第23話『おっさんは相変わらずおっさん 1』
魔物の中には、上位種というものが存在する場合がある。
たとえばオークの場合だと、通常のオークの上にハイオークと言うものが存在する。
ハイオークは通常のオークよりも戦闘能力が高く、身体も一回りほど大きい。
そして、少し肌が褐色に近い色になる。
ハイオークの上にはオークリーダーが存在し、戦闘能力や身体的特徴はハイオークに近いが、ハイオーク以下の眷属を数匹ほど指揮統率出来るという特徴がある。
その上にはオークジェネラルがおり、ハイオークやオークリーダーより一回り体が大きく、より濃い褐色の肌を持ち、より高い戦闘能力と下位の眷属を従える能力を持っている。
その上にはオークロード、オークキング、オークエンペラーがおり、上位に行くほど戦闘能力が高く、身体は大きくなり、肌の色は黒に近くなっていく。
オークエンペラーともなるともはや魔王級の存在であり、身の丈は5メートルほど、漆黒の肌を持ち、1匹で街を壊滅できるほどの強さがある上に、千を超える眷属を率いるような、災厄の権化となる。
敏樹の前に佇むオークは、漆黒の肌を持ってはいるものの、身の丈は2メートル弱。
そして眷属などは従えておらず、ただ1匹で槍を持って立っているだけだった。
*****
名前:個体名なし
種族:オークブラック
戦闘力評価:A
<槍術:Lv8>
<威圧:Lv8>
<咆哮:Lv7>
<自己治癒促進:Lv5>
<自己回復促進:Lv6>
<再生:Lv2>
<気配察知:Lv7>
<気配隠匿:Lv5>
*****
それは通常の種族体系に分類されない変異種であった。
その肌の色はオークエンペラーに近いものであり、おそらく戦闘能力はそれに近いものがあるのだろう。
しかし眷属を率いる能力はないようである。
ただ強いだけの個体。
それに対し<情報閲覧>は便宜上オークブラックと名付けたようである。
「なんつーか、ネーミングセンスが微妙だなぁ」
オークブラックはオークと言う割には細身の身体だった。
腰に獣か魔物の革を巻きつけただけの格好で、むき出しの上半身は鋼のような筋肉に覆われている。
槍を片手に佇んでいるだけだが、視線は敏樹を捉えたままであった。
「じゃあ、始めようか」
敏樹が<
敏樹は片手斧槍をだらんと下げたまま、無防備な格好でオークブラックに近づいていく。
そして彼我の距離が10メートルを切ったところで、一気に踏み込んだ。
<縮地>により約10メートルの距離は一気に0になる。
オークブラックを間合いに捉えた敏樹は、踏み込んだ勢いのまま右手に持った片手斧槍を、敵の首を狙って振り抜いた。
不意を突かれる形となったオークブラックだったが、なんとか身をかがめて初撃をやり過ごすも、敏樹の第二撃、左手の片手斧槍が脇腹を薙ぐように振り抜かれる。
オークブラックは咄嗟に飛び退き、斧の刃は何とか交わしたものの、槍部分の穂先が脇腹をかすめた。
穂はオークブラックの皮膚を裂き、その下の筋肉をわずかに切り裂いた。
脇腹から血が流れるのを感じながらも、オークブラックは着地と同時に前方へ踏み込み、槍を突き出した。
敏樹はその一撃を身を屈めてかわし、下から片手斧槍を振り上げた。
オークブラックはそれを槍を振ってはたきおとす。
「うおっ……とぉっ!!」
思わぬ衝撃を受けてバランスを崩しそうになった敏樹だったが、はたき落とされた勢いを利用して身を翻し、バックブローの要領で片手斧槍を振り、
「ヴォフッ!!」
唸りを上げながら身を反らし、なんとか突起の直撃を避けたオークブラックだったが、またしても槍部分の穂をかわしきれず、顔の薄皮を斬られてしまう。
敏樹の戦闘力評価はSS-だが、これはあくまで魔術や魔法を総動員した場合のものである。
近接戦闘のみで言えば、おそらくオークブラックといい勝負になるのではなかろうか。
実際二者の戦いはかなり拮抗した状態で、数十合打ち合われていた。
しかし、互角であれば時間が経つほどに有利になるのは<無病息災>を持つ敏樹の方である。
わずかに押され気味のオークブラックだが、受けた傷はすべてかすり傷であり<自己治癒促進>ですぐに治るのでそちらの方は問題ない。
問題はギリギリの攻防がもたらす疲労の方であり、<自己回復促進>での回復が追いつかず、徐々に動きが悪くなってきた。
だが、オークブラックには切り札がある。
「ヴォオオオオオオオオオオオ!!!」
それは<咆哮>であった。
使用者であるオークブラックはそのスキル名を自覚していたわけではない。
ただ、腹の底から叫び声を上げれば例えドラゴンだろうと身をすくめてしまう効果があることは知っている。
効果が高いだけに消耗も激しい技である。
ほんの数秒だが、自身も動けなくなる大技であった。
しかし、相手はより長い時間身体を動かせなくなる。
仮に動かせたとしても、すぐに万全状態とはならない。
その隙を突けば、勝てる。
<咆哮>により空になった肺に、大きく息を吸い込む。
この一呼吸が終われば、自分は自由に動けるのだ。
あとは動けなくなった敵を自慢の<槍術>で貫くのみ。
そのはずだが――
「ヴォフゥッ!?」
目の前の敵は一瞬たりとも怯んだ様子を見せず、両腕を広げるように武器を大きく振りかぶって踏み込んできた。
まだ万全の状態ではない。
息を吸いきれていない。
身体はまともに動かない。
なのに、目の前の敵は迫ってくる。
「ブフォッ!!」
咄嗟に槍を手放し、首をガードするように腕を上げた。
自分の首を挟み切るように襲い掛かってくる斧頭の刃を左右の腕で受け止める。
皮膚が裂け、筋肉が斬られ、骨が断たれるのを感じながら、オークブラックは必死で身をのけぞらせた。
無残に切断される両腕を見ながらも、その犠牲があったからこそ紙一重で攻撃をかわせたのだと実感する。
斧槍の穂の部分が顔を掠めた。
あと一瞬遅ければそれが致命傷になっていたはずである。
敵も大技を繰り出して隙が出来ていたため、なんとか後ろに飛び退いて間合いを確保した。
しかし――
「ヴォ……ブフゥ……」
切断された両腕の傷口からドボドボと血が流れ落ちる。
傷口から伝わる痛み、両腕を失った喪失感、決め技が効かなかったことに対する疑問、敗北がほぼ決定したことに対する屈辱、そして死への恐怖。
様々な感情がオークブラックの胸に渦巻いていたが、何よりも大きかったのは――
――負けたくない
目の前の敵にこのまま負けたくないという思いであった。
勝つためなら生命などいらない。
否、勝つ必要すらない。
相打ちでもいい。
敵を道連れ手に出来れば、それでいい。
初めて味わう様々な感情と強い思いが、オークブラックに天啓をもたらした。
「ヴォオオオオオオオオオオオ!!!」
その咆哮に意味はなかった。
ただ身体の奥底から湧き上がるものを吐き出しただけであった。
「うわぁ……まじかー……」
敏樹は目の前で雄叫びをあげるオークブラックの様子を半ばあきれながら見ていた。
それが<咆哮>であれば、<無病息災>による状態異常無効により無視出来るのだが、その雄叫びは荒れ狂う力の奔流であった。
天啓――オークブラックは敗北を前に新たなスキルを獲得したのであった。
<槍術><自己治癒促進><自己回復促進><再生>がレベルマックスとなり、さらに<再生>は<超再生>へと進化した上でレベルが5になっていた。
蓄積されていた疲労が完全に回復しただけでなく、切断された両腕もあれよという間に生えてきた。
さらに厄介なことに、オークブラックは新たスキルを得ていた。
<死物狂い:Lv1>
<死物狂い>は身体能力や魔力など、すべての能力を大幅に上昇させるスキルである。
その代償に、ほぼすべての生命力と正常な判断力を失う。
スキルレベルが上がると、時間あたりに失う生命力が少なくなることで効果時間が伸び、判断力がある程度残るようになる。
このスキルの厄介なところは、スキルレベルが1でもマックスでも能力の上昇幅が同じというところであろう。
現在のオークブラックの生命力であれば、1分ほどは戦えるはずである。
<槍術>のレベルアップと<死物狂い>の効果によりオークブラックの戦闘力評価はAからS+にまで上昇していた。
敏樹は自身の肉弾戦での戦闘力評価はA+程度だと認識している。
およそ1分。
これから始まるであろうオークブラックの猛攻を受け切れば、相手は自滅すると思われるが――
「うーん……、無理!!」
戦闘力評価はランクが上であればあるほど、そのランク差が示す実力差は大きくなる。
G→Eより、A→Sの実力差が大きいということである。
さらに同ランク内の+-の差と、ランクそのものが一段階上がるのとでは、またかなりの差がでる。
A→A+間より、A+→S-間の実力差が大きいということになる。
推定A+の敏樹とS+のオークブラックとでは全く勝負にならないだろう。
傷も疲労も完全回復したオークブラックは、体の奥底から力が湧き上がっているの感じていた。
それと同時に意識が黒く塗りつぶされていく。
それは心地よい感覚であった。
そして、次に意識を取り戻した時、敵は倒れているだろう。
たとえその直後に自分が力尽きることになろうとも、敵より一瞬でも長く生き延び、その死に様を見届けてやろうと、オークブラックは最後にそう思ったのだった。
力の奔流が収まると、オークブラックは敏樹を見据えた。
「ヴァウウウ!!」
その顔に狂気を浮かべ、涎を撒き散らしながら意味不明な叫び声をあげ、敏樹に迫ろうとした。
しかし、オークブラックの身体は1ミリたりとも動かなかった。
敏樹の肉弾戦のみの戦闘力評価は推定A+だが、全力で戦えばSS-である。
S+のオークブラックとの間には、歴然たる力の差があった。
敏樹がイメージしたのは山賊たちの死体を焼き払った《葬火》の魔術。
体内に効率よく熱を送ることで少ない火力であっても死体を灰に出来る魔術である。
敏樹は《葬火》とは逆に体内から熱を奪うことをイメージした。
それは魔力を以て熱を操作する<火魔法>であった。
魔法の効果は使用者の熟練度とイメージ、そして消費魔力によって決まる。
<火魔法>をレベルマックスで習得しているので、経験不足からくる効率の悪さは多少あるものの、大きな問題ではない。
イメージに関しても特に問題はなく、最大の懸念は消費魔力である。
「おう、すごい勢いでMPが減るなぁ」
魔術と異なり、魔法はコストパフォマンスが異常に低い。
どんどん消費されるMPを補うため、敏樹は先程から何度も魔石を取り出しては魔力を吸収している。
<死物狂い>で全能力が上昇したオークブラックは、無論魔法に対する抵抗力も大幅に上昇している。
そこに<自己治癒促進><自己回復促進><超再生>が上乗せされ、凍らせたそばから回復するので、動きを封じるので精一杯だった。
「意外とギリギリかもな……」
そう呟きながら、狂気の表情を浮かべたまま喚き散らしているオークブラックにゆっくりと歩み寄っていく。
そして、オークブラックが動けないことを確認し、敵の肩に手を置いた。
「よし」
これでオークブラックから魔力を奪ってそれを魔法に転換できるようになった。
しかし<魔力吸収>に対してもかなり抵抗があり、熱を奪う<火魔法>と<魔力吸収>に意識を集中していなければ、オークブラックはすぐに動き出すだろう。
「まぁでも、あと30秒ぐらいか」
<情報閲覧>を使って残り時間を確認しつつ、オークブラックの<死物狂い>が解けるのを待った。
力が拮抗していたので肉弾戦に応じた敏樹だったが、敵わぬと見れば自身の安全を確保した上で、全力を持って叩き潰す。
生命を危険に晒すような真似はしない。
敏樹は相変わらず臆病なおっさんのままなのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます