第19話『おっさん、商会に行く』

 ヘイダの街に到着し、冒険者ギルドへの登録を終えた翌日、敏樹とロロア、そしてシーラ達は、ドハティ商会を訪れていた。

 ドハティ商会はヘイダを拠点に、州都や商都、そして迷宮都市へも支店を出しているかなり大きな商会だった。

 生活雑貨から衣料、武器防具から宝飾品に至るまで、手広く扱っている。


「ふむう、かなりのこれは量になりますなぁ」


「すんませんけど、よろしくお願いします」


 敏樹は山賊・森の野狼のアジトから奪った現金以外の物を商会の一室で取り出し、会長であるクレイグにそれらの買い取りを依頼していた。

 さすが150人規模の山賊団であり、少なくともその量だけは大したものだった。

 質の方は玉石混交と言ったところであろうか。

 1Gでも高く買い取ってほしければ<情報閲覧>で一品一品鑑定した上で専門店へ売りに出せば良いのだろうが、はっきり言って面倒なので、そこそこ大手の商会であり、クレイグの娘ファランを山賊団から救ったという点でつながりのあるドハティ商会にまとめて買い取ってもらおうと思っていたのだった。


 山賊のお宝や物資の中には、衣類や武器防具等使えるものも多くあり、そういったものを冒険者となるシーラ達に与えるという選択肢も無くはないのだが、自分たちを囚えていた山賊団の持ち物など使いたくはなかろうと、敢えてその点については確認しなかった。

 金はそれなりにあるので、初期装備ぐらいなら充分に揃えられるだろう。


「これだけの量ですので、査定には2~3日頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


「ええ、いいですよ」


 現在この場には敏樹とクレイグしかおらず、女性陣は別の場所で装備品や衣服類を見繕っている。

 その場にはクレイグの娘である、シーラ達とともに救出されたファランがおり、彼女がいろいろとアドバイスしているようだった。

 <鑑定>を持ち、かつロロアやシーラ達を慕うファランの選択に誤りはなかろう。


「こちらでは宝飾品も扱っていると聞いたのですが」


「ええ、扱っておりますよ。どういったものをお探しで?」


「指輪を、買いたいのですが」


「指輪……それはなにか魔術効果のある装備と言う意味で?」


「ああ、いえ、そう言うじゃなくてですね、その……」


 敏樹の様子に、クレイグがなにかを感じ取ったようで、口元に笑みが浮かぶ。


「女性への贈り物、ですかな?」


「……よくおわかりで」


「まぁ、こういう商売をしておりますと、お客様のご要望を察知するというのも重要ですので」


「なるほど。で、指輪なんですが……」


「サイズはおわかりで?」


「はい」


 敏樹は<情報閲覧>で必要な情報を取得できるのである。


「そのサイズですと……、いえ、その前にひとつ」


「なんでしょ」


「それは単なる贈り物ですかな? それとも何か特別な意味のあるものでしょうか?」


 この男に隠し事は出来ないらしい。

 敏樹は自分たち以外誰もいないとわかっていながらも、キョロキョロと部屋を見回した後、クレイグへ耳打ちするように声のトーンを下げた。


「婚約の意思を示そうかと」


「ほう!!」


 クレイグはわざとらしく驚いたような声を上げた。


「お相手は、ロロア様ですかな?」


「ええ、まぁ」


「ふむ……。ではご用意させていただきますが、こちらも数日お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


「えっと……、じゃあお任せします」


「ええ、お任せください。最高のものをご用意させていただきますよ」


「あ、先に言っときますけど、別に値引きとかは……」


「ふふ。殿方に恥をかかせるようなことは致しません。他のことなら精一杯勉強させていただきますが、この件に関してはしっかり定価でいただきますよ」


「ありがとうございます。では一旦彼女たちの元へ――」


「トシキ様」


 敏樹がその場を辞そうとすると、クレイグが居住まいを正した。


「この度は本当にありがとうございました。改めてお礼を述べさせていただきます」


「ああ、いえ、そんな……」


「私は商人です。多くの人と関わりを持っております。中には私のように家族をろくでもない連中に攫われた人たちもいました。運悪くその家族が帰らぬ人となったという方にもお会いしたことがあります」


 クレイグは淡々と語る。


「しかし、帰ってきたほうがより不幸になることもある、ということも知っております。攫われた家族が運良く帰ってきたにも関わらず、当人の変わりように接し方がわからず、不幸な結果を招いたという方も見てきました。『こんなことならいっそ死んでくれていた方が――』という言葉も聞いたことがあります」


 酷なようだが事実である。

 敏樹のいた世界でも、誘拐や拉致監禁から帰ってきた被害者が、結局社会に適応できず家族を含めて不幸な結果を招くという事例は少なくない。


「私は怖かったんです。娘が生きていると、帰ってきたと知った時、ちゃんと迎え入れてやることが出来るだろうかと。再会した直後は自然と抱きしめてやることが出来た。そのことは本当に嬉しかった。でも、一夜明けて今日目が覚めた時、やはり私は怖かったのです」


 クレイグは無表情のまま淡々と喋っていたが、いつの間にか目尻から涙がこぼれていた。


「もし、娘が別人のようになっていたらどうしよう。以前のように愛してやれるだろうかと。しかし、娘は、ファランは以前のように明るく元気な娘のままでした」


 無表情だったクレイグの口元に、自然と笑みが浮かぶ。


「それだけじゃない。辛い経験を経て、鑑定や算術の天啓を得ていた。私の仕事をサポートしてくれると言ってくれた。こんなに嬉しいことはないですよ。ただ生きて帰ってくれただけでも嬉しいのに。これから、私はまたあの子と一緒に人生を歩んでいける」


 そこで一度クレイグは鼻をすすり、服の袖で涙を拭った。


「聞けばロロア様が随分親身になってくれたそうではないですか。彼女のお陰で、自分は自分を取り戻せたのだと、ファランは言っておりました。そしてトシキ様の言葉も大きかったと」


「俺の?」


「はい。助かって、ただ生きているだけで、普通に生活出来るだけ満足していたところに、あなたから『この先何をしたいか?』と問われたことで、あの娘は私の店の役に立ちたいと、そう思ったそうです。それを強く自覚した時、天啓を得たと」


 それはそのタイミングで敏樹が<管理者用タブレット>を使っただけのことであるが、そのことを彼女たちは自覚できない。

 だからこそ敏樹が彼女たちに与えた影響を、誰も自覚していないだろうと敏樹は思っていたのだが、どうやらそうでもないようである。


「ファランは言っておりました。ロロア様はこれまでの自分を取り戻してくれた第二の母であり、トシキ様これからの自分を与えてくれた第二の父であると」


「それは……、また随分と大げさな」


「いいえ、大げさなことではありません。十代半ばの多感な時期を山賊どもに奪われたあの子が普通に生きていけるだけでも奇跡だと言うのに、未来に夢を持って歩み出せるなど、それこそ生まれ直すぐらいのことがなければありえないことですよ」


「そうですか……。まぁたまたま運が良かったというか、縁があったというか、とにかくそこまで恩に着てくれなくてもいいですから」


「いいえ。運も縁も、そして恩も商人にとっては大事なものです」


 クレイグは再び涙を拭い、姿勢を正すと、深々と頭を下げた。


「私、クレイグ・ドハティと我がドハティ商会は、この先何があろうと……例え世界を敵に回そうともトシキ様とロロア様のお味方であるということを、覚えておいてください」


 なんとも大げさな宣言であるが、これは素直に受け取っておかねばこの場は収まるまい。

 いや、いっそ彼を利用することが、彼のためになるだろうと思い、早速敏樹は、恩に報いてもらうことにした。


「わかりました。では早速ですが、ききたいことがあります」


「なんなりとお申し付けくださいませ」



**********



「おい、ファラン!! これは一体どういうことだ!?」


 敏樹とクレイグが話を終えて女性たちのいる部屋に入ると、そこには衣服や下着、武器防具が所狭しと散らかっていた。


「あ、父さん!! ごめんね。あとで片しとくから」


 クレイグの娘、ファランは父の方を一瞥した後、すぐに他の女性たちの方に向き直った。


 ファランは父クレイグ同様ヒトであり、一見すれば二十歳前後の闊達とした女性のように思われるが、実際はまだ15歳だった。

 13歳という年齢で山賊に拐かされ、およそ二年もの間ひどい扱いを受けてきたことが、彼女の成長をいびつにしたのかもしれない。

 それでも今、元気そうに見えるのは救いであった。


 この場にはロロアとシーラ達以外に食堂の娘であるクロエもいた。

 クロエはハーフリングの父とヒトの母の間に生まれたハーフである。

 背の低いハーフリングの特徴のせいか、幼い少女のように見えるが、実のところ20歳を超えている。


 部屋の奥には彼女らのパートナーである水精人2人が、身を縮めて茶をすすっていた。

 かしましいという言葉がある。

 女が3人寄れば騒がしいということなのだろうが、今この部屋にはその倍の数がいるのだ。

 姦しいどころの騒ぎではなく、そこに男の居場所はないのである。


「あ、トシキさん!! いいところに来た。ちょっとこっち」


 とファランが敏樹を手招きする。

 

「じゃーん!! どう?」


 手招きに応じて敏樹がファランの方へ行くと、彼女は自分の陰にいたロロアを敏樹の前に披露した。


「ほう……」


 思わず声が漏れる。


 膝上10センチ程度の丈の、カーキ色のワンピースをメインに、腰には矢筒やナイフを取り付けできるベルト、膝上までの茶色のロングブーツ、弓を扱うのに邪魔にならなそうな丈の短いフード付きのマント、指なしの革手袋、手首から肘までを覆う革の手甲、胸や腹、背中を守る革の胸甲、そして前頭を守る金属と革を合わせた鉢金を、ロロアは身につけていた。

 ワンピースの下には裾より少し長めのスパッツを履いているようであるが、ブーツとスパッツの間の太ももや、二の腕は露出されている。


「ザ・弓使いって感じだな」


「でしょー?」


「おっと……」


 心の中で感想を言ったつもりが、また口から出ていたようだ。


「あの、トシキさん……、変じゃ、ないですか?」


 ロロアは俯き加減で、恥ずかしそうにもじもじしていた。


「うん。似合ってるよ」


「んふー。惚れ直した?」


「おう。さすがドハティ商会の娘だな」


「えへへー」


 褒められて素直に喜んだ笑顔は、ファランがまだ15の少女であることを再確認させる。

 その様子を見ているクレイグの目に涙が溜まっているようだが、それは見ないことにしておいたほうが良さそうだ。


「でもお高いんでしょう?」


 敏樹は通販番組のようなセリフをファランに投げかけてみた。


「ふっふっふ。我がドハティ商会を舐めてもらっちゃあこまります。この装備に、矢100本と弓をつけて、なんとお値段100万Gポッキリ!!」


「安ぅーい!!」


「あははー。トシキさんて意外と面白い人なんだねー。っていうか、この装備見て100万で安いって言葉が出るのも驚きだけど」


「いやいや、服と防具だけでも150万はいくだろ?」


「ほうほう。なかなかの見立てじゃない」


「見りゃ分かるさ。鋼鉄並の強度を持つハイオークの革に強化魔術を施して重ね合わせたこの胸甲と手甲だけでもなかなかのもんじゃないか。その上ブーツはワイバーンの革だし、マントはクラウドシープの毛で織られたものだし」


「すごーい!! 冒険者より商人のほうが向いてるんじゃない?」


 敏樹の見立てにはさすがのクレイグも目を瞠った。

 無論、<情報閲覧>のおかげである。


「しかし、そうなると弓の方が安物なんじゃないの?」


 と、わざとらしく訊いてみる。


「ちっちっち。ドハティ商会を舐めちゃダメっていったでしょ。今回ご用意した弓はこちらになります!!」


 ファランが取り出した弓は、金属や木材等を組みわあせて作られたコンポジットボウであった。


「これは強度の高いトレントの木材をメインに、魔物の骨と皮、柔軟性の高いミスリルをあわせて強化した弓になります!! ちなみに弦はグレータースパイダーの糸を撚り合わせて錬金術で強化したものだよ!!」


 この世界にはまだ滑車を組み合わせたコンパウンドボウは存在しないので、敏樹が用意した弓を人前で使うのは難しい。

 しかし、魔術や魔物の素材、そして元の世界に存在しないミスリルといった物を組み合わせて作られたこのコンポジットボウは、敏樹が用意した聴力100ポンドのコンパウンドボウ並に強力なものらしい。


「普通のヒトには扱いにくい剛弓だけど、ロロアちゃんは獣人だからね。ちゃんと扱えることも確認済みだよ」


 15歳のファランが40歳のロロアをちゃん付けで呼んでる件だが、種族ごとに寿命が異なり、年齢あたり成長度合いも異なる事が多いこの世界において、年齢を基準とした長幼の序というものはあまり重視されない。


「そうか。ありがとな。でも、いくらなんでも安すぎじゃないか?」


 その言葉に、ファランは眉根を下げ肩をすくめた。


「あのねぇ。本音を言えば全部タダでもっていってもらいたいのよ? でもトシキさんもロロアちゃんもそういうの嫌がるでしょ?」


「まぁ、な」


「だから、赤字にならないギリギリのところでキリの良い価格にさせてもらったってわけ」


 クレイグは娘の勇姿に、涙を流しながらうんうんと頷いていた。


「まぁ、ボクの見立てでは――」


「あれ、ファランってボクっ娘だっけ?」


 途中で言葉を遮られたファランが少し不機嫌な様子で敏樹を軽く睨んだ。

 ちなみに今の敏樹の発言は、いつもの悪い癖である。


「ああ、ごめん。なんでもない」


「こほん。えっとね、ボクの見立てではトシキさんもロロアちゃんもすぐに有名な冒険者になると思うんだよね。だから、2人がドハティ商会の商品を身に着けてくれているっていうのは、いい宣伝になると思うんだよねぇ」


「ファラン!! 我が娘ながら見事な見識だ。父さんは鼻が高いぞぉ!!」


 いつの間にかファランの近くにいたクレイグが、ワシワシと娘の頭の撫で始めた。


「ちょ……父さん、やめて……、恥ずかしいよぉ」


 といいながらも、満更でもない様子のファランだった。


「じゃあ、買わせてもらうよ」


「まいどありー。あとそっちにトシキさんに良さそうなのも見繕っといたから、そっちも見ていってよ」


 敏樹は現在、元の世界で購入した防刃パーカーとライダースパンツ、ハイカットの安全靴のみという軽装だった。

 その他のプロテクターやヘルメットは、この世界にそぐわないデザインであるし、今の敏樹には正直不要なものだった。

 ただ、革のパンツはともかく防刃パーカーは少しこの世界では浮いているようなので、自分の服も購入する予定だったのだ。

 それを予め選んでおいてくれるというのであれば、それはそれでありがたいことだった。


 数点の衣服を中心に、革の胸甲と手甲、それに膝下あたりまでの革のロングブーツと、前頭を守る鉢金が防具として用意されていた。


「ロロアちゃんに聞いたら、防御力より動き易さを重視した方がいいってことだったから、防具系はロロアちゃんとお揃いにしてみたよ」


「うん、ありがとう。サイズもぴったりだな」


「んふふー。<鑑定>のおかげかな」


「じゃあ全部合わせて――」


「150万Gってとこかな」


「オッケー」


 支払いに関しては、山賊のお宝を買い取ってもらう分から引いてもらうことにした。


「トシキさん、そろそろいきましょうか」


「お、おう……」


 ロロアに声をかけられ、そちらに視線を向けた敏樹は、再びその姿に目を奪われることになった。


「胸……」


「な? ちょ……トシキさん!?」


 敏樹の悪い癖が出て、ロロアが思わず胸を覆う。

 現在ロロアは防具を外して<格納庫ハンガー>の共有スペースに収納していた。

 先ほどまで胸甲に隠されていた胸元があらわになったわけだが、ただでさえ豊満だった双丘が、さらに強調されているように見えた。


「ブラジャー、可愛いの選んどいたよ」


 と、ファランが耳元で囁く。

 どうやらこの世界には既にブラジャーがあるらしい。


「なっ……?」


「もちろん、下もセットでね。にしし……」


 いたずら少女のように笑うファランの姿に呆れながらも、敏樹は自分の顔が熱くなるのを感じていた。

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