第17話『おっさん、冒険者になる』
ヘイダの街はケシド州の最南端に位置する街である。
街の南にはハノウの森という名の森林があり、森を越えてさらに南下したところに水精人の森と集落があった。
北西に州都セニエスク、西に商都エトラシがあり、東には魔物がはびこるヌネアの森がある。
ヌネアの森を越えた先にあるジニエム山をさらに越えると迷宮都市ザイタがあるため、ここヘイダは中規模の街でありながらも、州都や商都と迷宮都市をつなぐ経由地としてそれなりに賑わっていた。
「トシキ様。何かご入用のものがあれば、ぜひ我がドハティ商会に顔をお出しくださいませ!! 精一杯勉強させていただきますからね!!」
「この度は娘を救けていただきありがとうございました。いずれ落ち着いたらウチの食堂に来てください。目一杯腕を振るわせていただきますので」
街へ入った後、商家と食堂の主にひとしきり礼を言われて彼らと別れ、敏樹らは冒険者ギルドを訪れていた。
現在敏樹に同行しているのは、水精人の集落の長グロウの孫娘で
敏樹とロロアはシーラ達3人と最終的に別行動を取る予定だが、冒険者活動にある程度慣れるまでは行動をともにすることにしている。
冒険者というのは、依頼されれば大抵のことはこなす何でも屋のようなものだが、その主な活動は魔物の討伐や商隊の護衛、要人警護等である。
敏樹が求めている魔物との戦いを生業とするのであれば、ここ冒険者ギルドに所属することは欠かせない事項であった。
「それでは今から冒険者ギルドについての説明を始めます。質問は最後にまとめてお願いしますね」
敏樹らは現在、講習室というところでギルド職員の女性から冒険者ギルドについての説明を受けていた。
通常であれば受付で説明を受けるのだが、5名が同時に登録するのであれば一度に説明した方がいいだろうとの配慮からであった。
職員の女性はエリーという名の猫獣人だった。
敏樹は彼女の説明を聞きながらも、縞模様の尻尾がゆらゆらと揺れているのが気になっていた。
「登録されますと、皆さまGランクからのスタートとなります」
冒険者はその実力や活動実績に応じでランク分けされている。
最低ランクはGで最高ランクはA。
ただし、Aランクに収まりきらない冒険者は、例外的にSランクとなる場合もある。
また、Gランクの下にHランクというのもあるが、それは未成年者限定の予備ランクであり、通常、成人はGランクからのスタートとなる。
「難度に応じて依頼にもランクが振り分けられております。受注できる依頼は冒険者ランクのひとつ上までとなっております」
敏樹らの場合、最初はGランクとFランクの依頼まで受注可能となっている。
Gランクは主に薬草等の採取系が多く、Fになってようやく弱めの魔物討伐依頼が含まれ始める。
「こちらが後でお渡しするギルドカードです。これは冒険者ギルドに限らず、魔術士ギルドや治療士ギルド等、他のギルドに登録する際も併用できます。皆様の魔力パターンを登録していただくので、他者の不正使用はほぼ不可能となります。失くすと再発行手数料として10万
エリーが半透明のカードを全員に見えるようにかざした。
大きさはクレジットカード程度。
「また、冒険者ギルドでは皆様のお金を預かり、このギルドカードで管理することも出来ます。提携店ではカードを使った決済も出来ますので是非ご活用ください」
大きさもだが、用途としてもクレジットカードのような使い方のできる優れものである。
しかもクレジットカードと違って、持ち主の魔力パターンを登録したギルドカードは他者による不正使用がほぼ不可能となる。
「もしどこかで誰かのギルドカードを拾った場合は、速やかに各ギルドまでお届けください。報奨金として1万Gが支払われますので」
紛失時の再発行手数料は10万Gだが、遺失物として発見された場合は引取料として2万Gで済む。
1万Gが拾得者の取り分、残り1万Gが手数料等含むギルドの取り分となる。
持ち主が死亡している場合は、拾得者に支払われる分の1万Gをギルドが負担する形となる。
持ち主不在のカードというのはいろいろと面倒の種となりうるので、ギルドとしては多少費用を負担してでも回収しておきたいのである。
「ここまでで何かご不明点はございますか?」
エリーが5人を見渡すも、特に質問のある者はいないようである。
「では皆さま、こちらに必要事項を記入してください。文字か書けない方は代筆しますので遠慮なくお申し出くださいませ」
渡されたのは紙とペン。
こちらの世界には既に植物原料の紙があり、品質としては元の世界のザラ紙と呼ばれるものに近いだろうか。
ペンはインクを内蔵した万年筆のようなものだった。
記入するのは名前と出身地、年齢、得意な武器や魔術程度のもので、最悪名前以外は空欄でもよく、名前も偽名で問題無い。
これは脛に傷を持つ者でも受け入れるという冒険者ギルドの方針によるものである。
一度所属させてしまえば、以降の管理が楽になるので、登録のハードルはかなり低いのだった。
敏樹は<言語理解>のお陰で読み書きも現地人並みにマスターしており、シーラ達もどうやら問題ないらしい。
しかしロロアは、会話は出来るが読み書きは苦手なようだったので、敏樹が代筆した。
「トシキさん、すいません……」
「いいよいいよ。読み書きも時間があるときに覚えていこうか」
「はい」
とは言ったものの、敏樹は日本語を読み書きする感覚なので、人に教えるというのは中々に難しいものがある。
最悪管理者用タブレットで習得させればいいか、と開き直ることにした。
「講習は以上となります。登録作業は受付で行いますので、こちらへどうぞ」
講習を終えた敏樹らは、全員分の登録用紙を回収したエリーにつれられて受付へと戻った。
登録手続きも引き続きエリーが行うようだった。
「ではギルドカードを発行します」
エリーはノートパソコン程度の大きさの台座のような道具を出した。
そこにはカードが1枚セットされていた。
「ではここに手を置いてください。この装置が自動で魔力パターンを読み取りますので」
敏樹が指示された場所に手を置くと、セットされたカードが淡く光った。
「はい、こちらがトシキ様のギルドカードとなります」
「どうも」
渡されたカードは先ほど見せてもらったのと同じ半透明の者で、触った感触ははプラスチックともガラスとも取れない、なんともいえぬものだった。
敏樹は受け取ったカードをその場で<
この世界では【収納】という魔術があり、多くの人が使えるので、人前で<
「では以上で登録は終了となります。おつかれ様でした」
ちなみにギルド登録料だが、1人1万G必要となる。
これに関しては依頼料からの天引きという形での支払いも可能だが、敏樹とロロアは自分の持ち金から支払った。
敏樹は山賊のアジトにあったものを根こそぎ奪っており、現金だけで1000万G以上得ていた。
そこから支度金として、救出した8人の女性1人あたり50万Gを渡していた。
ロロアと敏樹をあわせれば10人となり、1人100万Gでおよそ等分になるので、敏樹はそう提案したのだが、救けてもらった上に金をもらうなど申し訳ないと辞退されていた。
しかし、生活の再建に金は必ず必要になるものなので、敏樹は無理を言って50万Gを持たせていたのだった。
余談だが、救出した水精人たちは現金を必要としなかったので、奪ったものの中から使えそうなものを集落に置いてきていた。
「シーラ様、メリダ様、ライリー様は以前他のギルドに登録された経緯があるのですが、本日はギルドカードをお持ちではないですか?」
「あいよ」
と、シーラは自分の持つカードを受付に提出した。
3人とも山賊に囚われた際、身ぐるみを剥がされており、その中にはもちろんギルドカードもあったのである。
他人のギルドカードは提出すれば報奨金をもらえるが、無論手に入れた経緯の説明は必要になる上に、提出者のギルドカードや魔力パターンの提示も必要となる。
行方不明者はたいてい憲兵や各ギルドに届け出がされているので、行方不明者のギルドカードなどを提出すれば間違いなく足がつくのである。
そういった経緯から、山賊たちは奪ったギルドカードを換金していなかった。
敏樹は彼女たちの持ち物と思われるものはすべて返却していたのだった。
無論、他のギルドへ登録していようと冒険者ギルドに登録する際は登録料が必要となり、シーラ達は自分の懐から支払った。
「ではこちらに冒険者ギルドの情報を追加しました。本日は長い時間ありがとうございました」
そう言って軽くお辞儀をしたエリーの尻尾が真っすぐ立っているのを、敏樹はなんとなく視界の端に囚えていた。
**********
「くぁー、疲れた……」
冒険者ギルドでの講習と登録を作業を終えた敏樹は、受付を後にしながら大きく伸びをした。
「さて、次はどうする?」
「ご飯にしようよ」
敏樹が尋ねると、即座にシーラが返答した。
確かに街への入場やら講習やらで時間が経っており、全員腹が減っていた。
「せっかくだしギルドの酒場で食べませんか?」
そう提案したのはハーフエルフのメリダだった。
救出した女性の1人は食堂の娘なのだが、しばらく休業すると言っていたので、いずれ伺うことにしている。
実は商家の主から是非もてなしたいと誘われていたのだが、「今日ぐらいは家族水入らずで過ごしてくださいよ」と、敏樹は辞退していた。
本音を言えば、単に面倒くさかっただけであるが。
昼食には遅く、夕食には早いという中途半端な時間だったので、酒場はかなり空いていた。
6人がけのテーブルがあったので、そこに座り、各々好きなものを注文した。
敏樹は野菜スープとソーセージを注文し、全員で取り分ける用にサラダとパンの大皿を注文した。
「こういう場所で野菜が新鮮だと、ちょっと違和感があるなぁ」
誰に聞かせるでもなくつぶやいたそれは、敏樹の悪い癖でもある独り言だった。
ここヘイダの街からは、ヨーロッパの古い街並みといった印象を受ける。
街を歩く人の格好は、18~19世紀西洋を舞台にした映画で見たような服装が多く、また、ヒト以外にも獣人を始めとした様々な人種がおり、ここが異世界であることを強く認識させ、印象としてはどうしても中世欧風のイメージを持ってしまう。
街の雰囲気がそうなのだから文明レベルもそうではないかと勝手に解釈してしまい、物流や冷凍冷蔵の技術などがない世界で、いったいどうやってこれだけ新鮮な野菜を提供しているのかと、つい疑問に思ってしまったためこぼれた言葉だった。
その回答は<情報閲覧>を確認するまでもなくシーラが答えた。
「そりゃ今時誰でも《収納》ぐらいは使えるからね」
《収納》とは収納庫と呼ばれる施設に物を転移させる魔術である。
「ん? なんで《収納》があれば新鮮な野菜が?」
「だって、産地でとれたての野菜なんかを《収納》してもらえば、離れた街でも取り出せるからね」
「へぇ、じゃあ《収納》で使う収納庫って、複数人で共有できるんだ」
「当たり前じゃない。まぁ離れすぎると消費魔力も大変なことになるけど、陸路やら海路やらで運ぶのに比べれば、危険もないし人件費もかからないからね。その分の魔石でも用意したほうがよっぽど安上がりってわけさ」
「魔石って、魔術の原動力に使えるの?」
「そういうのが出来る人もいるみたいだけど、普通は転送機能付きの収納庫を使うことが多いんじゃないかな」
「なるほど、つまり、収納庫同士をつなげて、その間で物資の遣り取りをするわけか……」
「あんた、そんなことも知らないわけ? よく今まで生きてこれたわね」
「悪いな。田舎者なんだよ」
収納庫は実に多くの業者が営んでおり、さまざまな機能がある。
単純に物を入れるだけの倉庫のようなものもあれば、敏樹がないと思いこんでいる温度管理機能がついているものもある。
そもそも炎や氷を扱う魔術がある以上、温度管理などもあってしかるべきものであり、もちろん冷蔵庫や冷凍庫のようなものも存在するのである。
ただし、高レベルの<アイテムボックス>や<
「ふむう、この世界もある面では俺のいた世界よりハイテクな部分があるわけか……」
「なんか言った?」
「いや、独り言」
新鮮な食材がどこにいても手に入るのであれば食事が美味いものになるのは必然である。
さらにいえば、調味料や香辛料にしたところで産地から直接取り出せるので、バカ高いということはない。
敏樹は新鮮な野菜はもちろん、味の濃い野菜スープやソーセージ、柔らかいパンなどに舌鼓を打った。
若い頃はただ腹が膨れればいいとだけ思っていた食事だが、歳を重ねるごとに食事量は減り、量が減ればその分質を求めるようになった。
余人はともかく、敏樹にとって食事とは非常に重要なのものである。
もし異世界の食事情に難があるようであれば元の世界からいろいろな料理を持ち込もうと思い、実際<
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