第2話『おっさん、絡まれる』
トンガ戟が壊れた後、シゲルは自前の槍で狩りを続けた。
改めてシゲルが他者と戦う姿を見るに、よくこれに勝てたなと、敏樹は我が事ながら感心する。
そして、スキル――この世界では加護や祝福、天啓と呼ばれるものと、才能やセンスといったものが似て非なるものであることがわかった。
例えばシゲルはレベルマックスの<槍術>を所有しており、敏樹も同じものを習得している。
ならシゲルと同じように槍を扱えるかと問われれば、否と答えざるを得ない。
スキルというものはどうやら習得レベルに応じてある程度動きを補正したり、型や技の知識をもたらずものらしい。
シゲルと同レベルのスキルを有する敏樹であるが、槍同士で戦えば、おそらく勝負にすらならないだろう。
先の戦いでシゲルを圧倒できたのは、天啓を得る前で<槍術>スキルがまだレベルマックスに至っていなかったことと、シゲルが経験したことのない
あとは序盤から猛攻をかけたことでシゲルの疲労を誘ったことも結果的には良かったと思われる。
もし時間をかけてシゲルに回復の隙を与えていたら、いずれ対応されたかもしれない。
「なぁ、シゲル」
「ん?」
「さっきからオーク殺しまくってるけど、特になんともない?」
「あー、別にどうってことねぇなぁ」
一応シゲルは今人の姿をしているが、もともとはオークブラックというオークの一種である。
同族、あるいは近親種を殺すことになんらかの忌避感があるのではないかと思ったが、どうやらそういうことはないらしい。
それはシゲルが人ではないからななのか、そもそもオークブラックという変異種が同族に対する親近感のようなものを持ち合わせていないのか、あるいはシゲルの個性なのか定かではないが、本人が気にしていないようなので、深く考える必要はなさそうである。
「そろそろ時間だし、戻るか」
午前の部の討伐は昼前まで作業を行い、昼過ぎに街へ戻るというスケジュールになっており、ヘイダの町とヌネアの森の間で、午後の部とすれ違う形になっているのだった。
この日はオークを中心に、ゴブリンやコボルトを50匹ほど倒していたが、その8割がシゲルの手柄だった。
<人化>によって身体に違和感がないかどうかの確認も含めてシゲルを優先的に戦わせていたが、特に不具合はないようだ。
むしろ敏樹との戦いで急激にスキルレベルがアップしたこと、そしてレベルアップした後はほとんど戦えなかったことから、改めて身体を動かすことで以前より強くなったとさえ感じているようだった。
敏樹らが馬車に戻ると、ちょうどシーラ達も戻ってきたところだった。
全員で馬車に乗り、一行はヘイダの街に戻った。
**********
討伐を終えてヘイダの街に戻った一行は、一旦冒険者ギルドを訪れた。
昨日の討伐依頼分の報酬の確認と、今日狩った分の納品を行うためである。
「お腹すいたー。先にご飯食べない?」
というシーラの提案を受け、敏樹らはギルド併設の酒場へと足を向けた。
昼食の時間帯を少し過ぎた辺りだったが、酒場の席は半分ほど埋まっていた。
ここヘイダの街ではかなりの数の冒険者が活動しており、その全員が毎日勤勉に働いているわけではない。
元の世界のように特定の曜日で休むという概念がこの世界にはないらしく、そのためいつ休むかというのは各々に任される。
それは冒険者も例外ではないので、昼間からだらだらと酒を飲んで過ごすという者がどの日も一定数いるのであった。
敏樹らは4人がけのテーブル2つをを寄せて陣取り、料理を注文した。
その料理を待っていると、敏樹らのテーブルに一人の男が酒瓶を片手にフラフラと歩み寄ってきた。
「おう、楽しそうだな。俺も混ぜてくれや」
その男はシゲルよりも一回りほど大きな体躯を誇る、熊のような雰囲気の男だった。
「……いや、熊か」
どうやらその男は熊獣人のようであった。
熊獣人の男は敏樹のつぶやきが聞こえなかったようで、そのまま背後に立つと、腰を屈めて敏樹の肩に手を置き、酒臭い息を撒き散らしながら顔を近づけた。
「なぁ、いいだろぉ? 俺も昼間っからおねーちゃん侍らせて飲みてぇんだよ」
「おおっと、テンプレか?」
いかにもガラの悪そうな厳つい男に声をかけられ、敏樹は思わず呟いてしまう。
「あぁん? なんか言ったか、兄ちゃんよぉ?」
「いや、なんでもないよ」
「おぉ? そうかぁ。あぁ、じゃあ俺ぁその犬のねーちゃんと金髪のねーちゃんの間がいいからよ、ちょっとそこ詰めてくれや」
男はシーラ達3人が並んで座っている間を指差して、何やら指示を出し始めた。
シーラ達3人は汚物を見るかのような視線を男に向けていたが、男は気にしていないようだった。
「悪いけど、俺らみんな人見知りなんだよ。だからさ、知らない人とは同席しないから。ごめんな」
その言葉で男の表情が一気に不機嫌になる。
男は一度、バンッっと敏樹の肩を強く叩くと、そのままギリギリと肩を握る手に力を入れ始めた。
「別にお前の意見はどうだっていいんだよぉ。俺が一緒に飲みてぇっつってんだから、さっさと席作れや」
そう凄みながらも、男は敏樹の顔を覗き込んでしまう。
先ほどから肩を握りつぶす勢いで力を入れているのに、敏樹が対した反応を見せないのが不思議に思えたからであった。
そして敏樹越しに、ロロアの顔が目に入る。
ロロアは少しだけ心配そうな視線を敏樹に向けていた。
「おぉ!? なんでぇ、一番の美人はこっちにいたのかい。じゃあ話は早ぇ。お前、席替われや」
敏樹が反応しないことに多少の疑問を覚えつつも、男はそのまま敏樹を引き倒そうとした。
「おぅ待てや」
「あぁ!?」
熊獣人の男が乱暴に返事をしながら声の方に視線を向けると、浅黒い肌の男が自分を睨みつけていた。
そして視線を受けた瞬間から、どんどん酔いが覚めていくのを感じた。
「な……なんでぇ……」
男は絞り出すように声を出した。
しかし背筋がゾクゾクとしているのが恐怖のせいであると自覚できるほど、男の酔は覚めていなかった。
素面であれば、男は即座にこの場を立ち去ったであろう。
「親父が嫌だっつんてんだろぉがよ。だったらすぐに失せろや」
「な……てめぇ……」
ここで退くのは恥だと思ったのか、男はなんとか踏みとどまろうとした。
しかし、徐々に膝から力が抜け、その場に立っていられなくなりそうだった。
「シゲル、もういい」
その言葉を機に、男は一気に身体が楽になるのを感じた。
「っくぅ……はぁ……はぁ……」
止まっていた血流が再び流れ始めたような、そして覚めていた酔が再び戻ってきたような、そんな感覚を得た。
「悪いけど、部外者お断りなんだ。そっちはそっちで楽しくやってよ」
敏樹は穏やかにそう告げると、既に力の入っていない自分の肩に置かれた男の手をポンポンと叩いた。
男はビクッっと大きく身震いしながら、慌てて手を引っ込めた。
「へ……へへ……そうかい。お前さんあれか、お貴族さまかよ」
男が苦し紛れといった体で呟く。
「はぁ?」
「いるんだよなぁ、お前みたいな勘違いした野郎がよぉ!!」
そして先程まで感じていた不快な感覚を払拭するかのように、男は大きな声を出した。
「手下の力を自分の力と勘違いしてよぉ。でもって、綺麗どころ引き連れてお遊び感覚で冒険者気取るやつがよぉ!!」
その言葉は敏樹らに向けるというより、酒場にいた客に向けての演説のようになっていった。
「お前みたいな勘違い野郎が道楽ついでに安全な依頼受けるせいで、生活のために冒険者やってる低ランクの連中がどれくらい迷惑被ってんのかわかるか? あぁ?」
そして男の演説は、どうやらその場にいた冒険者たちの心にはそれなりに響いてしまったようである。
感心したようにうんうんと頷く者や、敏樹に対して明らかな敵意の視線を向ける者が現れ始めた。
「あー、ガンドさん?」
そんな冒険者達の中から、少し場にそぐわない間延びした声が発せられた。
「あぁ? おぉ、ジールじゃねぇか」
それは前日の午後、敏樹らとともに討伐依頼をこなしたジールであった。
同じテーブルではドワーフの戦士ランザが机に突っ伏していびきをかいている。
もう一人のメンバーであるヒトの魔術師モロウの姿は見えなかった。
「ご高説ありがとうよ。まったくもってアンタの言うとおりだ。でも、その人は、トシキさんはそういうんじゃねぇからな?」
ジールは熊獣人の男、ガンドをなだめるように話しかけながら、彼の元へ歩み寄った。
「アンタの言うことは最もだぜ? それに――」
そこでジールは敏樹らのテーブルにいるシーラ達の方を見た。
ヒトの魔術師ライリーは我関せずと言った表情でどこを見るともなしにぼーっとしており、ハーフエルフのメリダはうつむきがちに、しかし刺すような鋭い視線をガンドに送っていた。
シーラに至っては不機嫌な様子を隠そうともせず、顎を上げて口をしかめ、眉間にしわを寄せながら見下すような視線をガンドとジールの双方に向けていた。
(うへぇ……こりゃやべぇなぁ……)
ジールは内心で冷や汗をかきながら、ガンドをなんとかなだめるべく話を続ける。
「まぁ、綺麗なおねーちゃんに囲まれたいってのもわかる。うん。俺だってあそこに混じりたい」
ジールはガンドの横に立つと、彼の背中から手を回し、ポンポンと軽く肩を叩いた。
「でもな、男同士で飲むってのも悪くないぜ? ほら見ろよ、ランザだってあんなに楽しそうに――って、寝てんのか……。おいランザァ!!」
「んごぉ? んん……」
ジールに呼ばれ、ランザが眠そうに目を閉じたまま、少しだけ顔を上げる。
「おかわり……? んん、ワシゃあまだなんぼでも飲めるぞぉ。樽でもってこーい……んぐぅ……」
そしてなにやら口走った後、再び机に突っ伏した。
「ほらな、楽しそうだろ? 一杯……、なんなら樽で入れるからよ、一緒に飲みなおそうぜ?」
ジールはそのままガンドの肩を抱いて移動しようとしたが、ガンドはそれを振り払った。
「おぉっ!? ととぉ……」
ジールはバランスを崩して倒れそうになるのを、近くのテーブルに手をついて耐えた。
「ジール、てめぇ……、俺を馬鹿にしてんのか?」
「いや、そういうんじゃねぇって。男同士で楽しく飲み直そうぜって話じゃねぇか」
「てめぇは俺と敵対して、こんな奴の肩持つってのか? あぁ!?」
「いや、敵対とか肩持つとかそういうんじゃ……」
「てめぇはこんな……、強ぇ手下に守られながら女侍らせて粋がっている輩の肩持つのかよぉ!? あぁ!?」
「……ったく酔っ払いが」
ジールは呆れたように首を振りながら、ガンドの耳に届かない程度の声量で呟いた。
「なんか言ったか!?」
「あぁ、いや。なんでもねぇ。とにかくだ。俺は昨日そのトシキさんたちと一緒に依頼受けたんだよ。みんなそれなりの実力を備えた
「うるせぇ!! てめぇの意見なんざ求めてねぇんだよ!!」
そこでガンドは敏樹に向き直った。
「おい、ひょろいの。トシキっつったか? お前ぇ、俺と勝負しろや!!」
「ん? あー……」
「2時間後に訓練場で、俺とお前ぇの一対一だ。いいな!?」
ガンドはトシキの返事を待たず、ズカズカとカウンターへと向かい、水差しで水をがぶ飲みした後、そのまま酒場を出ていってしまった。
敏樹がどうしたものかとガンドを視線で追っていると、ジールが近づいてきた。
「悪ぃな、トシキさん。なだめるつもりが、逆に煽っちまったようで……」
ジールはバツが悪そうに、ポリポリと頭を掻いていた。
「ガンドさん――さっきの人な。普段はすげー面倒見のいい人で、俺も随分世話になったんだが、酔うとクソ面倒臭ぇんだよなぁ」
敏樹も会社勤めの頃は似たような人間を何度も見ていたので、ジールの言いたいことはなんとなく理解できた。
「んー、まぁいいよ。せっかくだし、先輩に一手ご教示願おうかな」
荒くれ冒険者に絡まれるというテンプレな展開のようなので、その冒険者との対人戦を楽しむことにした敏樹であった。
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