第6話『おっさん、食べる』

「いやぁ、儲かった儲かった!! トシキさんありがとよぉ!!」


 訓練場を後にし、冒険者ギルド受付へ向かってあるく敏樹の近くで、ジールはホクホク顔で手にした紙幣の枚数を数えていた。


「ん? 俺、なんかしたっけ?」


「賭けだよ掛け」


「賭け? そんなんやってたんだ」


「そらそうよ。冒険者があんなイベント逃すわけねぇからな」


 敏樹は先程のことを思い出したが、賭けらしいことが行われていたという記憶はない。


「まぁギルドマスターがいる手前おおっぴらにや出来ねぇから、当事者であるアンタは気づかなかったかもしれんがな」


「そりゃまぁ逞しいこって」


 敏樹は半ば呆れ気味に呟く。


「アンタんとこのお連れさんも随分稼いだみたいだぜ? ちゃっかり自分たちに賭けてたみたいだし」


 そういわれて敏樹がロロアの方をみるが、彼女は両手を軽く上げて首を横に降った。

 シゲルはと言うと、ジールの話にさも興味がなさ気な様子でぼーっとしたまま敏樹について歩いているだけだった。


「……ってことは?」


 そこで今度はシーラ達に目を向けると、シーラは懐から札束を取り出し、誇らしげに広げてみせた。

 メイダは少し恥ずかしげに目を逸らし、ライリーは我関せずという態度を貫こうとしていたが、口角がわずかに上がっていたので、3人ともそれなりに儲けたのだろう。


「もう賭けは終わったのか?」


 敏樹らは訓練場を出たが、そこではまだほろ酔いのガンドが冒険者の挑戦を受けているはずである。


「いや、一応まだ続いてるが、もうオッズが美味くねぇからな」


 ジールはまず敏樹らに賭けてしこたま稼ぎ、他の冒険者の挑戦が始まってからはガンドに賭けた。

 最初の内は「もしかしてガンドって大したことないんじゃね?」という空気が流れていたので、それなりのオッズだったのだが、数回挑戦者を退けた辺りで「やっぱガンド強いわ」という流れに変わり、ガンドの勝利に対するオッズが下がってきた辺りで敏樹らが訓練場を出ようとしたのが見えたので、そこで賭けを切り上げてついてきたということだった。

 ちなみにジールに同行していた魔術士のモロウもそれなりに稼いだようで、口元をほころばせながら懐に手を当てていた。


「じゃあ俺らはランザを回収して帰るからよ。今度一杯奢らせてもらうぜ」


「ああ、うん。また今度」


 ジールは軽く手を振り、モロウは懐に手を当てたまま軽くお辞儀をした後、2人は酒場の方へ消えていった。


「じゃあ、俺らはとりあえず受付に行こうか」


 受付に向かった敏樹らは、各々昇格の手続きを行った。

 ただし、Dランクへの昇格となるシーラ達3人は即時手続きを終えることが出来たが、Cランクとなる敏樹らはしばらく時間がかかるとのことだ。

 というのも、Dランクまでは各支部のギルドマスター権限のみで昇格が可能であるのに対し、Cランクへの昇格には本部の承認が必要となる。

 といっても、Cランクに関しては本部へお伺いを立てればほぼ間違いなく昇格は可能である。

 Bランクともなると、それなりの根拠を提示する必要があり、さらに本部の査定が入るので、各支部のギルドマスター権限で昇格させることが可能といっても、それほど簡単ではない。

 バイロンが現時点で敏樹をBランクに昇格させないのは、このあたりに理由があった。

 Aランクに関しては先述したとおり、本部での実績査定、試験、面談が必要となる。


「正式な昇格には数日かかりますが、お三方は暫定でCランクということになります。ここヘイダでのみCランクと同等の扱いとなりますので……、ランクに見合った節度ある行動を取るようお心がけくださいませ」


 猫獣人の受付嬢であるエリーは、敏樹ら3人にそう告げながら、ちらりと訓練場の方へ視線を向け、すぐに視線を戻した。

 今現在訓練場にいる誰かさんのことを言いたいのだろう。


 ここ数時間の内に感じたことではあるが、この世界――少なくともここヘイダの街の冒険者の間では、酒の席での無礼をあまり問題視していないようである。

 ガンドに対する評価のほとんどは「酔うと面倒臭いけど気のいいおっさん」ということで、割と好意的に受け入れられているようだ。

 酔って暴れて酔いが醒めたら知らぬ存ぜぬでは毛嫌いされようが、ガンドの場合は一応酔った時のことは大抵覚えており、酔いが醒めれば酒の席での行為を反省も謝罪もするようである。

 怪我をさせていれば治療費は払うし、物を壊せば弁償する、といった具合に、後でフォローが入るので「まぁしょうがないなぁ」ぐらいに思われているようだ。

 とは言え、皆が皆酔っ払いに対して寛容というわけでもない。

 実際目の前にいる受付嬢のエリーは明らかにガンドを嫌っているようで、先ほど訓練場へと向けた視線は絶対零度の冷たさを含んでおり、今なお不機嫌そうにゆらゆらと揺れる尻尾の先が、受付台の向こうに見えた。


「ええ、肝に銘じておきます」


 少し機嫌の悪いエリーにそう答えた後、敏樹は受付を離れ、ギルドの外に出た。

 外は少し日が傾き、少し薄暗くなっていた。


「ねぇ、ちょっと早いけど、クロエの所行かない?」


 全員がギルドから出た後、シーラがそう提案してきた。

 クロエとはシーラ達とともに『森の野狼』なる山賊団に囚われていた女性の1人で、この街にある食堂の娘である。

 ロロアの故郷でもある水精人の集落で獣人に近い姿の水精人と結ばれ、共にこの街へと帰ってきていた。


「そうだね。じゃあ宿屋で着替えたらクロエの所に行こうか」


 敏樹らは宿屋に戻ると装備を解き、普段着に着替えた後、クロエの実家へと向かった。



**********



 『黄金の稲穂亭』


 それがクロエの実家の食堂の名である。

 ヘイダの街ではそこそこ人気のある店だ。


 店名から想像できる通り、ここ『黄金の稲穂亭』は米料理を出す店である。

 そして敏樹らが座るテーブルには、パエリアやリゾット、ピラフといった米料理が並べられていた。

 むろん、それ以外の料理もあるのだが。


 この日のディナータイムは、この食事会のため貸し切りとなっていた。

 クロエとその両親はランチタイム終了後から店を閉め、この食事会のための準備を行っていたのだった。

 敏樹らは約束の時間より少し早く着いてしまったが、特に問題はなかったようである。


 異なる世界でのことなので、ここに並べられている料理が元の世界のそれらの料理と全く同じかと問われればかなりの差異はあるが、少なくとも<言語理解>はパエリア風のものはパエリアと、リゾット風のものはリゾットと、ピラフ風のものはピラフと訳しているので、全く別物と考える必要はあるまい。

 それに、リゾットやピラフはともかく、パエリアなどは敏樹も日本にいた頃ですら食べた記憶が無いので、ここで食べたものがスタンダードになりそうである。


「いやぁ、米料理なんてあんま食べたことなかったけど、美味しいもんだねぇ!!」


 シーラがパエリアをかきこみながら、舌鼓を打つ。


「うふふ、そうでしょう? お米は何にでも合う万能の食材なんですよ?」


 そう誇らしげに語るのは、この食堂の娘であるクロエだった。

 少しクセのある栗色の柔らかそうな髪を一つに束ねたエプロン姿のクロエは、幼い顔つきと低い身長もあってか、家業をお手伝いする少女のように見える。

 しかし実際は20歳を超える立派な大人であり、彼女が幼く見えるのはその体の半分に流れるハーフリングの血のせいであった。

 次々に出来あがる料理を母親とともに配膳しつつ、クロエは時折漏らされるメンバーの質問や感想に応えていた。


「あの、トシキさん……」


 敏樹の隣にいたロロアが、身を寄せ、囁くように問いかけてきた。


「どしたの?」


「このお粥、まだちょっと芯が残っているみたいなんですが……」


 ロロアの前にはリゾットがよそわれた皿があった。


「ロロア、それはお粥じゃなくてリゾットな」


「リゾット?」


「そう。ほんの少しだけ芯を残して、その食感も楽しむものなんだよ」


「へええ」


 ロロアは軽く目を瞠ったあと、再びリゾットをスプーンで掬い、口に運んだ。

 そして、何かを確かめるようにゆっくりと咀嚼し、やがて納得がいったように何度か頷いた。


「なるほど。そういわれると、これはこれでおもしろい食感ですね」


 どうやらロロアはリゾットが気に入ったようで、クロエを呼び止めて作り方を聞いていた。

 水精人の集落で育ったロロアにとって、米は身近なものなのである。

 特にロロアが主食としていたのは、どぶろくの製造過程で出来る蒸し米であり、それは外が硬めで内が柔らかいという、リゾットとは逆の食感なので、そのあたりにも興味を惹かれたのだろう。


 数々の米料理が並ぶテーブルであったが、ここにはあれがなかった。


「クロエ」


 敏樹はロロアと話しているクロエに声をかけた。


「はい?」


「あれはあるかい?」


「……ええ、もちろん」


 クロエは不敵に微笑むと、厨房の中へと消えていった。

 そして間もなく両手鍋を抱えて戻ってくる。


「トシキさんのお眼鏡にかなうものが出来たと思います」


 そう言いながら、クロエはテーブルの中央に鍋をおいた。

 クロエの言葉と、少しもったいぶった態度が、その場にいた全員の視線を集める。

 そして注目される中、クロエが鍋の蓋を取ると、その中から白銀に輝く物が姿を表した。


「ほぅ……」


 敏樹が感嘆のつぶやきを漏らす。

 それは白米を水だけで炊き上げたもの、即ちご飯であった。


 蓋を開けた後、クロエはターナーを使って鍋の中のご飯をほぐしていく。

 ご飯の内側に閉じ込められていた水蒸気が舞い上がり、独特の香りが辺りに漂った。


「あ、いい匂い……」


 思わずシーラが呟く。

 十分にご飯をほぐした後、クロエは用意していた小さめのボウルにご飯をよそっていった。

 そして、まずは敏樹が口に運んだ。

 クロエはともかく、なぜかその場にいた全員が、緊張した面持ちで敏樹の様子を伺っていた。


「……うん、いいんじゃないかな?」


「ほっ……」


 クロエは軽く胸をなでおろした。


 クロエ達がまだ水精人の集落で保護されていた頃、敏樹はあまり深く関わりはしなかったものの、多少のコミュニケーションはとっていた。

 そんな中、クロエの実家が米料理をメインに扱う食堂であることを知り、敏樹はいろいろと話を聞いていたのである。

 そしてどうやら水だけで米を炊くという文化がないことを知った敏樹は、<格納庫ハンガー>に収めていたおひつから、ほぼ炊きたてのご飯をクロエに食べさせていたのである。

 それによりご飯に興味を持ったクロエに対し、鍋でご飯を炊く方法を調べて伝授していたのだった。

 クロエはその後、何度も失敗を繰り返し、ようやく敏樹に認められるご飯を提供できるに至ったのである。


 敏樹の反応を興味深く見ていた他のメンバーも、続けてご飯を口に運んだ。


「……んー、味しなくない?」


 とはシーラの感想である。

 ライリーも同じような感想なのか、首をかしげている


「そうですか? ほんのり甘くて私は好きですけどね」


 ハーフエルフのメリダはどうやらご飯そのものの味を気に入ったようだった。


「全体が柔らかいんですね……」


 蒸し米を食べ慣れているロロアにとって、味の方は馴染み深いが、食感は新鮮であるらしい。


「なんかもそもそして、あんま美味くねぇな」


 そしてシゲルはあまりお気に召してないようであった。


「そりゃ普通は単体で食べないからな。その辺のおかずと一緒に食ってみろ」


 そう言われてシゲルは肉の串焼きを口に入れた後、ご飯をスプーンで掬って口に運んだ。


「んんっ!?」


 目を瞠ったシゲルは勢い良く咀嚼を始め、すぐに飲み込むと、その後も串焼きとご飯を交互に口へと運んでいき、あっという間にボウルの中の米がなくなった。


「はぁー……。一緒に食うと美味ぇなぁ!!」


 その様子を見た他の面子も、シゲルを真似しておかずと一緒にご飯を食べ始めた。

 そして各々、舌鼓を打ち始める。


「おーい、炒飯出来たぞー」


「はーい」


 そんな中、厨房から声が響き、クロエが新しい皿を持ってきた。


「これは……ピラフじゃないの?」


 皿に盛られていたのは炒飯であったが、シーラはそれに疑問を呈した。


「ピラフってのは味をつけながらご飯を炊く料理だろ?」


「これも同じでしょ?」


「いや、この炒飯ってのは、今食った水だけで炊いたご飯を炒めて、あとから味を付けたものだからな。根本的に別物だよ。食えばわかる」


 半信半疑と言った様子のまま、シーラは炒飯をスプーンで掬って食べた。


「食感がぜんぜん違うね」


 炊き上げられたままのピラフと、炊き上げられた後、さらに高温で炒められた炒飯とで食感が異なるのは当たり前なのである。

 無論、この炒飯も敏樹から伝授されたものであった。


 その後も食事会はワイワイと盛り上がった。

 一通り料理を出し終えたクロエの両親が、泣きながら敏樹に礼を述べるということもありつつ、基本的には明るく楽しい食事会だった。


「トシキさん、ちょっと……」


 そんな中、ドハティ商会の娘であり、クロエ同様山賊団から救出されたファランが、その賑やかな食事会の輪から敏樹を連れ出すのだった。

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