第15話『おっさん、年甲斐もなく頑張る』
「ロロア、話がある」
グロウの家を出てロロアのテント近くに戻った際、女性たちと談笑していたロロアを、敏樹は呼び寄せた。
「え? え?」
ロロアは随分と狼狽していたが、女性たちはニヤニヤと笑いながら、彼女の背中をポンと叩いて敏樹の方に押し出した。
「あ、あの……、なんでしょう?」
「うん。大事な話があるから、とりあえずテントに入ろうか」
「へ? あ、はい……」
敏樹はロロアを促して、彼女のテントに入った。
「あの、お茶を」
「いい。座って」
「あ……はい」
ロロアと敏樹は向かい合うように座った。
ロロアはいつものようにフードをかぶっていたが、その陰から覗く口元から緊張が伺える。
敏樹の方は平然としているように見えるが、実は心臓が張り裂けんばかりに激しく高鳴っているのである。
「明日、俺は彼女たちを連れてこの集落を出る」
「はい」
ロロアが緊張のためを口を引き締め、ゴクリと唾を飲むのが聞こええた。
敏樹は何をどう話すべきか頭のなかで組み立ててはばらしてという作業を繰り返したが、結局途中で面倒になり、サクッと本題を伝えることにした。
「ロロアも一緒に来てほしい」
ロロアが短く息を吸い込むのが聞こえた。
やがて呼吸が荒くなり、それを落ち着けるかのように胸に手を当てる。
「……ダメかな?」
しばらく無言でただ荒く呼吸するだけのロロアの様子を見ていた敏樹だったが、沈黙に耐えられず返答を促した。
それに対し、ロロアは左手で胸を抑えたまま、敏樹を制するように右手を上げた。
少し待て、とういことらしい。
しかし待たされる方も堪ったものではない。
敏樹は敏樹で逃げ出したくなるのを堪えながらロロアと向かい合っているのだから。
「ふぅ……」
ようやく呼吸が落ち着き、大きく息を吐いたロロアが姿勢を正した。
「トシキさん、その、向こうを向いてくれますか?」
「あー、うん」
敏樹はロロアに背を向ける形で座り直した。
背後から衣擦れの音が聞こえる。
いよいよローブを脱ぎ、自分の意志でその顔を見せてくれるのだろう。
ロロアは自分を醜いと思っている。
その醜い姿をみて、それでも敏樹の意思が変わらないかを確認する、といったところか。
「いいですよ」
しかし、振り返った先には、一糸まとわぬ姿のロロアが立っていた。
「おう……」
思わず声が漏れる。
少しクセのある深い青緑の髪は後ろになでつけられていた。
あらわになった顔だが、眉は薄く、目は大きく少しつり上がっており、その中にある黄色く大きな瞳を縦に割ったような瞳孔がどことなく爬虫類を思わせた。
鼻筋はすっと通っており、口は少し横に広がるように大きい。
一見キツそうな顔つきだが、柔和な表情がそれを和らげていた。
肌は抜けるように白いが、肩や腕の外側、外腿や向こう脛あたりが一部薄く青みがかっており、爬虫類の鱗のような模様が見えた。
歳は敏樹と同じ40だが、水精人の血を受け継ぐロロアの外見は、ヒトとは異なる。
その張りのある肌艶は、20代にしか見えなかった。
「あの、私、こんな姿、ですけど……」
敏樹の視線を受けたロロアは羞恥に耐えているのだろう。
手が小刻みに震え、あらわになった胸や股を隠すべく動き出そうとするのを必死に堪えているようだった。
頬を染め視線は時々敏樹を捉えつつも、落ち着きなく動いている。
(――やっぱクッソ美人じゃねぇか!! どこのハリウッド女優だよ? ええ!? ローブで見えなかったけど、スタイルも抜群だなぁ、おい。胸はでかいし形もいいし、E……いや、Fはあるか? 腰はこうきゅっとくびれて、でも尻はプリンとしててよぉ。腕とか太ももとかいい感じにムッチリしてるし、最高だなぁ、おい!!)
敏樹は努めて無表情を装いながらも、なかなか下種な視線をロロアに向けていた。
その視線をうけたロロアの顔がどんどん赤くなり、耐えかねたように胸と股を手で隠した。
「ト、トシキさん!? そういうことは、面と向かって言われると、その……」
「へ?」
しかしどうやら心の声はダダ漏れだったらしい。
敏樹には独り言の癖があった。
そして今度は敏樹の顔が真っ赤になる番だった。
「……私、変じゃ、ないですか」
「うん、今さら取り繕っても仕方がないからはっきり言うけど、無茶苦茶キレイだよ」
「私、トシキさんと一緒にいてもいいですか?」
ロロアの潤んだ目が、敏樹の視線と交錯する。
「ロロア、違う」
理性のネジが数本飛んだのか、敏樹は立ち上がりながら自分の服に手をかけ、とりあえず上半身だけ裸になると、ロロアを抱き寄せた。
「きゃっ」
密着した柔肌から、ロロアの体温とともに、緊張が伝わってくる。
「俺が一緒にいたいんだよ。だからついてきて欲しい」
短く息をのんだロロアだったが、強張った肢体が徐々に和らいでいく。
「……はい」
ロロアも敏樹の背中に腕を回した。
密着するロロアの柔らかな乳房の感触や体温は人のそれとほとんど変わらないが、彼女の背中に回した敏樹の手には、少し硬く滑らかで、ひんやりとした感触が伝わってきた。
抱き合ったまま無言で見つめ合っていた2人は、ほどなく口づけを交わした。
**********
翌日。
出発の日――のはずだったのだが……。
「あのー、敏樹ですけど」
敏樹は女性たちが住まうテントを訪れていた。
ロロアのテントの近くの空き地に、敏樹が彼女たちのテントを用意していた。
最初、敏樹は自分の野営用にしかテントを用意していなかったので、2~3人が何とか寝転がれる程度のものしかなかった。
なので最初はキャンピングトレーラーと合わせて泊まってもらっていた。
ある程度女性たちの状態が良くなったところを見計らって敏樹は元の世界に戻り、6~8人用サイズのテントを2つ用意した。
女性は全部で8人いたので、4人ずつで分かれて生活してもらっている。
その内のひとつに、敏樹は訪れていたのである。
「はーい」
中から出てきたのは犬獣人の女性で、名をシーラといった。
「えっと、今日出発って言ってたけどさ。その、明日に延期で」
「あらそう?」
「その、ロロアの、体調が……」
「そりゃあんだけやりまくったらそうなるわ」
「おおう!?」
敏樹は驚きの声を上げ、シーラは呆れたような視線を敏樹に向ける。
「この距離で聞こえないと思ったわけ?」
「あ、いや、その……面目ない……」
「それより、あの娘初めてだったんでしょ? 大丈夫?」
「そこは、ほら、回復魔術で……」
するとシーラは一層呆れたように盛大なため息を吐いた。
「あのねぇ。女の子ってのはそういう痛みも大事にしたいの。わかる?」
「え、そうなの?」
「それを回復魔術でなんて……。デリカシーねぇなぁ、おっさん」
「うぅ……」
そう言われてみれば、魔術を使ったときになにやら抗議の視線を向けられたような気がしないでもない。
「もしかして、嫌われるかなぁ?」
「はあぁ? おっさんがそんなんでビクビクしてんじゃないよ。ってか、あんだけよがらせときゃ帳消しだと思うけど」
「そ、そうかな……」
「ってか、おっさん見かけによらず凄いのな」
凄いのは敏樹ではなくスキルである。
<情報閲覧>と<無病息災>
この組み合わせはヤバい。
いくら動いても動いたそばから回復し、出したものは即時再生し、かつ相手の
ここ数年、青春とは無縁だった敏樹は、その効果についのめり込んでしまい、歯止めが効かなくなったのであった。
反省はしているが後悔はしていない。
「あー、とにかくごめん。じゃああっちのテントにも――」
「やめときな」
「ん?」
「あんたらのせいでこちとら悶々として大変だったんだからね」
「あー、いや」
「で、耐えきれずに女同士で新しい扉開いちゃったのが2人、アッチのテントでよろしくやってるから」
「おう……」
「こっちに何人か避難してるからね」
テントを覗くと、2人女性が敏樹に対して困ったような笑みを向けてきた。
向こうのテントに2人、ここにはシーラと他2人で3人。
「あと3人ほど足りないみたいだけど……」
「水精人にも男ヤモメはいるみたいでね」
「マジか……」
獣人とは言え水精人の血を色濃く受け継ぐロロアに手を出した敏樹が文句を言えた義理ではないのだが。
「ってかさぁ」
「おふっ!?」
突然シーラが敏樹の股ぐらを掴んできた。
「ロロア、今ダメなんでしょ? あたしが相手したげよっか?」
シーラはニタリと笑い、舌なめずりをした。
「ちょ……、ついこないだまで、俺の顔見ただけで泣きわめいてた奴が何言ってんだ?」
シーラは8人の女性の中で、最も状態が悪い者だった。
救出当初はまともに言葉も話せず、糞尿を垂れ流しながらも男と見ればへらへらと笑いながら股を開いているような状態だったのだ。
徐々に復調するにあたって、今度は異常に男を怯えるようになった。
敏樹と目を合わせられるようになったのは、ほんの数日前のことである。
「ふふん。女は強いのさ」
それが今やこのたくましさである。
「なんなら3人で相手したげよっか?」
テントの中の2人も、いつの間にか敏樹の足元に這い寄り、肉食獣じみた視線と笑みを投げかけていた。
シーラは敏樹の股を握ったまま、耳元に顔を近づけてきた。
「
そう言ってシーラは敏樹の耳をチロリと舐めた。
敏樹は腰のあたりがゾクゾクするのを感じていたが――
「アホぬかせ」
ピシリとシーラの手をはたき落とした。
「ふふん。カッチコチにしといて無理しなさんな」
「やかましい。これは意思ではどうにもなんねぇの」
「ホントにいいのかい?」
「いらんよ。ロロアが悲しむ」
その言葉で、シーラは諦めたように息を吐いた。
「あの娘の名前出されちゃ引くしかないねぇ」
「そういうこった。まぁ、元気になってくれてよかったよ。じゃあ出発は明日ってことで、他の人にも伝えといて」
「あいよ」
敏樹は踵を返し、テントを離れようとした。
「トシキさん」
それをシーラが呼び止める。
「ん?」
「あたしたちを救けてくれたこと、本当に感謝してるからね」
「あー、成り行きだよ」
「だとしてもだよ。出来ることがあったらなんでも言って。あんたらのためならあたしたち何でもするから」
「はいはい」
「ただし――」
シーラは再び獰猛な笑みを浮かべると、背後から敏樹に近づき、手を回して股ぐらを掴んだ。
「おふっ!?」
「ロロアのこと、泣かせたらねじ切るからね」
そしてシーラは再び敏樹の耳元で囁き、耳の裏をチロリと舐めた。
先ほどとは別の意味で腰のあたりがゾクゾクする。
「やめい」
言いながら、敏樹はシーラの手をピシリとはたき落とした。
「言われんでもわかってるよ」
「ふふん。だといいけど」
「じゃ、伝言たのんだよ」
「あいよ。さっさと帰って今日ぐらいは二人っきりであまーく過ごしな。くひひ」
「余計なお世話だ」
彼女たちにとっての救い主はロロアである。
山賊のアジトで救出されたときから今日に至るまで、甲斐甲斐しく世話をしてくれたのはロロアだった。
敏樹がスキルを与え、そのお陰で復調したのだとしても、彼女たちにはそれを認識出来ず、結局のところロロアが一緒にいてくれたおかげで自分たちは元気になれた、自分を取り戻せたのだという認識になっていた。
最初のうちは神か聖人かと言うほどに彼女たちはロロアを崇めていたのだが、ロロアが必死で説得してやめさせた。
彼女らにとっての敏樹は、便利な物を出せる、時々様子を見に来てくれる人、あるいは、恩人であるロロアの想い人という認識でしかない。
彼女たちからあまり依存されたくないと思っている敏樹からすれば、それは願ったりといったところなのだが、ロロアは不満なようである。
敏樹に敬意を払うよう折を見てはその功績を話して聞かせるのだが、結局のところ惚気ということであしらわれてしまっているのだった。
そのお陰でロロアの望みどおり彼女たちとの関係が気安いものになったので、それはそれでよかったのだが。
敏樹は予定が一日伸びたことをグロウに伝え、ロロアの待つテントに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます