第13話『おっさん、集落に凱旋する』

「ロロア、もうちょっとそこ任せてもいい?」


「はい、大丈夫ですよ」


 ロロアは既にヘルメットを脱ぎ、フードをかぶっていた。

 ヘルメットはどうしても威圧的になってしまうからだろう。

 偏光バイザーを下ろしていればなおさらである。

 比較的健康状態のいい水精人や女性がロロアを手伝いつつ、状態の悪い者の世話をしていた。

 敏樹が顔を出すと、何人かは彼に対して頭を下げていた。


 敏樹は砦内と集落内の死体を片っ端から収納していった。

 この世界だと、死体は一定の割合でアンデッドとして起き上がる。

 しかも死ぬ直前まで健康状態の良い死体ほど起き上がりやすいので、およそ150体の死体を放置すれば、半数近くは起き上がるだろう。

 それが交易路に到達し、水精人の村に襲いかかるとも知れないので、死体の処理は適切に行う必要があった。


 山賊一味の中には賞金首が10名ほどいた。

 首領を始め、もとの傭兵団で幹部だったものから、他で賞金首になって森の野狼に合流した者まで、素性は様々だ。

 それら賞金首の死体は後で換金できるので、収納したままにしておくことにした。


 集落の戦いのとき《炎渦》を使ったところがちょうどいい感じの焼け野原になっていたので、そこに賞金首を除く山賊の死体を積み上げた。


「うへぁ……」


 全裸の男が織りなす死体の山というのは見ていてあまり気持ちのいいものではなかった。

 装備品や衣服のたぐいは全て剥ぎ取り、<格納庫ハンガー>内で綺麗にしている。

 死体も<格納庫ハンガー>の機能を使って綺麗に洗浄しているので、これでも幾分かはマシになっているのである。


「ロロアを連れてこなくて正解だな、こりゃ」


 そう呟きながら、敏樹は死体の山に《葬火》の魔術をかけた。

 死体の山が淡く、青白い光を放った。

 これは死体処理専用の魔術であり、淡く光っているが、超高温で焼かれている状態である。

 炎は死体の外側ではなく、内側を燃やすようになっており、みるみるうちに干からびていく。

 やがて皮膚や肉がボロボロと崩れ落ち骨の山になった後、その骨も砕けてくずれ、死体の山は10分程度で灰の山になった。


 《葬火》は死体以外に効果はない。

 生物はもちろん、アンデッドや無機物の魔物に対しても効果はなく、対象を死体・死骸のみに限定することで効率を良くしているのだった。

 死体はたとえ骨だけになっても、スケルトンとして起き上がる。

 骨も残さず処理する必要があるのだ。


「トシキさん!」


 砦からフードをかぶったロロアが駆け出してきた。

 その後に囚われていた人たちがぞろぞろと歩きだしてくる。

 一部の者は他者の肩を借りていたり、意識のないものは抱えられていた。

 救出の際、敏樹は最高位の回復魔術を全員にかけてやったので、逃走防止のために切られていた健などもちゃんと回復しているのだが、衰えた筋肉を回復することは出来ないので、一部満足に動けない者がいるのは仕方のないことだった。


「もう良いの?」


「はい。ちょっと辛い人もいるみたいですけど、皆さん早くここから出たいそうです」


「そりゃそうだよね」


 あと数時間で<拠点転移>のクールタイムが終わるので、それまでここで過ごそうと敏樹は考えていたが、囚われていた者たちからすればここは忌まわしい場所であり、一刻も早く帰りたいというのは当たり前の心情と言えよう。


「あの、トシキさん。その灰の山は?」


「ん? ああ、山賊の成れの果て」


「アンデッド対策ですね。ありがとうございます」


 この世界においては死者を荼毘に付して灰に帰すことはごくごく当たり前のことである。


「ま、そゆこと。じゃあとりあえず集落から出ようか」


 敏樹も手伝いながら、全員を集落の外に出した。

 敏樹は後でここに来れるよう、拠点に追加し、先導して森を抜けた。

 出来るだけ負担の少なそうな道を選び、途中何度か《疲労回復》等の魔術をを使いながらゆっくりと歩き、交易路に出ることが出来た。


「さて、どうやって帰るかな」


 当初、敏樹は山賊のアジトで時間を潰し、<拠点転移>で帰る予定だったのだが、全員をまとめて連れ帰れるかどうかが微妙であることがわかった。

 一応<拠点転移>は敏樹に触れている者は全員同時転移できるのだが、現在ロロアと敏樹を含めてこの場には15人おり、中には生ける屍のように虚ろな状態の女性も数名いる。

 彼女らが万が一転移発動時に敏樹から離れてしまうと、置き去りになってしまうのである。

 バイクを飛ばせば1時間ほどで来れる距離ではあるが、万が一があってはならない。


「車出すかな」


 敏樹は<格納庫ハンガー>から自動車とキャンピングトレーラーを出した。

 皆一様に驚きの声を上げる。


「トシキさん、これは?」


「馬なしで走る馬車みたいなもんだと思ってよ。これで水精人の集落に帰ろう」


 敏樹が用意した車は軽自動車だが馬力の強いもので、災害時に最も信頼のおける車として世界中に名を馳せるものである。

 しかし馬力があるとはいえやはり軽。

 車体は小さく、あまり人を乗せることが出来ない。

 法律上は4名までだが、小柄なものであれば後部座席に3名は並んで座れるし、異世界で道路交通法も何もなかろうということで、残りは10人。

 さすがに大人数を運ぶことを想定はしてなかったが、何かあった時、軽であるがゆえの積載量の少なさを補うために、敏樹はキャンピングトレーラーを用意していた。


 こちらも小回りを重視したのでそれほど大きなものではないが、数人が立てば10人全員が乗り込めるサイズではある。


「とりあえず水精人の集落に行くけど、良いよね?」


 敏樹は人間の女性のなかで、最も健康状態がいい者に確認を取る。

 その女性は一応周りを見た後、無言で頷いた。


 水精人は奴隷として売り払うためか、全員健康状態は良かったので、全員キャンピングトレーラーの方に乗ってもらった。

 後部座席には状態の悪い女性2人と、比較的状態がよく、2人の面倒を見れそうな者を乗せ、残りはキャンピングトレーラーに乗ってもらい、ロロアには助手席に座ってもらった。

 状況的にはロロアにキャンピングトレーラーに乗ってもらい、別の誰かを助手席に乗せた方がいいのだろうが、そこは敏樹のわがままを通させてもらった。


 エンジンの始動音や走り始めこそ皆怯えていたが、ある程度走行すると落ち着き始めた。


「速いですねー」


 とロロアが流れる景色を見ながら感嘆の声を上げる。

 速いと言っても時速30キロ前後なので、敏樹からすればかなりノロノロ運転である。

 悪路である上にトレーラーを引いているので、これでも少し無理をしている状態ではあるが。


 疾駆する馬には遠く及ばないものの、並足で走る馬車と比べれば倍ほど速度ではあるので、こちらの人にしてみればやはり速いと感じるのかもしれない。


 途中何度か休憩をはさみつつ車は進み、日没少し前には集落に到着出来た。


 集落の水精人たちは、入り口に集まっていた。

 なにもずっとここで待機していたわけではない。

 遠くから聞こえる正体不明の音――車の走行音を警戒していたのである。

 そこへ、正体不明の存在が現れたものだから、住人たちの警戒は一層高まった。


 しかしそこからロロアと敏樹が降りると、低いどよめきとともに歓声が上がった。

 そしてキャンピングトレーラーから囚われていた水精人が姿を現すと、歓声は一層大きくなった。

 囚われていた水精人たちは、敏樹に礼を言うと家族や知り合いの待つ集落へと駆け出していった。


「トシキ、ありがとう」


 敏樹が車とトレーラーを収納していると、グロウが来た。

 

「いえ、俺は出来ることをしただけですから」


 敏樹の視線の先では再会に喜ぶ水精人たちがいた。

 しかし、一部の者はさみしげに、あるいは恨めしげにその様子を眺めている。

 今回救出された者に話しかけ、泣き崩れる者もいた。

 今回救出できたのは、たまたまアジトに残っていたほんの数名だけなのだ。


「お前が気にすることではない。あの者達だけでも帰ってきてくれてよかった……」


 敏樹の様子から心情を察したのか、グロウが優しく窘めるようにつぶやいた。


「まだですよ」


「ん?」


「あそこにはいなかったけど、色んな場所でまだ水精人たちは生きています。いずれ救けて連れ帰ってきますよ」


 敏樹は気負うでもなく淡々と告げた。


「そ、そうか……。すまぬ……」


「あ、そうだ。彼女たちなんですが」


 アジトにとらわれていた人間の女性たちの方を見、グロウもその視線を追った。


「しばらくここで厄介になれませんかね?」


「彼女らは?」


「山賊どもに囚われていた人たちです」


「そうか……。うむ、もちろん受け入れよう」


「ありがとうございます」


 敏樹は女性たちの方へ行き、事情を説明した。

 数名がグロウに対して深々と頭を下げた。

 

「ロロア!」


 少し離れた場所で集落の様子を見ていたロロアに駆け寄りながら、敏樹が声をかけた。


「はい、何でしょう?」


 その声は少し淋しげだったが、敏樹は特に言及しなかった。


「悪いけど彼女たちの面倒見てくれるかな?」


「はい、いいですけど……」


「俺はちょっとやり残したことがあるから。夜までには帰るよ。頼むね」


「あの、トシキさ――」


 そう言い残し、敏樹はロロアの目の前から消えた。


 敏樹が転移した先は、森の野狼のアジトである。


「こういうのは残しといてもろくなことにならんのだよね、多分」


 山賊などというものはどこからともなく湧き出て来る害虫のようなものである。

 この場は駆除できても、いずれどこかからここに流れてくるものもいるだろう。

 砦や集落を残しておくと、そのまま居着かれる可能性もあるので、敏樹はここを徹底的に破壊することにしたのである。


「さて、もらった魔力もこれでおしまいかな」


 敏樹が集落の方に手をかざすと、大地が揺れ、集落の建物がボコボコと地面に飲み込まれ始めた。

 砦のあった洞穴も崩れ始める。


 《地陣》


 超級攻撃魔術のひとつである。

 《陣》系の魔術は別名殲滅魔術と呼ばれ、軍を相手にするものだ。

 密集隊形であれば1000名を一気に屠ることが出来るほど強力であり、その威力故に習得や使用が厳しく制限されている、半ば禁術扱いの魔術だった。

 敏樹が放った《地陣》により、森の野狼のアジトだった集落はものの数分で更地となり、砦だった洞穴は入り口が崩れて入れなくなった。

 入り口だけではなく内部でも崩落が起こっており、地形が一部変動していた。


「超級魔術すげーな」


 我が事ながら感心した敏樹だったが、ふと見上げると日はほとんど暮れかかっていたので、全力疾走で森を抜け、オフロードバイクにまたがって集落へと戻った。

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