第22話『おっさん、依頼のサポートをする』

 「はーい。では2時間を目処にここへ戻ってくださいね―。皆さまよろしくおねがいしまーす」


 馭者の声が森に響く。

 ここからは各自森に入って魔物を駆除していく形となる。


 街道は森を南北に分けているので、冒険者たちはまず二手に分かれる形となる。

 馬車周辺は結界の効果を持つ魔道具があるので、それほど危険はない。

 馬車そのものに結界を張れれば神経質に魔物を恐れる必要はないのだが、現在移動しながら結界を張るという技術は確立されていないので、どうしても対象は停止している必要があるのだった。



「悪いがトシキさんらは俺たちと一緒に南側でいいかな」


 ジールが敏樹にそう提案してきた。

 街道によって南北に分かたれた森だが、北の方により多くの魔物が生息していると言われている。

 正確に調査されたわけではないが、それは過去何度も行われた討伐による経験則のようなものであった。

 出来れば多くの魔物を狩りたいと思っているシーラは露骨に不満げな表情を浮かべたが、この場での決定権は敏樹にある。

 当の敏樹はしばらく虚空を眺めるような仕草をした後、軽く口の端を上げた。


「いいよ」


「悪いな。そっちのお嬢ちゃん達の実力がわかるか、ランクアップしてくれりゃあ次からは北の方も任せられると思うわ」


「こっちはまぁいいけど、そっちはいいの? 俺らに付き合って南の方に来て」


「しょーがねぇだろ、Fランクが3人もいるんだからよ」


「やっぱいい奴だな」


「だから、そういうこと思ってても言うなって」


 今回の割り振りだが、森の北側にソロ3人と二人組パーティーの5人、南側に敏樹ら5人とジールのパーティー3人の8人という、少しバランスの悪い構成となった。

 北側に行く冒険者の方だが、5人の内DランクとEランクが2人ずつ、あと1人はCランク冒険者なので危険はないだろうとの判断である。

 人数が少ない分取り分が多くなると、むしろ喜んでいるようだった。


 ちなみに今回の依頼だが、参加するだけで1万Gの日当が出ることになっている。

 Gランク冒険者の中には日当のみを当てにしている者も多い。



「じゃあ、お手並み拝見と行きますか」


 ジールが不敵な笑みを浮かべながらシーラの方を見たが、シーラは不機嫌そうに睨み返しただけだった。



 街道から近い位置の魔物は午前の部の冒険者が粗方狩っていたようで20分ほどは特に戦闘もなく進んだ。


「さっきからずんずん進んでるけどよ、もうちょい周りを探ったほうがいいじゃねぇか? 狩りこぼしなんてのはもったいない上に後の憂いにもなりかねんぜ?」


 敏樹に先導されながらどんどん森の深部へと進んでいる状態に、ジールが苦言を呈した。


「大丈夫だよ。索敵には自信があってね。もうすぐオークの群れに行き当たるから」


 <情報閲覧>で魔物の位置を正確に把握できる敏樹は、一行を効率よく狩りができる方向へ導いているのだった。


「ほら、おいでなすった」


 一旦進行をとめ、敏樹は声を落として注意を促した。


「ほら、あそこ」


「まじかよ……、アンタすげぇな」


 敏樹が指した先、木々が生い茂ってなかなか見づらいところではあるが、数匹のオークの群れが見えた。


「シーラ達だけでいけるか?」


「任せといて」


 現在の場所からオークの正確な数はわからない。

 敏樹は既に把握しているが、敢えてシーラ達には伝えなかった。

 いつまでも敏樹の手助けがあるわけではないのだ。


 シーラ、メリダ、ライリーの3人が気配を殺してオークの群れに近づいていく。


「ほう……」


 その様子にジールは感心したような声を上げた。

 シーラ達が冒険者を目指すと言った時、敏樹は3人ともに<気配察知>と<気配遮断>をそれなりのレベルで習得させていた。

 気配を殺して移動するさまに、ジールは感心したようである。


 シーラは双剣を使う。

 胸甲と手甲にミドルブーツというのがメインの防具だった。

 獣人は動き易さを重視するせいか、肌が覆われるのを嫌う性質の者が多い。

 例えば胸甲だが、前面は胸から腹を覆っているものの、胸元から首のあたりは露出され、背面は肩甲骨のあたりが大きく開いている。

 肩当てなどはしておらず、鎧の下のインナーはキャミソールのようなものだけであった。

 空いた背中と首周りを申し訳程度に覆うような短めのマントを羽織っており、鎖帷子などは装備していない。

 ホットパンツから健康的な足が伸び、ミドルブーツまでの間は生足をさらけ出しているという格好だった。

 シーラは腰のベルトに下げた鞘から、刃渡り50センチ程度の両刃の剣をすらりと引き抜いていた。

 ちなみにシーラの<双剣術>レベルは5。

 一流の腕前と言っていい。


 シーラを後方から支援する形で、メリダとライリーが続く。

 ハーフエルフのメリダはその血ゆえか<弓術>と<風魔法>のスキルを最初から持っていたので、それを伸ばす形をとった。

 弓はミスリルを中心に魔物の骨や革を組み合わせたコンポジットボウである。

 張力はロロアのものに遠く及ばないものの、風魔法でブーストをかけることでかなりの威力と命中精度をもたせることが出来るはずである。

 防具類はロロアに似ているが、服装は深緑を基調にそろえていた。

 ロロアがワンピースなのに対し袖の短いシャツと短めのキュロットという格好だった。


 ヒトのライリーは魔術を能くする。

 もともと護身用に下級攻撃魔術と簡単な回復系魔術を習得していたが、今日の空いた時間に魔術士ギルドへ行って中級の攻撃魔術をいくつか習得していた。

 魔術士ギルドでの魔術習得は、金さえ払えば数分で終わるのだ。

 彼女には<魔術詠唱短縮><消費魔力軽減>、そしてレベル1ではあるが<魔術多重詠唱>を習得させている。

 ローブに身を包み、トレント材の杖を持っていた。

 魔術士が持つ杖の多くには、魔術を使う上で役に立つ効果が施されていることが多く、ライリーの杖にはわずかながら詠唱短縮と魔術効果増大の能力があった。


 シーラ1人が突出してオークの群れに近づく。

 身を隠しながら接近し、木陰から一気に踏み込む。

 踏み込みつつ右手の剣を振り、一匹のオークの首を一閃した。

 青銅並みに固いオークの皮膚だが、ミスリルでコーティングされた鋼鉄の剣とシーラの双剣術を前にあっさりと切り裂かれ、最初の一匹は頸動脈から鮮血を撒き散らした。

 魔物であってもオークの血は赤い。


「ブフォッ!?」


 ようやくシーラの襲撃にオークたちだったが、既に二匹目のオークが、身を翻したシーラの左手の剣によって胸を貫かれていた。

 それでも最期の悪あがきとばかりに棍棒を振り下ろしたオークだったが、その攻撃はシーラの右手の剣で軽くいなされてしまう。

 そして胸に刺さった剣を抜かれると同時に2匹目のオークは力なく倒れた。


 別のオークが唸りを上げて斧を振り上げ、シーラに襲いかかる。

 しかしメリダの放った矢を眉間に受け即死した。

 風魔法を纏ったメリダの矢は、オークの頭の上半分を完全に吹き飛ばしていた。

 最後の1匹は事態を飲み込めないままオロオロしていたが、やがて音もなく首がぽろりと落ちた。

 ライリーが放った無属性の中級攻撃魔術魔刃によるものである。


 発見から1分足らず、シーラが初撃を加えてから十秒程度が経過していた。


「すげぇ……」


 ジール達は呆けたような表情でシーラ達の戦いを眺めていた。



**********



 ガギィイン!! と金属同士がぶつかる重い音が森に響く。

 それはジールのパーティーメンバーでありドワーフの戦士ランザの円盾まるたてが、オークの振り下ろした斧の一撃を弾き返した音であった。

 金属鎧を身にまとうランザは、インパクトの瞬間に全身で盾を押し返していた。

 渾身の一撃を押し返されたオークは、のけぞるような形で体勢を崩す。

 ランザは右手に持ったハンマーを振りかぶると、軸足となっていたオークの左膝を薙ぐように振り抜いた。


「ブヒイィィ!!」


 膝を横合いから砕かれたオークは悲鳴のような叫びをあげながら、自身の体重を支えきれずに膝を着く。

 そのすぐ近くには、すでにジールが大剣を振り上げながら、踏み込みつつあった。

 そしてオークが膝を着き、頭の位置が下がったところへ、ジールは大剣を振り下ろし、オークの頭を叩き割った。


 さらにジールは視界の端で自分に襲いかかろうとしてた別のオークが弾かれるようにのけぞったのを確認した。

 同じくパーティーメンバーであるヒトの魔術士モロウが放った《雷弾》がオークの頭に命中していたのである。

 下級攻撃魔術程度ではオークを倒すには至らないものの、牽制には充分である。

 《雷弾》の衝撃に加え、追加効果の雷撃により、オークは一瞬意識を失う。

 そしてその一瞬が命取りとなった。

 1匹目の頭を叩き割ったジールは、すでに半身を翻して大きく踏み出しており、全身を回転させるような形で、両手で構えた大剣を横薙ぎに振り抜いた。


「どっせぇぇい!!」


 掛け声とともに振り抜かれた大剣は、オークの上半身と下半身を完全に分断した。

 それは致命傷というには充分なダメージであるが、即死でない以上油断は禁物である。

 下半身と分かたれ上半身のみで地面に落ちたオークは、最期の悪あがきとばかりに手に持った棍棒をジールに投げつけるべく振りかぶっていた。

 大技を繰り出して無防備になっているジールにかわす余地はない。

 が、オークは棍棒を振りかぶったまま動かなくなった。

 そのオークはランザの振り下ろしたハンマーで頭を潰され、絶命していた。


「うーん、なかなか見事な連携だなぁ」


 敏樹はジール達の戦いぶりを少し離れた場所から見ていた。

 

 魔物の討伐ランクは、同ランクの冒険者3人以上で戦うことを前提に設定されれている。

 オークの討伐ランクはDなので、オーク1匹に対してDランク冒険者3人以上で当たるのが望ましいということになる。

 ジールのパーティーは3人ともEランクである。

 ランクのみで考えた場合、オーク1匹に対してさえ戦力は過小となる。

 まして2匹同時相手取るとなると、かなりの危険を伴うはずであり、敏樹はいつでも加勢出来る準備をしていたのだが、どうやらジール達はランク以上の強さを持っているようである。


 戦闘を終えたジールとランザは、魔術士のモロウに武器や防具の強化魔術をかけなおしてもらっていた。

 モロウは回復と補助を得意とする魔術士であった。



 その後も順調に狩りは続いた。


「いやぁ、南の方でこんだけ魔物に出会えるとはねぇ」


 敏樹の<情報閲覧>のお陰で効率よく魔物を狩ることが出来、ジール達もほくほく顔だった。


「南側にしちゃあ上々の成果だが、ちと深い所まで来すぎたかもな。トシキさん、そろそろ引き返そうや」


「ああ、ごめん。先に帰っといてよ。悪いけどシーラ達も」


「いやいや、そろそろ戻らねぇと時間的にやばいだろ」


「大丈夫。すぐ追いつくから」


「いや、でもなぁ……」


「行くよ、おっさん」


 渋るジールにシーラが声をかけ、結局ジール達は敏樹を置いて馬車の方へと戻った。

 ここまでの道のりにはいろいろと目印を残しているので、迷うことはあるまい。


「ロロアはどうする?」


「もちろん行きます」


「やることないよ、たぶん」


「見てるだけでいいですから」


「よし。じゃあいくか」


 最初、ジールから森の南側へ行くよう提案された際、敏樹は<情報閲覧>で少し広範囲を検索していた。

 そして面白そうな反応が森の南側のかなり深いところにあるのを確認していたのである。


 シーラやジール達と分かれた敏樹とロロアは、かなりの速度で森の中を駆け抜けていた。

 途中何度か魔物を発見したが、時間があまりないので無視して駆け、目当ての場所に近づいていく。


「はぁっ……はぁっ……」


 ロロアの息が荒くなり、走る速度が少しずく落ちていく。

 しかし、それは疲れによるものではない。

 異常に気付いた敏樹は立ち止まり、少しよろめきながらついてきていたロロアを抱きとめた。


「ロロア、大丈夫?」


「トシキさん……、ごめんなさい……。急に、息が、苦しくなって……」


 敏樹に抱きとめられたロロアは、胸に手を当てて呼吸を整えていた。


「もう、大丈夫です……」


 そう言ってロロアは敏樹から離れ、再び歩きだそうとしたが――


「え……?」


 足が前に出ようとしなかった。


「そんな……どうして……」


「100メートル以上離れてんのに、すげーな……」


 戸惑うロロアをよそに敏樹は森の奥に視線を向け、呟いた。


「ごめんなさい、トシキさん……私……」


 ロロアが自分の肩を抱き、小刻みに震え始める。

 敏樹はロロアの方に視線を戻すと、彼女をふわりと抱き上げた。


「え、ちょっと……?」


 そしてそのまま来た道を100メートルほど引き返し、ロロアを地面におろした。


「この辺までくれば大丈夫?」


「あ……はい」


 ロロアは正体不明の感覚が消えたことを実感していた。


「あの、今のは……?」


「<威圧>だね。かなり高レベルの?」


「……トシキさんは、なんともないんですか?」


「まぁ威圧感はビンビン感じてたけど、特にどうってことは」


 敏樹はロロアの頬に優しく触れ、安心させるように微笑んだ。


「悪いけどロロアはここで待っててよ」


「あの、でも……いえ、わかりました」


 あれだけの威圧感を放つ存在と、おそらく敏樹は戦うのだろう。

 出来ればそれを見届けたいが、邪魔になることは明らかなので、ロロアは敏樹の言うことを聞くことにした。


「じゃ、ちょっといってくるわ」


 敏樹は再び森を走った。

 <威圧>の発生源を目指して。


 そして、少し開けた場所にたどり着いた。

 そこには真っ黒い肌のオークが、敏樹の到着を待ちかねたような様子で佇んでいた。

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