第5話『おっさん、お願いする』
「勝負あり!! 勝者、トシキ!!」
一撃でガンドの意識を刈り取った敏樹だったが、彼はその後も二度三度と
「ちょ、やめんかっ!! 勝負ありと言うとろうがぁ!!」
10回ほど殴りつけたところで、敏樹の攻撃が止む。
倒れ伏したガンドの顔は、原型を留めぬほどに腫れ上がっていた。
通常、打撲痕が腫れるのにはもう少し時間がかかるのだが、どうやらこれも治癒促進効果の一貫であるらしい。
「あぁ、すいません。ついうっかり……」
「嘘をつけっ!! 一撃で終わっとったよねぇ? 気付いとったよねぇ?」
「あれれぇ? そうでしたっけ?」
「まぁ、死にゃあせんからかまわんけどのぅ……」
わざとらしい敏樹の反応に、バイロンは呆れたようにため息をついた。
敏樹の所業に野次馬のおよそ半数はドン引き状態だったが、残り半数は勝負の分析に入っているようだった。
このあたりの差が、そのまま冒険者としての能力差に繋がりそうである。
「おい、今の見えたかよ?」
「いや、気がついたあいつガンドさんの前にいたよな?」
「それもそうだが、攻撃の威力ハンパねぇぞ?」
「だよなぁ? ガンドさん、結構踏ん張ってたのにあっさり弾かれてたし」
「それを言うなら前半の弾き返すやつだよ。ありゃ神業だべ?」
等々、各所でこのようなバトル談義に花が咲いているのであった。
「<縮地>か?」
「おや、ご名答」
倒れたガンドに治癒魔術をかけながら、バイロンが敏樹に訊ねた。
「後半は魔術も使っとったのぅ」
「せっかくなので、色々試したくて」
敏樹は試合の前半と後半で、戦い方を変えている。
前半は自前の身体能力と、<双斧術><細剣術>といった常時発動型スキルのみで戦い、後半は身体強化魔術や<縮地>といった任意発動型の魔術、及びスキルを併用した。
後半戦開始後、<縮地>で一気に間合いを詰め、《自己身体強化》で威力の上がった攻撃をお見舞いしたというわけである。
ちなみに一撃で意識を刈り取ったことは敏樹も認識しており、二撃め以降は後遺症が残らない程度に威力を弱めていた。
これは見物に来た野次馬に対するデモンストレーションのような効果を狙ったものである。
その狙いは功を奏したようで、ヘイダの街では最強と思しきガンドを平然とタコ殴りにする様子にドン引きした大半の冒険者は、今後敏樹らにちょっかいをかけてこなくなるであろう。
冷静に試合の分析をするような残り半数の冒険者は、そもそも他者にちょっかいをかけるようなタイプではないので、気にする必要はない。
「で、俺はCランクへ昇格ってことでいいんでしょうか?」
「うむ。出来ればもう少し何か報いてやりたいのじゃが……」
実力で言えばAランク相当の強さを誇るガンドをあっさりと倒してしまったのだから、ギルドマスター権限で認定できる内の最高ランクであるBランクにしてやりたいところではある。
しかし、実力はどうあれ公的に見ればガンドはCランクなので、それを倒してBランクというわけにもいかないのである。
今回のような特例的なランクアップは、何も敏樹の為を思ってのことばかりではない。
自分が特例的にランクアップさせた冒険者が今後活躍することになれば、バイロンのギルドマスターとしての評価が上がるのである。
逆に、そう言う特例的なランクアップをした冒険者が問題を起こせば、もちろんランクアップを許可したギルドマスターの責任ということになる。
「なにか他に望みはあるかの? なんなら秘蔵の酒でも――」
「結構です」
「……じゃよなぁ」
そもそもこの試合とランクアップが降ってわいたようなものであるし、いきなり望みはないかと聞かれても困るところではあるのだが……、と思案を巡らせつつ敏樹はロロアやシゲルがいる方に視線を向けた。
「まぁ、今思いつかんなら後日でもええけどの」
「あー、それじゃあですね。ガンド先輩に勝ったらランクアップってやつ、他のメンバーも受けていいです?」
敏樹の言葉を受け、バイロンはロロアらの方を見たあと、倒れて意識を失ったままのガンドの方を見る。
「ふむ。ガンドが受けるのならの」
そう言いながら、足元に倒れているガンドの頭を、コツンと杖で小突いた。
「んん……」
小突かれたガンドが短くうめき、ゆっくりと上体を起こした。
怪我の方はほとんど治りかけているようである。
ガンドが意識を取り戻したのは、杖で小突かれた衝撃によって、というわけではなく、バイロンが《気つけ》の魔術を使ったからであった。
「ふぅ……」
よっこらせとばかりに上体を起こしたガンドは、そのままあぐらをかいて座り、見上げるような形で敏樹とバイロンを交互に見た。
「……私の、負けですかね?」
「うむ」
「お疲れ様でした」
2人の言葉を受けて、ガンドは少し恥ずかしげに頭を掻いた。
「私も、まだまだですなぁ……」
「そう思うんなら酒を断て」
「それは無理です」
「じゃよなぁ……。ま、それはさておき、ガンドよ」
「はい?」
「お主に提案じゃ」
バイロンが敏樹からの要望を伝えると、ガンドは少し驚きながら敏樹の方を向いた。
「いや、申し訳ないが私にメリットが無いように思うので……」
そう言いながら、今度は伺うようにバイロンを見るガンド。
「トシキに負けた以上、秘蔵の酒はナシじゃよ」
「ですよねぇ……。すまないがトシキ――」
「まま、先輩そう言わずに」
断ろうとするガンドのそばに、敏樹はしゃがみこんだ。
「ささ、まずは一献」
そしていつの間に用意したのか、ウィスキーのボトルを開け、ウィスキーグラスにシングルの量を注ぎ、ガンドの鼻先にグラスを向けた。
「――!?」
グラスから漂う香りを鼻腔で捉えたガンドの目が見開かれる。
「こ、これは……」
ガンドは伺うような視線を敏樹に向けた。
それを受けて敏樹が頷くと、ガンドはグラスを受取り、底に溜まった琥珀色の液体を口の中へと流し込んだ。
「ふおおおおおお!?」
敏樹が用意したウィスキーは700mlで千数百円のリーズナブルなものだったが、どうやらガンドのお気に召したようである。
「ト、トシキ――いや、トシキさん!! 勝てばこれをいただけると?」
「まさか」
そう言って首を横に振る敏樹の姿をみて、ガンドは泣きそうになる。
「勝負を受けていただければ一本差し上げますよ」
「本当か!?」
「ええ。勝てばさらにもう一本」
言いながら続けて用意した同じ銘柄のウイスキーボトルを、ゴトリとガンドのそばに置く。
「さぁ、どこからでもかかって来い!!」
勢い良く立ち上がったガンドは、すでに
敏樹はその様子を嬉しそうに見上げ、バイロンはやれやれとばかりに首を振る。
「ではトシキよ。誰がやる?」
「ロロア!!」
敏樹は立ち上がり、振り返ってロロアを呼んだ。
呼ばれたロロアはまだフードをかぶったままであり、少し驚いた様子でシゲルの陰から顔を覗かせた。
敏樹はロロアがフードを被っていることに多少疑問を持ったちつつ、手招きで彼女を呼び寄せた。
それに応じてロロアはトコトコと小走りに敏樹の元へやってくる。
「えっと、私……ですか?」
「うん。ってか、なんでフード被ってんの?」
敏樹はそう言いながら、ロロアのフードを上げようとしたが、ロロアはそれに抵抗した。
「あっ、や……、ちょっと……」
「いやいや、フード被ったままじゃ戦えんでしょ?」
「う……」
結局その言葉に観念したロロアは、抵抗を止めた。
ロロアは軽く涙目で、まだ顔は赤いままだった。
「あれ、顔真っ赤。どしたの?」
「だ、誰のせいだとおもってるんですかぁー!!」
「え、俺? 俺なんかしたっけ?」
「むー!!」
ロロアが頬を膨らませながら、装甲に覆われていない敏樹の太ももを思いっきりつねる。
「いててて……。何? 何なの?」
「なんでもないですっ!!」
自分が照れている理由を言うわけにもいかず、ロロアは口をとがらせそっぽを向いてしまった。
「あー、お主ら? そういうことは他所でやってくれんかのう……?」
バイロンが呆れた様子で敏樹らに告げた。
先程まで勇ましく構えていたガンドも、毒気を抜かれたような表情になっている。
「儂もこんだけの人数に暴動を起こされては抑えるのがホネじゃしのぅ」
周りを見れば、野次馬のほとんどが爆ぜろ爆ぜろと恨みがましい視線を向けていることに、敏樹とロロアは気付いた。
2人は慌てて互いに半歩ほど飛び退き、距離を取った。
「さて、ロロアよ。お主がガンドと勝負する、ということで良いかの?」
「えっと……」
そこで改めてロロアは敏樹の方を見た。
敏樹は無言で頷く。
「はい。よろしくお願いします」
「うむ。では双方見合って」
バイロンに促され、ロロアはガンドの方を向いた。
「じゃ、頑張ってね」
「はい」
敏樹はポンっとロロアの方を叩くと、そのまま試合場の外に出ていった。
ロロアは試合場の端の方に陣取ると、<
「おい、見ろよあの弓。ヤバくね?」
「めちゃくちゃいい弓だぞ、ありゃ。300はいくんじゃねぇかな」
「ってか、斧槍相手に弓って大丈夫なのかよ」
「だよなぁ。狭い試合場じゃどう考えても不利だと思うけど」
野次馬共がざわつく。
ロロアが今回取り出したのは、先日ドハティ商会で購入したものである。
100本の矢とセットで100万Gだったが、市場に出れば単体で300万Gは下らない逸品であった。
300万GといえばDランク冒険者の平均年収とほぼ同等であり、並の冒険者が持てるものではない。
しかし、野次馬たちが言うように、いかにいい弓を持っていようとも、それほど広くない試合場という場所において、弓は弓であるというだけで不利となる武器である。
50~100メートルほどの距離を保てれば、弓のほうが圧倒的に有利なのだが、試合場は一辺が20メートルに満たない広さであり、お互いが端と端に立ってなんとか優勢になれるといったところか。
しかし近距離サイドが遠距離サイドの事情を汲み取る必要もないので、ガンドは試合場の中央に立ったままであり、ロロアは10メートル弱の距離を稼ぐのが精一杯だった。
「構えっ!!」
バイロンの合図でロロアが弓に矢をつがえ、弦を引き絞る。
(近ければ有利と思ったが、これはこれで怖いな……)
10メートル弱という、弓を相手にした場合は至近距離といっていい位置から狙われたガンドは、背筋が寒くなるのを感じていた。
(しかし、初撃さえかわせば勝てるはずだ)
当たり前のことではあるが、矢を放たれる位置が近ければその分かわしづらいのである。
初撃をかわせば勝てるとは限らないが、かわせなければ負ける可能性は一気に高まる。
(あとは、どのタイミングで彼女が矢を放つかだが……)
すでに弦を引き絞っているからといって、開始と同時に矢を放つ必要はない。
射程距離はもちろん、攻撃速度もロロアのほうが圧倒的に上であろう。
ならば、後出しでも充分当てることはできるはずだ。
逆にガンドは、ロロアが矢を放つのを確認してから動いてかわせるかと問われれば、不可能ではないが困難であると答えざるを得まい。
(ならば、まずはこちらが動く……!!)
まずは射線から外れるように移動し、仮にそこを狙われたら斧槍で弾き落とす。
そこから踏み込み、2発目を放たれるより先に勝負を決めてしまうのがよかろう。
そう決めたガンドは、開始の合図を待ちながらわずかに腰を落とした。
「始めっ!!」
ガンドは開始と同時に右斜め前へと跳んだ。
その一瞬後、自分と交差するように矢が飛んでいくのを視界の端に捉えた。
(勝った!!)
2メートルほどではあるが、初撃をかわしつつロロアとの距離を詰めることに成功している。
この距離であれば一気に踏み込むことで、1秒とかからずロロアを間合いに捉えることができる。
勝利を確信し、ガンドは着地と同時に前へと飛び出した。
「ぐほっ!?」
踏み込んだ瞬間、ガンドのみぞおちに衝撃が走った。
前へ出ようとした勢いは完全に殺され、息が詰まるのを感じながら何とか前を見ると、放たれた矢が近づいてくるのがはっきりと見えたような気がした。
「勝者、ロロア!!」
眉間に矢を受けたガンドがもんどりうって倒れ、気絶したのを確認したバイロンが、ロロアの勝利を告げる。
それと同時に、野次馬から歓声が上がった。
「おいおい見たかよあの速射!!」
「3発……だよな?」
「え? 2発じゃねぇの?」
「いや3発だな」
「でも、1発目がかわされて、2発目が頭に当たって終わりだろ?」
「その間にもう1発、みぞおちに食らわせてるぜ」
「だな。ガンドさんのそばに矢が2本転がってるだろ? んで、あっちに転がってんのが最初に外したやつ」
「おお、ホントだ!! すげぇ!!」
野次馬の間では早速試合の分析が始まっていた。
ロロアは倒れたガンドに一礼すると、弓矢を<
「おつかれさん」
敏樹がロロアの肩をポンっと叩くと、ロロアは安堵したように頬を緩めた。
「ちょっと緊張しました。でも勝てて良かったです」
「へへ、母ちゃんかっこよかったぜぇ?」
「ありがとう、シゲルちゃん」
「楽勝だったろ、ロロア?」
「どうでしょう? 次は上手く対処されそうです」
ロロアに速射があるとわかれば、ガンドの戦い方も変わってくるに違いない。
先程の試合だと、2発目の矢はガンドの踏み込みの勢いも相まって威力が上がっており、3発目に関してはほぼ無防備な状態でのクリーンヒットであった。
かわすのが難しくとも、当たりどころや角度を上手く外されれば充分耐えられた可能性は高く、最初から受けることを前提に多少のダメージを覚悟で耐えながら距離を詰めればガンドの側にも勝機はある。
斧槍の間合いに捉えられれば、ロロアは為す術なく敗北するだろう。
「そもそも弓なんてのは狭い場所のタイマンで使うような武器じゃないしね。奇襲だろうが一回でも勝てればそれでいいんだよ」
「うむ、見事な戦いぶりじゃったぞ」
敏樹とロロアのもとにバイロンが悠然と歩いてきた。
その向こうでは、すでに《気つけ》を受けたのか、ガンドがぶるぶると頭を振りながら起き上がっているのが見えた。
「ロロアよ、お主もCランクに昇格じゃ」
「ありがとうございます」
「さて、次は誰かの?」
「いや、私はもう――」
「またまたぁ。先輩まだまだいけるでしょう?」
結局その後、ガンドは酒に釣られてさらに勝負を受けることになった。
純米大吟醸の一升瓶に釣られてシゲルと戦うことになったのだが――
「おい、トシキ! こっちゃこい!!」
と、バイロンが試合上から少し離れた所に敏樹を連れ出した。
「オークブラックてなんぞ?」
「おおっと」
「あら絶対ヤバい奴じゃろが……!!」
「えっとですねぇ……」
そこで敏樹はバイロンに話せる範囲で事情を説明した。
「名付けで契約したのであれば問題ないとは思うがのぅ……。お主、一刻も早うAランクになれよ?」
「あー、はい」
ギルドマスター権限で昇格出来るのはBランクまでであり、その権限で特例的にランクアップした者の行動の責任は、それを許可したギルドマスターに帰属する。
対して正規の手順で昇格した場合は冒険者ギルドがその責任を負うことになり、Aランクに限っては本部の規定した基準に達し、かつ厳正な試験と面談によってのみ昇格が可能となっているのである。
おそらくバイロンは、近いうちに何かしら実績を作らせて敏樹をBランクに昇格させるであろう。
そこからAランクに上がるまでに、敏樹や敏樹の従魔――名目上はパーティーの一員――であるシゲルが問題を起こせば、その責任をバイロンが負うことになるのである。
しかし敏樹がAランクにさえなってしまえば、バイロンはAランク冒険者を排出したギルドマスターとしての功績のみを売ることが出来、敏樹らが問題を起こした場合の責任をギルドに押し付ける事が出来るのだ。
「とにかく、早急に対<鑑定>用の<偽装>なり<隠蔽>なりをシゲルに習得させることじゃ。そのために祝福が必要であれば、儂がなんとかするでの」
「まぁ、その辺はこちらで抜かりなく」
「うむ。頼んだぞ」
久々の――、いや、一生に一度出会えるかどうかというほどの大型新人である。
敏樹の功績如何では今後の人生が変わってくると言っても過言ではない。
バイロンは自身の鑑定眼を――その<鑑定>眼を欺く事が出来る男の実力を――信じ、老後の人生を豊かにすべく、敏樹を全力で支援することに決めたのであった。
ガンドはシゲルにあっさり敗れた後、スパークリングワイン――シャンパーニュ産750ミリリットル約五千円――に釣られてシーラ達と戦い、こちらも接戦の末敗れた。
これによりシゲルはCランクに、3対1で勝利したシーラ、メリダ、ライリーの3人はそれぞれDランクへと昇格した。
その後、野次馬の中からも昇格と酒場での奢りをかけてガンドに挑戦する冒険者が次々に現れた。
「俺って、やっぱ強ぇよなぁ? うん、アイツらが強すぎるんだ。俺ぁ弱かねぇ」
敏樹に勧められた酒の味見でほろ酔い気分となったガンドは、そう呟きながら挑戦者達を難なく退けていくのであった。
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