第14話『おっさん、女性たちの復帰を支援する』

 スキルを習得するためのポイント。

 この世界の住人が認識することは出来ないが、確かに存在するそのポイントを一言で表すとしたら?


経験値


 これがもっとも適切にポイントを表す言葉だろう。


 ポイントは、何かを経験したときに加算される。

 そこに大きな感情の動きがあるほど、加算される量が多くなる。

 初めての経験、新しい発見、驚き、感動、喜び等々、そういったものでポイントは加算されるのである。

 敏樹が以前巻き込まれた孤独な戦いのように、なにも魔物を倒すだけがポイントを稼ぐ手段ではない。

 魔物を倒すにしても、それこそ命がけの戦いを勝ち抜くのと、ただ作業のように殺戮するのでは、同じ魔物を相手にした場合でも加算されるポイントには雲泥の差が出来る。


 経験により得られる値、という意味でポイントは経験値と呼ぶのがふさわしいのかもしれない。

 しかし、敏樹にとって経験値とは、ゲームで言うところのレベルアップに必要な対価という印象が強いので、今後もポイントはポイントとして考えるのことにした。


 ポイントは経験により得られる。

 それはなにもポジティブなものに限った話ではない。

 怒り、悲しみ、憎しみ、恨み、屈辱、絶望等々、そういったネガティブな感情を伴うような経験であっても、ポイントは加算されるのである。

 例えば今回山賊たちに囚えられていた者たちのような経験であったとしても。


「俺は医者でもカウンセラーでもないんだけどねー」


 と呟きつつ、敏樹は<管理者用タブレット>を操作していた。

 今回救出した女性たちを一時的にパーティーへと加え、敏樹はスキル一覧とにらめっこしていた。

 やはりと言うべきか、女性たちはその悲惨な経験に応じたポイントを得ており、<精神耐性><痛み軽減><快楽増幅>などのスキルを天啓で得て自身を守っていた者もいた。

 とりあえず敏樹は全員の<精神耐性>をLv5以上にし、あとはそれぞれに合わせて調整した。


 既に精神を病んでしまった者に耐性をつけることに意味があるのか、敏樹には甚だ疑問だったが<情報閲覧>によると、精神の回復にはこれが最も有効なスキルらしい。

 <情報閲覧>曰く、精神というものも肉体同様放っておけば自然に回復するらしい。

 しかし肉体と違って精神というのは意図的に休めるのが困難だという。

 例えば辛い経験をした人は、望むと望まざるとにかかわらず、その辛い経験を思い出してしまい、思い出す度にまた精神が傷ついていく。

 しかしその辛い記憶を思い出しても傷つかないだけの耐性を手に入れてしまえば、後は時間とともに壊れた精神は癒やされるのだとか。


「なるほどねー」


 事実、数日の休養を経ることで、まともに喋ることも出来なくなるほど症状の酷い者も、徐々に思考が回復してきたのである。

 無論、回復するに連れてフラッシュバックなどに悩まされるようにもなるのだが、その都度『催眠』魔術で眠らせ、<精神耐性>レベルを上げる、ということを繰り返す内に、全員が社会生活を営めるであろう精神状態まで復調することが出来た。


 ただし、これ精神云々の話はこちらの世界にしか通用しないことかもしれない。

 <情報閲覧>はあくまでこちらの世界の情報を網羅しているに過ぎないのだ。

 魔法というものが存在し、その影響を受けながら歴史を紡いできた人類と、元の世界の人類との間で基本的な精神構造の差異があっても不思議ではない。


「例えばさ。今回のことが全部夢で、明日目覚めたら家の布団だった、みたいなことだったとして、君はこの先どう生きたい?」


 と言った具合に敏樹は各人の要望を汲み取り、その希望に沿ったスキルを習得させていった。

 社会復帰に役立ってくれればと願うばかりである。


 女性たちの世話はロロアが主に行っていた。

 敏樹はスキルの習得とそれに伴う聞き取りを行った程度のことである。

 あまり深く関わって依存されては、お互いのためになるまいと思っての処置であり、決して薄情なわけではない。


 同じ人間の若い女性同士ということもあって、女性たちとロロアは随分と仲良くなったようだ。

 最初はひたすらロロアに感謝しているだけだった女性たちも、精神が復調するに応じて態度も気安いものになり、今となってはキャッキャキャッキャと冗談を言い合う仲に発展している。

 たまにグロウがその様子を覗き、なんとも穏やかな表情を浮かべていた。


 また集落の住人のロロアに対する態度も随分と変わった。

 今回のことで、結局皆が皆ロロアのことを気にかけている事がはお互い分かり合えたので、ぎこちなくではあるが距離が縮まりつつある。


「ロロア、みんなの調子はどう?」


「え? あ、はい。あの、皆さん、元気ですよ、はい」


 問題があるとすれば、距離が縮まりすぎたことだろうか。


「あの、私、皆さんのお世話がありますので、これで!!」


 とロロアは走り去ってしまった。

 その様子を見ていた女性たちがニヤニヤと笑みを浮かべながら陽一に意味ありげな視線を送ってくる。

 そうやって笑えるようになったというのはとても素晴らしいことではあるのだが。


「元気になりすぎるってのも、考えものなのかなぁ」


 おそらくは女性たちがなにやら焚き付けているのだろう。

 困ったものだと思いつつ、敏樹はぽりぽりと頬かいてその視線をやり過ごした。



**********



「ふむ。もう行くのか」


「はい。彼女たちも随分元気になりましたし、いつまでもお世話になるわけには」


「儂らは別にいいのだがな」


「はは、俺がそろそろ旅にでたいんですよ」


「ふふ、そうか。なら仕方あるまい」


 山賊のアジトを滅ぼして半月ほどが経過したある日、敏樹は集落の長グロウの元を訪ねていた。

 家の中にいるのは敏樹とグロウの2人だけで、お互いどぶろくを片手に静かに語りあっていた。


「ロロアはどうする?」


「どうするとは?」


「街に連れて行ってくれといったあれな。あの頼みはまだ有効かなと思うてな」


 ロロアが山賊にさらわれた時、グロウはロロアだけでも救出し、そのままこの集落には戻らず街に連れ出してくれと、敏樹に頼んでいたのだった。


「さて、どうでしょう。彼女が望むならもちろん連れていきますけど、あれ以来ここも随分と過ごしやすくなったみたいですので」


 敏樹は振る舞われたどぶろくをすすりながら、飄々と答えた。


「……抱いたか?」


「ぶばっ!?」


 飲み込もうとしたどぶろくが盛大に鼻から吹き出した。


「汚いのう……」


「ジジイてめーいきなり何言ってんの!?」


「ふむう、その様子だとまだか。存外腑抜けだのう」


「う、うるせー!!」


「ありゃ完全にお主に惚れておるぞ? 気付いておるとは思うが」


「あー、まぁ……」


「儂の孫娘では不満などとは言うまいな?」


 グロウの言葉に殺意が乗る。


「まさか。ロロアはいい娘ですよ、本当に」


「……もし、容姿のことを心配しておるのなら――」


「いや、大丈夫です、そこは」


「そうか」


 ロロアが自分の容姿にコンプレックスを抱いているのは、水精人の美醜の価値観によるところが大きい。

 水精人から見たロロアの容姿は中々クセのあるものらしく、集落唯一の獣人ということもあって過去に色々あったのだろう。

 しかし、人としてロロアを見た場合――


(クッソ美人だったな、うん)


 敏樹はロロアを救出する際、少しだけだがロロアの顔を見ている。

 檻に囚えられ、両腕を縛られていたロロアは、普段かぶっているフードも上げられていたのだ。

 救出後すぐにロロアは敏樹に背を向け、顔を隠したため見れたのはほんの短い時間だったが、それでも脳裏に焼き付くほどの美人だった。

 しかし、容姿云々のことがなくとも、敏樹はロロアに惹かれていたであろう。

 出会ってからひと月足らずではあるが、ロロアとともに過ごしてきてそう思った。


「何をニヤニヤしとるんだ気持ち悪い」


「おっと失礼。おたくの可愛いお孫さんのことを考えるとニヤニヤがとまらなくてね」


「ふん。そういうことは本人に直接行ってやるのだな」


「そうしますよ」


 山賊のアジトを殲滅してからも、ロロアは戦闘訓練を続けており、時々敏樹も相手をしていた。

 この集落に残るというのであれば、必要なことではあるまい。

 おそらくロロアは何も言わなくとも自分についてくるつもりなのではないかと、敏樹は考えている。


「じゃ、行きますわ」


 しかし、そういうことははっきりと言葉で伝えるべきだろうと思い、敏樹は席を立った。


「ロロアのこと、頼むぞ」


「はいよ」

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