分たちの部屋に入った。

 そのまま部屋の中まで歩き、ソファにロロアを下ろす。


「うぅー、トヒキしゃん離れちゃやぁ……」


 ソファ下ろされたロロアは、ぐったりと背もたれに身を預けたまま、両手だけを敏樹の方に伸ばした。


「はいはい」


 敏樹が呆れたような笑みを浮かべたままロロアの隣に座ると、ロロアは敏樹にぎゅっとしがみついた。


「ロロアは不安なのれしゅ……」


「はぁ? なにが?」


「ファランひゃんはお金持ちなのれしゅ……」


「あー、うん」


「クロエひゃんはトヒキしゃんのしゅきな物を作れるのれしゅ……」


「そりゃ米料理のことかな?」


ヒーラシーラもメリダもライリーもみんな可愛いのれしゅ」


「……まぁ」


「みんな若いのれしゅ……」


「そりゃ種族の問題とかあるからなんとも言えんだろうに。ってかファランもクロエも相手がいるからな?」


 敏樹はそういってみたものの、ロロアの耳には入っていないようだった。

 ロロアは一層強く敏樹にしがみついた。


「ロロアにはなにもないのれしゅ……」


「そんなこたないだろ」


「…………」


「ロロア……?」


「…………すぅ……すぅ」


「……寝てんのかよ」


 敏樹はロロアを抱え上げると、ベッドに降ろした。


「あ……あ……やぁ……」


 ベッドに横たえられたロロアは、目を閉じたまま何かを求めるように両腕を伸ばした。

 

「はいはい」


 敏樹はロロアの隣に寝転がり、ロロアを抱き寄せた。


「むふぅー…………すぅ……すぅ……」


 そしてロロアが安心したように寝息を立て始めると、敏樹も目を閉じ、まどろみに任せて意識を手放すのだった。

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