第20話『おっさん、ギルドマスターに会う』

 衣服と装備類を粗方揃えた敏樹とロロア、そしてシーラ達は、ファラン、クロエと別れて冒険者ギルドへと向かった。

 これまで狩った魔物や、討伐した賞金首を引き渡すためである。

 ヘイダの街に来るまでにシーラ達が狩った魔物は、すべて彼女らが契約した収納庫に移している。

 ドハティ商会は収納庫も経営しており、通常の収納庫と冷凍機能のある収納庫を、シーラー達はそれぞれ格安で契約していたのだった。

 いつまでも甘えるわけには行かないので半年から1年程度で正規料金に切り替えるのだという。


 シーラ達はシーラ達で納品を行うので、敏樹とロロアは彼女らとは別の窓口に顔を出した。


「すいません。魔物の納品と賞金首の届け出を行いたいのですが」


「まいどっす。とりあえず賞金首から聞きましょっかね」


 応対したのはハーフリングの男性で名をベニートといった。

 身長は150センチ程度だが、純血のハーフリングにしては少し背が高い部類に入る。

 ハーフリングは身軽で頭の回転が速く、手先が器用なので、冒険者だと斥候を任されることが多いのだが、彼のように事務職に就く物も少なくない。

 ただ、性格や口調も軽く、それを不快に思う冒険者も多いので、ベニートはあまり混み合わない時間帯で受付を任されることが多かった。


「えーっと、名前とかわかりますか?」


「とりあえず何人かはギルドカードをもっていたので。一応死体は収納しているので提示も可能です」


 とりあえず敏樹は賞金首が持っていたギルドカードを提出した。

 そしてカードをもっていない賞金首の名前を告げる。


「こりゃ……、森の野狼の連中じゃないっすか!!」


「ええ。殲滅しましたから」


「は? えっと、すいません、もう一回」


「いや、森の野狼は殲滅しましたから。なので、これ以外にもギルドカードが100枚ぐらいありますけど」


 山賊に身をやつした者が身分を特定されるギルドカードを持っているというのはおかしなことだと感じられるかもしれないが、一度ギルドの登録してしまえばカードの所持云々に関わらず魔力パターンで個人の特定は可能なのである。

 無論、ギルドカードがあったほうがその特定は容易にはなるので、個人の特定という意味では持ち歩かないほうがいいのは確かである。

 ではなぜ山賊たちがギルドカードを後生大事に持っていたかというと、村や集落、小規模の街だと、ギルドカードを単純に提示するだけで入場できたり商店等でサービスを利用できたりすることが多いのだ。

 ギルドカードを使った魔力パターンの確認というのはそれなりの設備や道具が必要となり、全ての村や町、商店が備え付けているわけではない。

 この世界の住人で、成人を迎えていながらどのギルドにも所属していないということはほとんどありえないので、求められたときに提示できないほうが怪しまれることになるのである。


 敏樹は<格納庫ハンガー>から20枚程度のギルドカードの束を取り出し、受付卓の上においた。


「これで一部なんですけどね」


「ちょ、ちょっと待って下さいね」


 と、ベニートは奥の方に姿を消した。


「あれ、どしたの? トラブル?」


 納品を終えたシーラ達が敏樹らの元へ来た。


「いや、ちょっと賞金首とか拾ったギルドカードの数が多いんでゴタゴタしだだけ……、だと思う」


「あー……」


 無論、その心当たりのあるシーラは半ば呆れ、半ば納得したような表情を浮かべた。


「あ、そだ。あたしらFランクに昇格したよん」


 と嬉しそうな表情でシーラがピースサインを出す。


「へええ。こっちにもピースサインってあるんんだ。いやVサインか? どっちの意味だ?」


 相変わらずの独り言である。

 人差し指と中指を立てるハンドサインだが、敏樹らの世界ではピースサイン、あるいはVサインと呼ばれる。

 平和を意味するピースと、勝利Victoryを意味するVサインが全く同じハンドサインなのであるが、多くの人はそういう細かいことを考えず、嬉しいことがあった時に何となく使っているようだ。

 シーラの様子を見る限りはこちらの世界でもあまり変わらないようではあるが。


「あー、べつに深い意味はないけどね、これ。あたしはピースサインて呼んでるけど」


 実際シーラがどういう言葉を発しているのかはともかく、<言語理解>はピースサインと訳したようだ。


「じゃあこれは?」


 と、今度は親指を立ててみる。


「サムズアップ」


「これは?」


 人差し指と親指で円を作る。


「お金だね」


「じゃこっちは?」


 今度は人差し指と親指をこすり合わせてみる。


「あー、それもお金だね」


 ちなみにこの世界にはすでに紙幣が存在する。

 硬化を意味する円と、紙幣を数える仕草がそれぞれ金銭を示すサインなのは日本と変わらないようである。

 敏樹はその他いくつかのハンドサインを確認した。


「ってか、さっきからなんなの?」


「いや、俺の田舎とハンドサインの常識が違ってたら嫌だなぁと思って」


 例えば人差し指と親指で円を作るサインは、国によっては尻の穴を示すこともあるので、何気なく使ったハンドサインがものすごく失礼に当たっては困ると思い、何となく聞いてみたのだった。


 そうやって時間を潰していると、ベニートが再び受付に現れた。


「すんませんけどウチのギルドマスターがお呼びですんで、来てもらってもいいっすか?」


「はいよ。シーラ達はどうする?」


「ウチらはパスしとくよ。ちょっと早いけど酒場で昼ごはん食べてるから、終わったら声かけて」


 敏樹らは一旦シーラ達と分かれ、ベニートについていった。


 案内されたのは解体場だった。

 体育館ほどの大きさの施設で、各所で解体作業が行われている。

 臭いなどは魔術により処理されているので、目に入る物はともかく思ったほど不快な場所ではない。


 その解体場に、白い髭を生やしたローブ姿の老人が杖をついて立っていた。


「おう、来たか来たか」


 と、ベニートの姿を認めた老人が手招きする。


「こんな所ですまんな。儂はここヘイダの街の冒険者ギルド支部を預かるギルドマスター、バイロンと申す」


「どうも、敏樹です」


「あ、えっと、ロロアです」


「さて、まずはギルドカードから処理させようかの。ベニート」


「うっす」


 ベニートは少し大きめの革袋を広げ、敏樹の前に出した。


「すんませんけど、こん中にカード出してもらえます?」


「はいよ」


 敏樹は革袋の口に手をかざし、袋の中へギルドカードを取り出した。


「ほう……」


 バイロンがなにやら感心したような声を上げたので敏樹がそちらの方を見たが、彼は少し不敵に見える笑みを浮かべたまま口を閉じていた。


「うおっとぉ」


 1枚10グラム程度のギルドカードだが、100枚以上となると結構な重さになる。

 ベニートは危うく袋ごと落としそうになったが、上手く体勢を立て直した。


「ふむ。ベニート、それの処理は任せたぞ」


「うっす」


 軽く返事をしたベニートは、そのまま解体場を出ていった。


「ふふ……、お主<アイテムボックス>持ちか」


「おおっと、バレましたか」


「ま、儂ぐらいになれば魔術と祝福の違いぐらいはな」


 敏樹が使っている<格納庫ハンガー>であるが、残念ながらこの世界の住人はおそらく知らないものなので、正確に言い当てることは不可能である。

 一応<格納庫ハンガー>は<アイテムボックス>の上位スキルなので、あながち間違いとも言えない。

 ベニートのいる前でそれを指摘しなかったのは、敏樹の個人情報を慮てのことであろう。


「時間停止は?」


「ありますよ」


「それは助かる。では早速死体を出してくれるかの」


「わかりました」


 バイロンが接見の場を解体場にしたのは、死体を広げさせるためであろう。

 敏樹は<格納庫ハンガー>から死体を取り出し、解体場の床に並べた。


「ふむう……」


 バイロンは死体を1つずつ検分していった。


「うむ、間違いなく賞金首共じゃな。これはお主ら二人で仕留めたのか?」


「ええ。斧や槍、魔術で倒したのが俺、矢で倒したのがロロアです」


「見事じゃな……」


 そうつぶやいた後、バイロンは敏樹の方をじっと見た。


「すまんがお主らを<鑑定>してもいいか?」


「<鑑定>、ですか?」


 おそらくバイロンは<鑑定>によって死体が賞金首のものであることを確認したようだった。


「うむ。山賊とはいえ、こやつらは相当の使い手。それを随分あっさりと倒しておるようじゃし、ギルドマスターとしてはうちの支部に所属する冒険者の能力をある程度把握しておきたいのじゃが」


「別にいいですけど<偽装>してますよ?」


「むむ……。その<偽装>を解くわけには?」


「勘弁してもらえると助かります」


 敏樹の現在の戦闘評価はSS-である。

 さらに膨大な数のスキルを持っているので、正確な情報を知られるのはあまり望ましくない。

 といって、偽装した能力では森の狼の首領1人にすら勝てないものだし、それに合わせた能力に偽装するのも面倒である。

 であれば、明かせる部分は明かし、それ以上は秘密にしておくのがよかろうというのが敏樹の判断だった。


「ふむう。そういわれてしまうと儂としてもこれ以上は追求出来んのう」


 冒険者の素性や過去を本人が望まないにも関わらず追求するというのはマナー違反である。

 脛に傷を持つ者が多いので、その辺りは暗黙の了解となっているのだった。


「では今回の件じゃが、提出したギルドカードの報奨金は枚数が枚数だけに明日以降じゃな。賞金に関しては憲兵や騎士団との絡みがあるので10日ほど待って欲しい」


「わかりました」


「それから、お主ら二人、Dランクに昇格じゃ」


「おおっと、いきなりですか?」


「うむ。これだけの賞金首を討伐したのじゃ。本来Dランクの昇格には試験が必要じゃが、そこは儂の権限でどうとでもなる」


「もしかしたら他人の功績を掠め取ってるかもしれませんよ?」


「分不相応なランクを得たところで最終的に困るのは本人たちじゃよ。別にDランクに上がったところで固定給や年金が出るわけでもないしの」


「なるほど」


「もし、お主の本来の能力を<鑑定>させてもらえるのなら能力に応じたランクに引き上げることも可能じゃが?」


 バイロンは敏樹に伺うような目を向けつつ、口の端をわずかに釣り上げた。


「いや、Dランクでいいです」


「むぅ。まぁそう言うとは思っておったがの。ちなみにじゃが、Cランクへの昇格には活動実績とは別に活動期間が必要になる。Cランクの場合はDランク昇格から1年じゃな」


「んー、妥当なところじゃないですかね」


「儂の推薦があれば期間の方はどうとでもなるぞ?」


「いや、別にいいです。こういうのは下積みからコツコツやるのが楽しいんで」


「なんとまぁ変わった奴じゃのう」


 さきほどからバイロンとの応対はすべて敏樹が行っている。

 ロロアはバイロンから半身を隠すように敏樹の陰に隠れていた。

 今はフードを外して顔を晒しているが、コンプレックスを解消したわけではない。

 敏樹やシーラ達だけならともかく、それ以外の人がいると、どうしても気後れしてしまう。

 簡単に言えば重度の人見知りなのである。

 冒険者には色んなタイプの者がいるので、バイロンの方でも別にロロアの態度をどうこう言うつもりはなかった。


「あー、そうじゃ。もしこれまでに魔物を狩っておるなら今出してもらってもいいぞ」


「解体済みで300体分位ありますけど?」


 敏樹はこの異世界に来てからおよそ1ヶ月の間、訓練を兼ねて魔物を狩りまくっていたのである。

 元の世界と行ったり来たりしていたので、その間異世界で活動していたのは実質半月程度ではあるが。


「なんとまぁ……。かまわん。そこの空いておる所に積み上げておいてくれ」


「魔石はこっちで貰っても?」


「その分査定が下がっていいなら好きにせい」


「はいよ」


 敏樹は空いたスペースに魔物の素材を積み上げた。

 突然現れた素材の山に、解体場にいた解体士達が驚きの声を上げる。

 そして、興味を惹かれたのか、数人が素材の山の元を訪れた。


「うわっ!! これ、メチャクチャ綺麗に解体されてんじゃん!!」

「おお、ホントだ、すげぇ……」


 さすが<格納庫ハンガー>の解体機能である。


「ねぇ、これ君がやったの?」


 解体士の1人が敏樹に声をかけてきた。


「ええ、まぁ」


「君!! 解体士にならないか!?」


 その解体士は、突然敏樹の手を取りキラキラと煌く視線を向けて訴えかけてきた。


「だめじゃだめじゃ。この者は我が冒険者ギルド期待の新人なのじゃ」


 と、敏樹が何かを言う前にバイロンが解体士の申し出を断ってしまった。

 まぁ敏樹としてもその申し出を受けるつもりはないのだが。


「えー。じゃあもっと解体士増やしてくださいよー、バイロンさぁん」

「そうだそうだ。全然手が足りないんだよぉ!!」


「悪いとは思っておるが、その分報酬は出しとるじゃろが」


「わかってないなぁ。バイロンさんあれみてよ」


 と解体士が示した先には、未解体の魔物の死骸が山積みになっていた。


「俺ら的にはさぁ。解体が間に合わなくて素材が劣化するってのが許せないんっすよね」

「あーわかるわー。肉の食べごろ逃したりとかマジ辛ぇよなぁ」

「ってか、もっと冒険者に解体技術を叩き込んどいてよ。血抜きしてない冷凍の死骸渡されてどうしろってんだよ」

「ホントそれな。てめぇのせいで買取額が下がってるってのに、文句だけはいっちょまえなんだからよ、冒険者ってのは。高く買い取ってほしいなら血抜きと臓物取りぐらいやっとけっての」

「最低限、《浄化》ぐらいしといてほしいよな?」

「「「それなー」」」


 次々に噴出する苦情に、バイロンは頭を抱えて首を振っていた


「わかったわかった。とりあえず解体講座を開いて冒険者の解体技術の底上げをするよう務めるからの。すまんけどコイツの査定を――」


「んなもんギルド職員にでもやらせとけっての。見た感じ最高レベルの解体だから数だけ数えて定価出しときゃいいって。ってか、マジ解体士になんねぇ?」


「あー、いや、ごめんなさい」


 解体士たちの気苦労もわからなくはない敏樹だったが、彼がこの世界に来たのはあくまで魔物との戦闘が目当てである。

 せめて自分が倒した魔物ぐらいは解体してやるというところで、勘弁願おう。

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