第16話『おっさん、街へ向けて出発する』

 敏樹がテントに戻った後も、ロロアは眠ったままだった。

 先ほどまでは半死半生という体だったが、今は幾分落ち着いたようで、穏やかな表情で寝息を立てていた。

 ちなみにロロアのテント内での寝具だが、敏樹が持ち込んだ高反発マットレスの上に、それなりに高級な布団を敷いているので、寝心地はいいはずである。


 敏樹がコーヒーを飲みながら元の世界から持ち込んだ本を読んでいると、眠っていたロロアがもぞもぞと動き始めた。


「あ、おはよう」


「……おあようごゃいまふ……」


 ロロアが寝ぼけた様子で起き上がると、胸にかかっていた布団がはらりとめくれ、その豊満な乳房があらわになった。

 自然、敏樹の目はそこへ釘付けになる。


「んぅ……?」


 寝ぼけ眼のままロロアは敏樹の視線を追い、やがて自分の胸が丸出しになっていることに気付いた。


「ふぁ!?」


 慌てて布団を手繰り寄せて胸を隠し、そのロロアの行動に我を取り戻した敏樹も焦って視線をそらした。


「ご、ごめん」


「いえ、私の方こそ……」


 昨晩互いに痴態を見せあった仲ではあるが、それはそれ、これはこれである。


「あの、朝から失礼しました」


 いそいそと服を着たロロアの姿を見て、敏樹は再び固まってしまう。


「ロロア、ローブの下って、いつもその格好?」


「はい、そうですけど?」


 それは袖も裾も七分程度の丈の、下着に毛が生えたような生成りのシンプルな上下だった。

 生地は微妙に薄く、白に近い生成りなので、内側が半ば透けて見える。

 下はさすがに下帯を身につけているものの上は何も身につけておらず、ロロアのちょっとした仕草で揺れ動く豊満な双丘の様子がはっきりと見て取れた。


「ロロア、これ」


 敏樹はとりあえず自分用に買ってあった替えのジャージを<格納庫ハンガー>から取り出し、ロロアに渡した。


「はい?」


 なんのことやら理解できない様子で、ロロアは首を傾げる。

 その様子がなんとも言えず愛らしく、敏樹は飛びかかりそうになるのを必死で堪えた。


「それ、着といて」


「え、いいんですか!?」


 実はロロアは、敏樹がテント内でくつろぐときに着ているジャージが、前から気になっていたのである。

 頭からジャージをかぶろうとするのを止め、敏樹はロロアにファスナーの使い方を教えてやった。


「……で、これとこれをカッチリ合わせた後、これを上に」


「わぁ、すごい!!」


 少なくともこの集落にはファスナーというものがなく、初めて扱うものにロロアは随分と感動していた。


「うーん、似合うなぁ」


「そ、そうですか? えへへ」


 一応ちゃんとしたスポーツブランドのジャージなので、デザインはそれほど悪くはないし、ロロアは顔もスタイルもいいので何を着ても様になるようだ。


「何か飲む?」


「あの、じゃあ、甘酒を」


 敏樹お気に入りの甘酒だが、どうやらロロアも気に入ったらしい。

 <格納庫ハンガー>から甘酒のボトルとグラスを取り出し、ロロアのために注いでやった。


「ん……美味しい……」


 甘酒を一口飲んだ後、ロロアが満足げに呟く


「お米からこんなに美味しい飲み物が出来るなんて、不思議ですね」


「いや、ここでも作れるからね、それ」


「え? ホントですか?」


 敏樹は呆れたようにいい、ロロアは心底驚いた様子を見せた。


「いや、これどぶろく作る過程で出来るもんだから」


「うそ?」


 米はこうじで発酵させると、まずは糖化という現象がおこり、甘くなる。

 この段階のものが甘酒なのである。

 そこへ酵母が入り、糖化した米がアルコールになるとどぶろくとなるのである。


「グロウさんあたりは知ってそうだけどなぁ」


 その言葉に目を見開いたロロアは、甘酒を一気に飲み干すと、少し勢いをつけてトンとグラスを置いた。


「ちょっとおじいちゃんのところに行って来ます」


 これまでロロアはグロウのことを長と読んでいたが、ここ最近は関係が融和したのか、おじいちゃんと呼ぶようになった。

 それに伴い、厳格な長老というイメージのグロウだったが、ロロアの前ではただの好々爺になることが多くなった。


 ロロアは勢い良く立ち上がったが、一歩踏み出そうとしてよろめいてしまう。

 慌てて敏樹は立ち上がり、よろめくロロアを抱きとめた。


「あっ……」


 抱きとめられた瞬間、ロロアは敏樹の方を見たが、目が合うと顔を真赤にしてそらしてしまった。


「あの、ごめんなさい……」


「今日ぐらいはゆっくりしようか。ね?」


「……はい」


 その日は特に何をするでもなくまったりと過ごした。

 夜は敏樹が少しだけ自重し、前夜に比べれば幾分ましであったが、翌朝、シーラたちからは文句を言われた。


**********



 さらに翌日、ようやく出発の日を迎えた。

 集落の入口付近には住人が見送りに集まっていた。


「皆さん、これまでお世話になりました」


 集まった住人対してロロアが頭を下げる。

 住人たちはロロアに対して、皆一様に温かい視線を向けていた。


「ロロア。これからもここがお前の故郷であることに変わりはない。たまには顔を出せよ」


「はい、おじいちゃん」


「グロウさん。前にも言いましたが、俺はこの先奴隷として囚われているここの住人を見つけたら連れて返ってくるつもりです。その時はロロアも一緒ですよ」


「そうか……。トシキ、ロロアを頼んだぞ」



 敏樹に同行するのはロロアを除いて11名。

 アジトに囚われていた女性8人とは別に、水精人の男性が3人ついてくることになった。

 この3人は、敏樹とロロアにあてられて暴走した女性3人にナニされた者たちだった。

 3名とも人に近い姿なので、獣人ということでなんとか通せそうである。


 自動車とキャンピングトレーラーにそれぞれ乗り込んでいく。

 自動車の助手席にはロロアが、後部座席にはシーラと他2人。

 これは昨日シーラのテントにいた2人である。

 キャンピングトレーラーには新しい扉を開いた女性2人、人間と水精人のカップル3組の計8人が乗り込んだ。


 同行者の内、幾人かは故郷へと帰り、残りは敏樹と共に街へ向かう。

 故郷に帰るのは女性同士のカップルと、人間と水精人のカップルそれぞれ一組ずつ。

 遠回りしながらも無事送り届けることが出来た。


 街へ向かう二組のカップルの内、一組の方の女性は実家が食堂を経営しているので帰ったらそこを手伝うのだそうな。

 その女性には料理や経営に役立ちそうなスキルを与えているので、上手くやれるだろう。

 もう一組の方の女性は商家の娘で、こちらも稼業を手伝うらしい。

 そしてそちらの水精人は何度か街でその商家を訪れており、この2人はなんと以前からの知り合いなのだそうな。

 実は水精人の集落についてそうそうにお互いを認識しており、何となく意識しあっていたのだとか。

 こちらの女性はLv1ではあるが全種の<鑑定>スキルを辛うじて習得できたので、上手くスキルを伸ばせばいい商売人になれるはずである。


 シーラを含む残り3人は全員冒険者になるということだった。

 この3人は特に状態が悪かった者たちで、回復には高レベルの<精神耐性>が必要だった。

 そして精神が回復した後は、そのおかげで、というかそのせいでというか、随分とたくましくなってしまい、結果、強さを求めるようになったのである。


「冒険者になったら山賊討伐の依頼なんかもあるんだろ? 1人でも多くの賊どもを地獄に送ってやりたいねぇ」


 と昏く笑うシーラの姿に、敏樹は少しやりすぎたかなと、反省したものである。

 他の2人もその闘志にあてられたといったところか。

 まぁ、何にせよ元気になってくれたのは何よりである。



 整備された街道が近づいてきたので車から徒歩に切り替えた。

 そろそろ道行く人に出会う可能性が高まる所である。

 自動車などはあまり不用意に人に見せて良いものではなかろうとの判断であった。


 徒歩になってからは各々スキルを使った訓練に励んだ。

 <鑑定>スキルを得た女性は野草を調べて食べられるものを採取したり、遭遇した魔物をとりあえず鑑定してみたり、<料理>スキルを得た女性が料理を担当したり、と言った具合に。

 水精人の2人はそれぞれ自分のパートナーを補佐した。


 戦闘系スキルを得たシーラたちは敏樹やロロアに戦闘訓練を受けつつ、積極的に魔物を狩っていった。

 戦闘訓練に関しては、集落にいる頃からロロアにある程度手ほどきを受けており、そこそこの力をつけていたので、弱い魔物相手であっても実戦を経験することでさらに成長していった。

 せめて同行している間はと、敏樹は彼女たちがこの道程で得たポイントを割り振って、スキルを伸ばしてやった。


 野営に関してだが、周りに人がいない時は敏樹が用意したテントを使い、ヒトに見られる可能性がある時は水精人の集落で貰ったテントを使うようにした。


 そうやって数日の間徒歩での旅を続けていると、徐々に街道を行く人が増えてきた。


「見えた!! あれがヘイダの街だよ!!」


 遠くに市壁が見えた時、シーラが声を上げ一行が色めき立つ。

 山賊に捕まった時は、まさかこうやって街を訪れる日が来るとは思ってもみなかったのだろう。

 もし来ることがあるとすれば奴隷かなにかとして売り飛ばされたときぐらいだったであろうから、こうしてまともな状態で市壁を臨むということには感慨深いものがあるのだろう。

 市壁が見えてからの一行の進行速度は目に見えて速くなり、日の高い内に町の入口に到達できた。


「ん、全員身分証無しなのか?」


 入り口に到達した敏樹らは、早速入場の審査を受けることになった。

 そこで、商家の娘と食堂の娘が事情を説明し、家族に連絡をしてもらい、敏樹らは警備兵の詰め所で待つことになった。


「ファラン! 無事だったのか!!」


 恰幅のいい男が詰め所にやってきた。

 ファランとは商家の娘である。

 その後食堂の娘の家族も詰め所を訪れ、それぞれ再会を喜びあった後、商家の主らが身元引受人となることで、全員が無事街へを入ることが出来た。

 身分証を持たない者が街に入るのにはそれなりの金が必要なのだが、食堂の娘とそのパートナーの水精人の分は彼女の家族が、残りは商家の主が支払ってくれることになった。


「ではこれが仮の身分証となります。有効期限は1ヶ月ですので、それまでに何処かのギルドに所属して正規の身分証を得るか、ここか街中にある番所で更新料を払うかしてください」


 商家の主だが、この街ではそれなりに名の知れた男らしく、彼が身元引受人となったことで警備兵の態度も一変した。

 一通り説明が終わった後、警備兵は簡素な木札を敏樹にわたすと、にっこりと微笑んた。


「ヘイダの街へようこそ」


 敏樹が異世界を訪れてから、訓練に1ヶ月、水精人の集落を訪れてさらに1ヶ月。

 およそ2ヶ月を経て、彼はようやく人の住む街を訪れることが出来たのであった。

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