第25話『おっさんは相変わらずおっさん 2』

 敏樹、ロロア、シゲルの3人は、シーラ達が待つ馬車を目指して森の中を走っていた。

 ロロアがついてこれるギリギリのペースで走ったのだが、シゲルは問題なくついてこれているようだった。

 シゲルは随分と<威圧>を使いこなせるようだったので、敏樹とロロア以外を対象に少し強めの<威圧>を発動することで魔物はほとんどよってこず、30分ほどで馬車の近くまで来れた。


「シゲル、もういいぞ。力抜け」


「おうよ」


 シゲルに<威圧>を解かせ、そのまま3人で馬車の元へと向かうと、馬車の外ではシーラとジールが心配そうに立っていた。

 他のメンバーは馬車に乗り込んでいるらしい。


「お待たせ」


 敏樹の言葉に、シーラとジールが振り向く。


「や、お疲れさん。ってか、そいつは?」


 シーラが安堵したような表情を浮かべた後、シゲルを指して問う。

 ジールも同じような雰囲気だった。


「ああ、こいつね。こいつは、あれだ。森で遭難してたから救けたんだよ」


「……そっか。よくわかんないけど、あんたがそう言うんじゃそうなんだろうね。じゃ、先乗っとくから、さっさと乗りなよ」


 あからさまに怪しい言い訳だが、シーラは特に追求せず馬車に乗り込んだ。


「いやいや、遭難って。おかしいだろ!!」


 と、ジールはあまり納得がいかない様子だった。


「あぁん? お前ぇ、親父になんか文句あんのかよ?」


「はぁ、親父?」


 シゲルはジールの前に立ちはだかり、睨みを効かせた。

 とはいえ、<威圧>を発動していないので本気で脅しにかかっているわけではないようだ。

 一応敏樹から、むやみに人を脅してはいけないと言われており、特にこれから会うメンバーは仲間なので揉めるなよ、と釘を差されていた。

 それでも睨みを効かせたのは、敏樹が責められる姿に不満があるからであろう。


「ふーん。ま、似てなくもないか」


 シゲルは敏樹を基準に<人化>しているので、『似てなくもない』程度には似ている。


「いやいや、別に血のつながりとかないから。色々あって俺が面倒見ることになっただけだからね。っていうか、遭難云々より親子云々で納得するほうがおかしいから」


「あー、まぁそりゃそうなんだがよ。なんか追求すんのも面倒くせぇし、とりあえずアンタが責任持ってくれるってんなら別にいいや」


 そう言い残し、ジールも馬車に乗った。


「あのー」


 ジールが馬車に乗ったところで敏樹は馭者に声をかける。


「はい?」


「1人同乗させたいんですけど」


「はいはい。その方はしっかり歩けますか?」


「大丈夫です」


「ここにしばらくいても危険はない方ですか?」


「問題ないですね」


「では緊急性もないようですので、1万Gとなります」


「高っ!!」


 ちなみにヘイダの街から迷宮都市ザイタ行きの馬車の場合、往復出来る金額である。


「まぁ、腕利きの冒険者が護衛しているみたいなものですからねぇ」


 過去にはこの討伐用の馬車への同乗を狙ってスケジュールを組む旅人が少なからずいたらしい。

 少しぐらいなら、ということで商人ギルドも最初のうちは特に料金を決めず、馭者の裁量にまかせて同乗を許していたのだが、あまりにも利用者が増えすぎたため、相場より大幅に高い値段を設定したという経緯がある。

 緊急性が高い場合は馭者の裁量に任される場合もあるのだが、今回は緊急性なしと判断されたようである。


「はぁ、なるほど。わかりました」


 馭者の簡単な説明に加え過去の経緯を<情報閲覧>で確認し、一応納得出来た敏樹は馭者に1万G札を渡した。

 ゴネれば詳しい経緯も説明してくれたのだろうが、今さらその説明を求めるのも面倒な話である。

 節約するのであればシゲルを連れて歩いて帰るか、一旦この馬車を見送り、あとで車に乗って帰るという選択肢もなくはないのだが、そこまで金に困っているわけではないので、敏樹は規定の料金を払うことにした。


「毎度あり。では少し時間も押してますし、すぐに乗ってくださいね」


 ホッとしたような表情を浮かべるロロアと、ぼけっと立っているシゲルを連れ、敏樹は馬車に乗り込む。


「あ、そうだ」


 敏樹はシゲルに《浄化》の魔術をかけてやった。

 これは身体や衣服、武器などの装備品に至るまで綺麗に洗浄出来る魔術である。


「おお、なんかスッキリしたぜぇ」


 等級によってその効果は変わるが、敏樹は最上級の《浄化》をかけてやったので、シゲルの身体は風呂に入ったようにさっぱりとし、長年腰に巻いていた革も専用のクリーナーで手入れしたように綺麗になっていた。


 改めて敏樹らが馬車に乗り込むと、シーラ達とジール以外の同乗者からは不審げな視線と、多少の質問が飛んだが、特に問題は起こらず馬車は街の入り口少し手前に到着した。

 日は暮れかかっていたが、日没までにはまだ多少の猶予があった。


「ではみなさま、お疲れ様でしたー。依頼完了の報告は私共で行っておきますので、明日以降報酬をお受け取りくださいませ」


 街へのシゲルの入場だが、Dランク冒険者である敏樹とロロアの2人が身元引受人となることで、簡単な問診の末1万Gを支払えば問題無いということになった。

 敏樹らの後見人にドハティ商会のクレイグがついているというのも多少影響したようである。


 街に入ると、シーラ達とジール達が待っていた。


「トシキさん、ロロア、今日はありがとね。また頼むよ」


「おう」


「またね、シーラ。メリダとライリーも」


 シーラが一言礼を言い、他の2人は軽く頭を下げて街の雑踏へと消えていった。


「よう、トシキさん。これから一杯どうだい?」


 シーラ達が去った後、ジールが敏樹を飲みに誘ってきた。

 ドワーフのランザはなにやら期待を込めた視線を送ってきているが、魔術士のモロウは少し呆れたような様子である。


「悪い。今日はこのまま帰るわ。こいつの世話もあるしな」


 と、敏樹は背後に控えるように立っていたシゲルを指した。


「そうか。まぁ機会があったら飲もうや」


「おう」



 ジール達と分かれた3人は、街の中を歩いていた。


「へええ、なんか見たこと無いもんがいっぱいあるなぁ」


 シゲルは口をぽかんと開けながらあたりをキョロキョロ見回していたが、敏樹とロロアは特にそれを咎めなかった。

 シゲルにしてみれば珍しいものばかりだと思われるので、見たければ遠慮なく見ればいいだろう。


「ロロア、悪いけど先にこいつの部屋の手配してくれる? 俺は適当に服とか見繕ってくるから」


「はい」


 敏樹はシゲルを連れてドハティ商会を訪れ、とりあえずシゲルのサイズに会う服を数着用意してもらった。

 ちゃんとしたコーディネートなどは後日時間のあるときに、ファランあたりにじっくり見てもらえばいいだろう。


「なんかゴワゴワして動き辛ぇなぁ」


 シンプルな生成りの麻のシャツにダークブラウンの革ズボンという格好のシゲルが、手足を大げさに動かしながら不満を漏らす


「すぐ慣れるから我慢してくれ」


「へーい」


 次に敏樹はシゲルを連れて冒険者ギルドを訪れた。


「すいません、こいつの冒険者登録をお願いします」


「わかりましたー」


 受付の女性はテキパキと手続きを進めながら、冒険者の規定について簡単な説明を行った。

 敏樹らは5人いっぺんに登録を行ったので別室での講習となったが、本来はこのように受付で説明を受けるものである。

 シゲルは神妙な面持ちで受付嬢の説明に頷いていた。


「とりあえずいろいろ説明受けても意味はわからんと思うが、真面目な顔で頷いとけ。詳しい説明は後で俺がしてやるから」


 と、敏樹にから事前に言い含められていたのだった。


「はい、これがシゲルさんのギルドカードになります」


「へええ、なんだこれ?」


 シゲルは受け取ったカードをまじまじと眺めていた。


「いろいろ便利なカードだよ。詳しいことは後で説明してやるから、ポケットにでも入れとけ」


「ポケットぉ?」


 敏樹はシゲルのズボンの前ポケットに指を引っ掛ける。


「ここだよ、ここ」


「ん? おお!」


 シゲルはポケットにカードを入れると、嬉しそうに敏樹の方を見た。


「便利だなぁ、これ!!」


「だろう? さ、宿に戻るぞ」


「へーい」


 その後、シゲルのパーティー登録を終え、2人が冒険者ギルドを出る頃にはすっかり日も落ちていた。


「夜なのに明るいなぁ!! すげぇなぁ!!」


「おう、凄いだろう」


 この街の主要な道には魔道具らしき街灯が並んでいるので、夜であってもそれなりに明るいのである。

 照明の魔道具は広く一般に普及しており、街灯だけでなく、商店や民家から漏れる光もあった。


「あ、おかえりなさい」


 宿に着くと、ロロアがロビーで待っていた。

 既に部屋の手配は終わっていたので、あとはシゲルのギルドカードに鍵情報を登録するだけだった。


「なぁなぁ、なんか美味そうな匂いがするな」


 ギルドカードへの鍵情報の登録を終えたシゲルが、鼻をクンクンと鳴らす。

 この宿屋の1階には食堂があり、そこかから流れ出てきた料理の匂いに、シゲルの鼻が反応したのだろう。


「じゃあ、飯食っていくか」


「おお!! マジか!! 実は飯食いたかったんだよなぁ」


 シゲルが嬉しそうにはしゃぐ中、ロロアは心配そうに敏樹の方を見た。

 ここはそれなりにグレードの高い宿であり、その宿に併設されている食堂もまたそれなりの格がある。

 元の世界で言えばホテルのレストランといったところか。

 料金面やシゲルのマナー面など、不安要素は色々あるので、出来ればギルド併設の酒場か、もう少しグレードの低い大衆食堂の方がいいのではないかと、ロロアは考えたのである。


「まぁ、今から別の所探すのも面倒だし、個室用意してもらうよ」


 部屋まで料理を持ち込むなり運んでもらうなりという選択肢もないわけではないが、今の敏樹には少し思うところがあり、食事は外で済ませたかった。

 ロロアは敏樹の言葉に、少し複雑な表情で頷いた。



 ちょうど6人掛けの狭い個室に空きがあったので、そちらへ通してもらい、敏樹はサンドイッチやハンバーガー、串焼きなど、手づかみで食べられるものだけを適当に注文した。


「うおおおお!! 美味そうだなぁ!! これ、全部食ってもいいのか?」


「おう、好きなだけ食え。足りなきゃ追加してやるから」


「ありがとよぉ、親父ぃ!!」


 と、まずシゲルはサンドイッチに手を伸ばした。


「むほー!! んめぇ!!」


 サンドイッチを二切れほど食べた後、シゲルはハンバーガーや串焼きにも手を伸ばし、その都度舌鼓を打っていた。


「なぁ、お前今まで何食ってたの? あぁこら、串は食うな串は」


「ん? もごもご……んぐ……んはぁっ!! あれだ、オレぁ別に飯食わなくても大丈夫だからよぉ、適当に木の実とか果物とか食ってたなぁ」


「ああ、そうか。そうだったな」


 魔物は体内の魔石が空間に漂う魔力を吸収して活動エネルギーに変換できるので、食事を摂る必要はない。

 しかし、嗜好としての食事を楽しむものもあり、大抵の魔物は食事を摂るための器官を有している。

 体内に吸収した食料は魔石によって分解、吸収され、魔力同様に活動エネルギーとなる。

 食料は無駄なく吸収されるため、魔物は排泄という行為を行わないのである。


「シゲルちゃん、口元……」


 無作法にがっつくものだから、シゲルの口の周りには食べかすやらタレやらが付着しており、ロロアは手ぬぐいをだして拭いてやった。


「おお、悪ぃな、母ちゃん。あ、親父それ食わねえんなら貰っていいか?」


「おう、食え食え」


「へへ、ありがとよぉ」


 その様子を、ロロアは心配そうに見ていた。

 敏樹は、自分の前に出された皿の上からサンドイッチを手に取ったが、一口かじっただけで皿に戻していた。

 後はただシゲルが豪快に食べるのを、なにやら微笑ましく眺めているだけだったのだが、どうもその様子がおかしいのである。

 どうおかしいかと言われればなんとも答え難いのだが、思い返せばシゲルとの戦闘後、自分が駆けつけてからずっと、様子が変だったように思える。


「なぁ、母ちゃんもそれ、食わねぇのか?」


「え? ええ、欲しかったらどうぞ」


「へへ、ラッキー!!」


 結局ロロアは敏樹の様子が気になり、食事に手を付けられないでいた。

 普段であればそのことを敏樹が見咎めそうであったが、ロロアが食事に手を付けないことにそもそも気が付いていないようであった。


「ふぅー……、食った食ったぁ……!!」


 シゲルは満足げに腹をポンポンと叩いた。

 口元はおろか、手づかみで食事したせいで手もベタベタに汚れている。

 ロロアが拭こうとしたが、敏樹はそれを制し、《浄化》をかけてやった。


「よし、じゃあ部屋に行くか」


 シゲルの部屋は、敏樹らの部屋の向かいが空いていたので、そこをとった。

 一応一人部屋なのだが、グレードの高い階層のためかなりの広さがある。

 少しもったいない気もしないでもないが、何かあったときにすぐ自分たちの部屋を訪れることが出来るように、ロロアが配慮した結果だった。


「なんでぇ。別々の場所で寝るのかよ」


「当たり前だ。ほれ、ここをこうやったらドアが開くから」


「おう、なるほどなぁ」


 ドアノブのひねり方やドアの開け方を、敏樹はシゲルに教えてやった。

 シゲルはポケットにカードを入れているので、ドアの前に立つと自動で鍵が開くようになっている。

 一応カードがなければ部屋に入れないことは言って聞かせておいた。


「奥にベッドがある。部屋に入ったら服は脱いでいいから……いや今脱ぐな。ドア閉めてからな。んで、服脱いだらあとはベッドで寝ろ」


「ベッドってなんだぁ」


「ほれ、あの奥の方に白い四角いのが見えるだろ?」


「おう、あれな」


「あの上がフカフカで気持ちいいから。あれ以外はできるだけ触るな。いいな? んで、寝っ転がってたらそのうち眠くなるだろ。ってか、お前って寝るの?」


「寝るぜぇ。当たり前じゃねぇかよぉ」


 食事は不要だが、睡眠は必要らしい。


「よし、じゃあ後は寝るだけだ。明日俺が起こしに行くから、出来ればそれまで外に出るな。でももし何かあったら向かいに俺たちがいるから。ここだ」


 シゲルにドアを開けさせたまま、敏樹は自分たちの部屋の前に立った。


「で、用がある時は、こうだ」


 と、ドアをコンコンと叩く。


「こうやって軽く叩けばわかるから。思いっきり叩くなよ?」


「おう、わかったぜぇ」


「それ、離せば勝手に閉まるから。じゃあな、シゲル。おやすみ」


「おう、親父。おやすみ。母ちゃんも、おやすみな」


「はい、おやすみ」


 すぐにシゲルはドアから離れたようで、バタンとドアが閉まり、カチャリと鍵のかかる音がした。


「よし、じゃあ俺らも寝ようか」


 敏樹はギルドカードを取りだして鍵を開けると、さっさと部屋に入ってしまった。

 ロロアは部屋のドアが閉まらないように押さえ、少し心配そうにシゲルの部屋のドアを見た後、自分も部屋の中に入った。


「シゲルちゃん、1人で大丈夫かしら……」


 そう呟きながら部屋に入ると、ほどなくドアが閉まった。


「オエエェェ……」


 ドアが閉まると同時に、部屋に入ってすぐのところで、敏樹が膝をついて嘔吐した。


「え? ちょっと、トシキさん!?」


 ロロアが慌てて駆けつけると、敏樹は膝を着いたまま、ガタガタと震え始めた。


「うう……ふぐぅっ……」


「トシキさん、大丈夫!?」


 傍らにしゃがみこんだロロアの方を向いた敏樹は怯えるような表情を浮かべ、口元を吐瀉物で汚し、涙と鼻水を垂れ流していた。


「え? あの……、あっ……!!」


 戸惑うロロアに敏樹は抱きつき、彼女の胸に顔を埋める。


「うぐぅ……ううううう……!!」


 敏樹はなんとか声を押し殺そうとしているが、どうしても漏れ出てしまうようで、ロロアの胸に顔を埋めたまま咽び泣いていた。

 何が何だか分からないが、とにかくロロアも敏樹を抱きしめ、優しく頭をなでてやった。


「大丈夫……大丈夫ですよ。私がそばにいます。だから大丈夫……」


 穏やかに言い聞かせながらロロアは敏樹をなだめるべく、ただ優しく頭をなで続けた。

 そうやって10分以上が経ち、ようやく敏樹は落ち着きを取り戻したようだった。


「……死んでた……」


 それは絞り出すような呟きだった。


「はい?」


「……シゲルじゃなかったら……俺は死んでた……!! うぅ……」


 再び敏樹の肩が震え始める。


 魔力枯渇によって気絶したときのことである。

 今回は相手がシゲルだったからよかった。

 あの時点で既に敵意はなく、従魔の契約も終わっていたので、問題はなかった。

 しかし、完全に油断していたことに変わりはない。

 <無病息災>があるから、気絶を含む状態異常は無効になると思いこんでいた。

 しかし、魔力枯渇による気絶は例外らしい。

 HPが0になることで訪れる死を<無病息災>が回避できないように、MPが0になって起こる気絶もまたどうにもならないのだろう。


 もし敵意のあるものの前で気絶したら?

 気絶から復帰するのに30秒。

 相手がどういう存在であれ、30秒もあれば、首を落とすぐらいのことは簡単にできるだろう。


「うっ……ふぐっ…………。死んだら……、死んでしまったら、もう、生き返れない……!!」


 そのことが、ただただ怖い。

 そんな当たり前のことが怖くて仕方がない。

 そして、ほんの少し状況が違っていれば、敏樹は死んでいたかもしれない。

 そうなれば、ロロアも無事ではすまなかっただろう。

 自分だけでなく大切な人まで巻き添えにしてしまう可能性を考えると、さらに怖い。


 不思議とシゲルに対する恐怖や忌避はない。

 むしろ、シゲルでよかったという安堵感のほうが大きい。

 それでも、シゲルじゃなかったら? と考えたとき、再び恐怖が湧き上がってくるのである。


「ふふ……。じゃあその時は、私も一緒に死んであげます。だったら少しは寂しくないでしょう?」


 その言葉に敏樹は思わず顔を上げた。

 そして、恐怖と悲しみが混ざったような表情で、涙と鼻水を撒き散らしながらフルフルと首を横に振った。


「いやだ……ロロアは……、死んじゃいやだ……!!」


 子供が駄々をこねるように訴える敏樹を、ロロアは優しくほほえみながら見つめた。

 そしてそのまま顔を近づけ、吐瀉物にまみれた敏樹の口に、自分の唇を重ねた。


「ん……」


 それはただ唇を重ねるだけの、浅いキスだった。

 そうやってしばらく唇を重ね合った後、ロロアの方から口を離した。


「あ……」


 敏樹は名残惜しげにロロアを見つめたが、それ以上どうすることもなかった。


「だったら……、私を置いて死なないで……?」


 ロロアの目尻から涙が一筋こぼれた。


「うん……うん……」


 敏樹は何度か頷くと、今度は自分からロロアの唇を求めた。

 そして2人は激しく舌を絡めあった。




 大下敏樹

 40歳


 チートスキルを得て調子に乗っていたが、アラフォーおっさんは相変わらず臆病なおっさんのままなのであった。

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