第21話『おっさん、早速依頼を受ける』

 解体場を後にした敏樹とロロアは、受付で昇格手続きを終えた。


「いきなり3ランクアップってのもなんだかなー、って感じだなぁ」


「受注できる依頼の幅が広がったと考えれば、別に悪くないかなとは思うんですけどね」


「まぁ、ちまちまゴブリン倒してランクアップってのも確かに面倒か」


「でも、トシキさんはともかく私なんかがいきなりDランクになってもいいんでしょうか?」


「はは。それは心配しなくていいよ。単純な強さだけならロロアはもっと上でも問題無いだから」


「あんまり実感ないです……」


 敏樹はロロアと会話しながら酒場へと向かった。


「あ、終わった?」


 酒場に行くとシーラ達が丁度食事を終えた所だった。

 敏樹は得意げな表情でギルドカードを掲げた。


「いきなりDランク」


 と、敏樹はシーラにピースサインを見せる。


「まぁ、妥当なところだね」


「ありゃ、驚かねぇのな」


「あのさぁ、山賊団一個潰してる二人だよ?」


 どうやら敏樹とロロアはそれなりに評価されているらしい。


「でさ、早速依頼の話なんだけど、これでいい?」


 シーラが示した依頼表はヘイダの東に位置するヌネアの森の魔物の討伐依頼だった。

 夕方までに終わるような簡単な依頼があれば受けておこうと、事前に話し合っていたのだった。

 

 ヘイダの街から東へ進むとヌネアの森という森林があり、そこを抜けるとジニエム山というそれほど標高の高くない山に行き当たる。

 その山を越えてしばらく進むと、迷宮都市ザイタという街へ至る。

 ここヘイダの街とザイタの間にはそれなりに立派な街道が整備されている。

 街道周辺はある程度森も切り拓かれているのだが、それでも森に住む魔物を完全に駆逐するということは不可能であった。

 なので、ここヘイダの冒険者ギルドでは街道周辺の魔物の討伐依頼は常に出されているのだった。


 街道によく出現するのは、ゴブリン、コボルト、オークといったもので、まれにラビット系やウルフ系の魔物が出現する。

 元々街道周辺はラビット系やウルフ系のテリトリーだったのだが、街道が整備され、その付近で頻繁に狩られるようになったことで、難を逃れるように森の奥へを棲家を移してしまったという経緯がある。


 知性が低く繁殖力が異様に強いゴブリン、同じく繁殖力が強く逃げ足の早いコボルト、そして他種族の雌と交配する必要があり、低ランクの冒険者では太刀打ちできない強さを持つオークは、よく街道に現れて旅人や商隊を襲うのだった。

 一度大規模な討伐隊が組まれ、森の中のゴブリン、コボルト、オークを根絶やしにする勢いで駆逐したこともあったのだが、結局それらの魔物はどこからともなく現れたので、対症療法的に討伐するしかないのである。


「オークの討伐ランクがDだから、トシキさんたちといればオークのいるあたりまで行けるんだよね」


「シーラ達ならオーク相手でも楽勝なんだけどな」


「まぁね。でもギルドの規定があるから、あたしらだけでオークの生息地までは行けないんだよねぇ」


「俺としてはもう少しコツコツやらにゃならんと思ってたけどな。まぁ、せっかくランクアップしたわけだし、権限を出し惜しみしてもしょうがないか」


「悪いけどEランクに上がるまでは協力してよ。あたしらだけでオークぐらい狩れるようになるまでで十分だからさ」


「まぁ、最初からそのつもりだからいいけどね」


「で、どうする? 今から行けば昼の便には間に合うと思うけど?」


「じゃ、すぐ出ようか」


「ご飯は?」


「サンドイッチか何か買って道中で食べるよ。ロロアもそれでいい?」


「はい。私は問題ないです」


「んふ。そういうと思って、すでに用意してるんだ」


 と、シーラがサンドイッチの入ったバスケットを2つ、テーブルの上に置いた。


「お、気が利くね。いくら?」


「いいよ、あたしらの奢りで。今日は世話になるわけだし?」


「わかった。遠慮なく奢られよう」


 話がまとまると、シーラ達は席を立った。

 サンドイッチのバスケットを受け取った敏樹が先導するような形で冒険者ギルドを後にした。



**********



「はーい、皆さん馬車にのりましたね? では出発しまーす」


 馭者の掛け声とともに、6台の馬車がヘイダの街を出発した。

 この馬車は商人ギルドが手配した、冒険者向けの乗合馬車であり、早朝と昼にそれぞれヌネアの森へと冒険者を運んでいるのだ。

 この討伐用乗合馬車は商人ギルドが2~3日に一度手配しており、冒険者の体力や安全を考えて必ず半日で交代するようになっている。

 今日がその手配日であり、馬車に空きがあったのは運が良かったといえるだろう。


 商人ギルドが手配する馬車だけあって、馬も車体もそれなりのものである。

 馬は馬車を引くために魔物と掛け合わせて品種改良されたもので、時速30~40キロ程度の速度を1時間ほど維持できる。

 そして馭者は基本的に回復魔術を使えるので、その回復魔術を併用することで3~4時間は休憩無しで走り続けることが出来るのである。

 馬だけでなく馬車も特殊なもので、振動軽減の魔術が施されている。

 山賊が使うような荷馬車と異なり、それなりの速度を出しても乗り心地が悪くなるということはない。


「まぁ車に乗ってんのとあんま変わらんかなぁ」


 というのが敏樹の感想だった。


 余談だが一般人が乗る馬車には、振動軽減以外にも、空間拡張や空調の魔術が施されている場合が多い。

 

 ヘイダの街からヌネアの森まではおよそ50キロメートルなので、1時間と少しで森に到着できる。


 また、用意された馬車はランクごとに分けられている。

 Gランク向けが2台、Fランク向けが3台、Eランク以上向けが1台という内訳だ。

 Gランクの馬車は森の手前から入口付近にあふれてくるゴブリンやコボルトを相手にする。

 Fランクの馬車は森の入口から少し入ったあたりの、オークが出現しづらいところを担当するが、極稀にオークも出現するので、念のため各馬車に1人以上Eランク冒険者が載っている。

 Fランクが担当する場所が最も魔物の出現数が多く、そのため馬車の台数も多い。

 シーラ達だけであればこの馬車に乗る必要があった。

 ちなみにこのFランク用馬車に乗るEランク冒険者には別途手当が出るので、この枠には意外と人気がある。


 そしてEランク以上は森の半ば辺りまで進む。

 そのあたりはオークが頻繁に出現するのである。

 魔物の数もそれなりに多いのだが、Eランク以上の冒険者が少ないので馬車の数は1台のみとなっている。

 

「かぁー。女連れのパーティーたぁいいご身分だねぇ」


 それは敏樹に向けられた言葉であった。


 彼が乗るEランク以上用の馬車には、合計13名の冒険者が乗っていた。

 内5名は敏樹とロロア、そしてシーラ達である。

 残り7名の内、ソロが3名、2人組と3人組のパーティーがそれぞれ一組という内訳であった。

 敏樹に妬ましげな声をかけたのは、男ばかり3人のパーティーのリーダーと思しき男だった。


「あー、見ようによっちゃぁハーレムパーティーに見えるか」


 敏樹としてはロロアと二人組のつもりだが、シーラ達が敏樹らのランクに便乗した形となったので、一時的にではなるがパーティー扱いとなっている。

 敏樹以外の4人が女性であれば、なるほど僻みの対象になってもおかしくはない。


「いやいや、ハーレム以外の何物なんだっつーの!!」


 男は四十絡みのヒトのようで、鎖帷子の上に革の胸甲や手甲といった装備であった。

 座席に座っているので正確なところは分からないが、敏樹よりは一回りほど大きいようである。

 精悍な顔立ちの、無精髭が似合う男だった。


「はは、俺のパートナーはロロアだけだから」


 言いながら、敏樹は隣りに座っていたロロアの肩を抱き寄せる。


「あの、トシキさん……?」


 戸惑った様子を見せたものの、結局ロロアは敏樹にされるがまま俯いていた。


「ハーレムってわけじゃないからあんま僻まないでよ」


「いや、それはそれで腹立つわ、うん」


 男の言葉にほかのメンバー2人も大きく頷いた。


「ん? ってこてとはそっちの3人はフリーってわけ? じゃあさ、よかったら俺らと一緒に行動しねぇ?」


 と男はシーラ達を勧誘し始めたのだが。


「は? 薄汚ぇ男があたしらに声掛けんじゃねぇよ」


「まったくです。男なんて汚らわしい」


「……男、嫌い」


 まずシーラが反応し、それに続くような形でメリダとライリーが毒を吐いた。


「いやいやヒドくねー?」


 と男は敏樹に抗議の目を向けるも、敏樹としては肩を竦めるしかない。


「ってかさぁ、そいつも男じゃんかよー。なんで一緒にいるわけ?」


「トシキさんは別なの」


 シーラの答えに、メリダとライリーも大いに頷いた。


「やっぱハーレムじゃねーか!!」


「あれー、おかしいなぁ」


 シーラの男性に対する嫌悪感だが、自分と普通に接しているので問題なく払拭されたと、敏樹は思っていた。

 しかし、どうやら敏樹が特別扱いされているようである。

 いや、ファランの父、クレイグにもそれほど嫌悪を表していなかったので、ある程度親しい関係であれば問題ないのだろう。


「はああぁぁ……、ま、しゃーねぇか。そういやおたくら見ない顔だけど、新人さんかい? 俺ぁEランク冒険者のジールってんだ」


 と、ジールと名乗ったその男は手を出してきたので、敏樹はその手を握り返した。


「俺は敏樹。一応Dランクだ」


「俺より上なのかよ!!」


 敏樹は一見すればただのおっさんなので、とてもDランク冒険者には見えないのである。


「ちなみにこのロロアもDな。んで、そっち3人は全員F」


「F? いやいや、Fランク冒険者がこの馬車乗っちゃダメだろ」


「あぁ? あたしらはDランクのトシキさんらとパーティ組んでんだからいいじゃないのさ」


 ジールの言葉にシーラが不機嫌さを全面に出しつつ抗議した。


「あのなぁ。ギルドランクってのは冒険者の安全のために設定されてるんだぜ? ルールがどうこうじゃねぇだろうがよ」


 どうやらジールという男、Fランクのシーラ達を心配しているらしい。


「へえ。あんたいい奴なんだな」


 するとジールは真顔に敏樹に向き直った。


「そういうんじゃねぇ。弱いのがいるとこっちの身が危なくなることもあるからな」


 他のメンバーも同意を示すように頷いだ。

 ジール達以外の同乗者も、シーラ達がFランクと聞いてからは怪訝そうな視線を敏樹らに向けている。


「まぁそこは心配しなくていいよ。シーラ達がFランクなのはギルドの実績がないだけだから。オークぐらいなら何度か倒したことあるしね」


 実際シーラ達は、水精人の集落からヘイダの街へ至る行程で何度かオークと対峙し、無事勝利を収めたことがある。


「だとしてもだ。それを証明する手段がない以上、俺らとしちゃあランクを当てにするしかないのさ」


「あんたねぇ――」


 シーラがなにか文句を言おうとしたが、敏樹が制した。


「まぁ、正論だわな。じゃあ俺らは5人だけで行動するからさ。それで文句はないだろ?」


「いや、そういう問題じゃねぇだろ。それでそっちに犠牲者が出たら寝覚めが悪ぃじゃねぇか」


「なんだよ、やっぱいい奴じゃんか」


「だからそういうんじゃねーんだって」


 と、ジールは少し照れたような表情を浮かべた。


「うへぇ。四十絡みのおっさんが照れる姿ってのはあんま見たくねぇなぁ」


 敏樹の悪い癖である独り言だった。


「う、うるせー!! 俺ぁまだ三十になったばっかだよ!!」


「俺より十も下かよ」


「お前ぇ四十かよ!! エルフの混血か?」


「いやいや、純血のヒト……だぞ?」


「なんで自信なさげなんだよ」


 異世界人の敏樹はこちらの世界のヒトという種族に最も近いのだが、だからといってイコールとは言い切れない部分もある。


「ふむう……、その無精髭が悪いのか? いや、剃ったら剃ったで貧相な……」


「さっきから思ったこと全部口にすんじゃねーよ!!」


「すまんすまん。俺の悪い癖なんだわ」


「悪いと思ってるんなら直せや!!」


 とまぁそんなことをやっている内に馬車の速度が落ち始め、完全に停まった。


『はーい、目的地に到着しましたよ―』


 馭者の声が車内放送のような形で馬車の中に響き渡った。

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