第18話『おっさん、拙速を尊ぶ』
敏樹らがギルドの酒場で食事を終えて外に出ると、あたりは暗くなり始めていた。
「じゃあ、とりあえず宿屋にでも行こうか」
<無病息災>を持つ敏樹はともかく、他のメンバーはこれまでの旅程に加えて今朝からそれなりの距離を歩いており、疲労がたまっているのは明らかなので宿へ向かうことを提案し、他のメンバーもそれに同意した。
宿に関してはファランの父が手配してくれるといってくれたのだが、これから冒険者として自立する以上、あまり甘えるのは良くなかろうと辞退した。
せめておすすめの宿を教えさせてくれ、ということで紹介されたのが『新緑のそよ風』という宿屋だった。
「ドハティ商会のクレイグさんからお話は伺っておりますよ」
ドハティ商会のクレイグとは、森の野狼のアジトで救出した女性の1人でもあるファランの父親である。
彼からの紹介であることを告げると、番頭を名乗る身なりの良い男が受付に現れ、敏樹らの対応をしてくれているのだった。
「長期のご利用でよろしいですか?」
「ええ。しばらくはここで活動しようと思っていますので」
「かしこまりました。ではお部屋の方はどうされますか? 大部屋でも個室でも用意できますが」
大部屋を複数人で共有するのと、全員がそれぞれ個室に入るのであれば、無論料金はかなり違ってくる。
「あたしら3人は同じ部屋で。そっち2人とは別の部屋にしてもらおうかな」
番頭の問いにはシーラが先に答えた。
「で、悪いんだけど、この2人とは離れた部屋にしてもらえる? 夜がうるさくってさぁ」
「おい、シーラ!!」
敏樹が大声で窘めるもシーラは少しいやらしい笑みを浮かべたまま聞き流した。
ちなみにロロアは顔を真赤にして俯いた後、おずおずとフードを下ろして顔を隠していた。
「遮音機能付きのお部屋も用意できますよ。いびきを気にされるお客様も多いですからね」
そんなやり取りを目にしつつも、番頭は平然と対応を続けている。
なるほど、プロである。
「じゃあ、そっちはそれに決定だね!! 隣の部屋とかに迷惑がかかるからさ。いびきじゃないけど……。にひひ」
「うるせーよコンチクショウ」
ロロアは相変わらず恥ずかしいのか、敏樹の袖を掴んで背後に隠れるように立っていた。
「お部屋のご用意が出来ました。みなさまギルドカードはお持ちですか?」
全員がギルドカードを番頭に渡すと、彼はそのカードを何かの装置に入れ、なにやら操作し始めた。
作業は1分程度で終了し、ギルドカードはすぐに返却された。
「はい、おまたせしました」
「えっと……」
シーラ達3人は当たり前のようにギルドカードを受け取ったが、敏樹とロロアはカードを受け取りつつも戸惑っていた。
「こちらのカードを扉にかざしていただくと、お部屋の鍵が開くようになっております」
そんな2人の様子を見て、番頭がサラッと説明する。
シーラ達の様子を見る限り、この世界ではあたり前のことらしい。
クレジットカードにキャッシュカード、電子マネーカードに各種ポイントカードと、カードだけで財布がパンパンになる敏樹にとって、一枚のカードでいろいろと事足りるというのは羨ましい限りである。
「ハイテクだねぇ」
「恐れ入ります」
おそらくは敏樹の独り言であろう呟きに、番頭は軽く頭を下げた。
グレードの違いからか、敏樹らとシーラ達の部屋は階が異なったので、階段の途中で別れた。
相変わらずフードを被ったままうつむき加減になっているロロアを連れ、敏樹は部屋まで歩いた。
「ここにギルドカードをかざせばいいのか?」
敏樹が<
どうやらギルドカードでの認証はある程度距離があっても行われるようで、あとで聞いたところによると、懐にでも入れておけば、扉の前に立つだけで鍵は開くらしい。
扉はオートロックなので、扉が閉まると同時に鍵がかかるようになっている。
「うーん、やっぱハイテクだ」
元の世界でいえば電子マネー等のICカード認証に必要な効果範囲が広くなったといったところか。
ただ、元の世界のICカードで同じように効果範囲を広げてしまうと、スキミングされ放題になってしまうので、あれあれで問題ないのだろう。
こちらの世界のギルドカード認証に関しては魔力パターン登録等でスキミングやそれに類する行為に対する対策が取られているのだろうと思われる。
「ん? ロロア、行くよ?」
敏樹がドアに手をかけて入ろうとしたが、ロロアは立ち止まったまま俯いていた。
「あの、トシキさん。さっきは、その、ごめんなさい。私がはしたないせいで、その、恥ずかしい思いを」
「ああ。ああいうの、男は全然平気なんだけどね。むしろロロアのほうが恥ずかしかったんじゃない?」
「あの、いえ……その、私が、その……大きな声を……。なので、自業自得、というか……」
「まぁ出させてるのは俺なんだけどね」
「うー……」
俯き加減だったロロアが少し顔を上げ、フードの陰から恥ずかしげな表情のまま恨みがましい視線を敏樹に向けた。
「うん、悪い気はしない」
視線を受けてそう思った敏樹だったが、いつもの悪い癖で口から出てしまう。
「トシキさんって、もしかしていじわるですか?」
「かもね。とりあえず入ろうか」
「わわっ……!!」
敏樹はロロアの手を取り、ぐいっと引き寄せた。
そして耳元で囁く。
「今日からはもっと大きな声出してもいいわけだし?」
「むー!! やっぱりいじわるですっ!!」
「うわっ! とと……」
恥ずかしがるロロアに押されるような形で敏樹は部屋に入った。
「うおお、広っ!!」
遮音機能付きの部屋というものがどの程度のグレードなのかは分からないが、その部屋はかなり広く、調度類もそれなりのものであった。
敏樹にとってのホテルというのは寝室のみのビジネスホテルが常であったので、部屋の大半がベッドを占め、あとは申し訳程度のサイドテーブルと一人がけの椅子がある、という程度のイメージしかない。
しかし用意された部屋は、寝室の他にリビングルームがあるようだった。
リビングには座り心地の良さそうな革張りのソファーや、それに合わせたテーブル、使い勝手の良さそうなキャビネットなどがまず目に入った。
他にも魔道具らしきものがいくつか設置されている。
「これは湯沸かしの魔道具……電子ケトルみたいなもんか。で、こっちは保冷の……冷蔵庫? 加熱の魔道具ってことは電子レンジみたいなのもあるのか!?」
どうやら元の世界の科学技術に関して、こちらの世界の魔法や魔術である程度それに相当する技術が確立されているらしいことがわかった。
文明レベルに関して単純な比較は出来ないが、とりあえず大幅に上方修正する必要があるようだ。
こういったことは<情報閲覧>で容易に知ることが出来るのだが、事前に知っておくより、知らないまま経験したほうが驚きや感動があって良いのである。
それは単純に異世界を楽しむという点でも重要な事だが、それ以上にポイント獲得のために必要な事でもある。
なので、敢えて敏樹は事前調査のようなものを行っていないのであった。
無論、そのせいで危険にさらされることもあろうが、大抵の危機をねじ伏せるだけの力は持っているつもりである。
「ふわぁ……」
フードをかぶったまま、ロロアは入口付近から部屋を眺めて呆然としていた。
「とりあえず座ろうか」
「へ? あ、はい」
敏樹はロロアのフードを上げたあと、手を引いて部屋の奥へと向かった。
革張りのソファに2人並んで座る。
ソファは適度な弾力をもっており、見た目通り座り心地は良かった。
「うわぁ、ふかふかですね」
ロロアは弾力を確認するように、何度か腰を軽く上げては座りなおすという行為を繰り返していた。
なんだかそれが凄く愛らしくて、敏樹は思わずロロアを抱き寄せてしまった。
「あの、トシキ、さん……?」
敏樹が何も言わず自分を抱きしめることに、ロロアは少し戸惑ったが、ほどなくロロアも敏樹の身体に腕を回した。
そうやって無言のまま数分抱き合った後、敏樹はロロアを解放した。
「さて」
そして表情を改める。
「彼女たちを無事全員送り届けたわけだけども」
敏樹にはロロアに確認しておくべきことがあった。
ロロアに同行を持ちかけたときのことを思い出す。
あの時「女性たちを送るから一緒に来てほしい」と伝えた形になった。
解釈によっては、女性たちを全員故郷や街に送り届けた時点で同行は終了、ととられかねない言葉である。
杞憂かもしれないが、こういうところを疎かにしているといろいろと痛い目を見ることになるのだ。
「ロロアはこれからどうする?」
「はい?」
ロロアは意味がわからないと言った風に首を傾げた。
「シーラ達を送り届けたから、一応目的は果たしたことになるだろう? だから、この先ロロアがどうするのかって話なんだけど」
「あの、ごめんなさい……言ってる意味が……」
どうやら杞憂だったようだが、あらためて言葉にしてもよかろうと思い、敏樹は軽く咳払いをした後、姿勢を正した。
「ロロア。改めて言う。これからも俺と一緒にいてほしい」
「え? あ、あー……そういう……やだ、私ったら……」
どうやらロロアはようやく敏樹の意図を理解したらしく、顔を赤らめてもじもじし始めた。
「あの、ごめんなさい。私、てっきりこの先も、ずっと一緒だと……、でも、言われてみれば、あの時の言葉だと……。うわー、恥ずかしい……」
と、ロロアは顔を覆って俯いてしまった。
「あー、いや、こっちこそごめん。俺もずっと一緒にいるつもりで言ったんだけど、あの時の言い方だと誤解されかねないなと思ってさ」
敏樹は軽く謝りながらも、恥ずかしがるロロアの姿を見て、言ってよかったなと心底思った。
しばらく顔を覆ってバタバタしていたロロアだったが、羞恥から立ち直ったのか、まだ赤いままの顔を上げ、敏樹を見つめた。
「えっと、ですね。私としては、それ以前に、その……、人生を預けるかと訊かれた時点で、その……、決心したと言うか……」
「人生を預ける? えっと……」
今度は敏樹が首をかしげる番だった。
「あー、やっぱり覚えてないんですねー……」
ロロアが呆れたような声を上げ、朱に染まった顔がどんどん白くなっていく。
「あれ? ごめん、その……」
「山賊から救けてもらった後なんですけど……?」
「えー? そのタイミングでそんなこと言ったらそりゃ……」
「そりゃそう思いますよねぇ?」
ロロアの眉根が上がり、口調が少しずつ強くなってくる。
逆に敏樹は狼狽し、額に指を当て、必死に当時のことを思い出しているようだ。
「あー!!」
そして思い出す。
それは山賊のアジトを襲撃する前に、ロロアにスキル習得させるため、確認の意味で発した言葉だった。
スキルというのはその後の人生を大きく左右するものである。
そういう意味でポロッと出た言葉だったが……。
「あの、ですね。ああいう言葉をさらっと言われると、なんといいますか、女としてはその、嬉しいような、悲しいような――んむっ!?」
敏樹はロロアの言葉を遮るように唇を重ねた。
ロロアの口内に舌を入れると、最初は戸惑っていた彼女もやがて自分から敏樹の舌を求めるようになった。
そうやって舌を絡め合いながらも、敏樹は頭を高速回転させていた。
たしかにあの時は、スキル習得がロロアの人生に与える影響のことだけを考えており、他意はなかった。
しかし、ここはむしろ覚悟を決める時ではないだろうか。
ロロアと出会ってまだ1ヶ月程度。
お互いを知るには、そして未来を決めるにはあまりにも短い時間である。
しかし、アラフォー独身男は機を見るに敏でなくてはならない。
わずかな好機も逃してはならない。
例え拙速のそしりを受けようとも。
もし後悔するようなことがあったとしても、それは文字通り後で悔いれば良いのである。
「んはぁ……はぁ……はぁ……」
キスから解放されたロロアは、恍惚とした表情を浮かべながらも、物欲しげな眼差しを敏樹に向けていた。
危うく理性が飛びそうになるのを必死で堪えながら、敏樹はロロアの肩に手を置き、彼女を見据えながら大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「ロロア、改めて言う」
敏樹の強い眼差しと真剣な口調に、どこか上の空じみたロロアの表情が改まる。
「君の人生を俺に預けてほしい」
ロロアは大きく目を見開き、短く息を吸い込んだ。
そして口元に小さな微笑みが浮かぶ。
「はい」
短く返事をした後、今度はロロアが敏樹の唇を塞いだ。
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