第12話『おっさん、山賊団の首領と対峙する』

 森の野狼のアジトとなる砦は、元は天然の洞穴ほらあなだったところを魔術や土木工事で広げたり補強したりしながら作ったもので、中には通路や大小様々な部屋が作られている。

 入り口は狭く、さらに格子状の分厚い扉が設けられ、今は閂が下ろされていた。


「格子じゃなくて壁っぽくすべきだったんじゃね? あー、でも空気を通さないとだめかぁ」


 集落内に生きている者が1人もいなくなった敏樹は、ロロアを呼び寄せた。

 そして、先ほどからロロアは格子状の扉の隙間から、容赦なく矢を射込んでいる。


「あー、みんな部屋とか奥の通路に逃げたみたいだね」


「ですね」


 入り口から見える通路には十数名の死体が転がっており、例外なく急所に矢を受けていた。


「どうしましょう?」


 防弾バイザー越しに敏樹を見ながら、ロロアが訊ねてくる。

 その気になれば魔術を使って砦内を蒸し焼きにするなり氷漬けにするなり出来るのだが、事情があってその手は取れない。


「ま、扉開けるしかないわな」


 敏樹は<格納庫ハンガー>から打刀を取り出すと、すらりと鞘を払った。


「キエエエーイッ!!」


 甲高い掛け声とともに、刀を振るう。


「また――あー、いや、初めてつまらぬものを斬ってしまった……」


 敏樹は扉に背を向けながら、パチリと刀を鞘に収めると、静かに目を閉じた。


 数十秒の沈黙。


「あの、トシキさん……?」


 刀を鞘に収めたままの姿勢でじっと動かない敏樹が心配になり、ロロアが声をかけた。

 敏樹はしばらく無視を決め込んだが、特に何も起こる気配はないので、軽くため息をつきながら扉の方を向いた。


「あー、カッコつかねぇなぁ……。オラァ!!」


 敏樹が扉を蹴飛ばすと、蝶番がパキンっと音を立てて割れ、閂はズルリとずれた。


「すごい、鉄を斬ったんですか?」


「一回やってみたかったんだけどね。ホントはこうパチンと刀を納めたところでパキンっと蝶番が切れて扉が倒れるはずだったんだけど……」


「いえ、充分すごいですよ!!」


 <情報閲覧>で調べた所、扉は鉄やら錫やらが混じったあまり質の良くない金属でできていたので、<武器強化>で武器そのものを強化しつつ、魔力を纏わせてさらに切れ味と耐久性を高めた上で斬ったのである。

 別に片手斧槍ハンドハルバードを使っても良かったのだが、なんとなくの気分で刀を使ったのだった。


 ガゴォン!! と大きな音を立てて扉は倒れ、何事かと様子を見に数名の男が部屋や通路から顔を出す。


「と、扉ガッ!!」


 その内の1人は即座に射抜かれた。

 そして次々に数名が射殺されていく。


「俺らに見える位置に顔出したらそうなるに決まってんじゃん」


 敏樹は薄暗い砦内を迷いなく悠然と歩き、その後を少し遅れてロロアがついていく。

 所々に通路が枝分かれしており、その先に人がいればロロアが射抜いていった。


 敏樹は入り口に近い位置から順に部屋や通路を虱潰しに調べていき、1人残らず殺していった。

 こういう山賊連中は、1人でも生かしておけば別の場所で悪事を働き、また善良な人たちが犠牲になるのである。

 容赦など出来ようはずもない。

 生け捕りにするという選択肢がないでもないが、正直時間もかかるし面倒である。

 集落で待つ水精人に、一刻も早くロロアの無事と森の野狼の殲滅を伝えたかったので、今回は皆殺しにすることにしたのであった。


「お、この部屋だな。ロロア、いい?」


「はい」


 敏樹はひとつの部屋の前に立つと、その扉を蹴破った。

 そして踏み込みざまに片手斧槍を振り下ろし、入口近くに立っていた山賊の脳天をかち割る。

 二歩目に踏み込んだところでもう一方の片手斧槍を薙ぎ、もう一人の山賊の首を落とした。


「おっけー」


 敏樹の合図でロロアが部屋に駆け込んでくる。


「皆さん、ロロアです!! 助けに来ました!!」


 その部屋には、捕らえられた水精人が5名、閉じ込められていたのだった。



**********



「では、気をつけてくださいね」


「うん。ロロアもここお願いね」


 救出した水精人のことはロロアに任せ、敏樹はさらに砦を進むことにした。

 水精人たちは人の姿をした敏樹を、随分怯えたが、敏樹は問答無用で『浄化』や『回復』をかけ、水精人たちを癒やしていった。

 そもそも手持ちの魔力は水精人から借り受けたものなので、彼らの同胞に返すのは当たり前のことである。


 <格納庫ハンガー>の共有スペースには食材や調理器具を入れ、簡単な食事ぐらいはこの場で作れるようにしておいた。

 また、ここに来るまでの間、敏樹は可能な限り山賊の死体を<格納庫ハンガー>に収めており、装備品や衣服の類は解体機能の一部を使って剥ぎ取っている。

 流石に人の死体を素材に解体する気ににはれないので死体はそのものはそのままだが、剥ぎ取った衣服類は修繕・調整機能を使って新品同様になっており、それも共有スペースに収めておいた。

 また、同じ部屋に水精人以外の女性が数名閉じ込められていた。

 あまり女性たちの用途は想像したくないが、そのあたりのケアも含めて後はロロアに任せることにした。



 敏樹は独り、アジトを歩く。

 <情報閲覧>を使い、生体反応を見付けては容赦なく潰していった。

 また、お宝や物資、装備品などを見付けては片っ端から<格納庫ハンガー>に収めていく。

 そして最後の部屋にたどり着いた。

 最後といっても一番奥の部屋というわけではない。

 森の野狼の首領の場所を特定し、そこを敢えて最後に取っておいたのである。


 首領の部屋の扉は他の部屋に比べればかなり頑丈にできていたが、片手斧槍で蝶番を破壊し、蹴飛ばしてやれば問題なく開くことが出来た。


「て、てめぇ……なにもんだぁ!?」


 部屋の中には幹部だか護衛だか知らないが、首領を含めて5名の男がいた。

 襲撃の知らせから今このときまで砦内に響いていた破壊音やら悲鳴やらのせいで、全員かなり憔悴しているようだった。

 首領は悠然と、という態度をなんとか取り繕いながら、一番奥の豪華な椅子に座っており、敏樹に声をかけたのは取り巻きの1人だった。


「あ、どーも。大下敏樹といいます。フリーの探検家です」


 敏樹の間の抜けた応答に、男たちは戸惑いを隠せないようである。


「てめぇ、こんなことして、タダで済むと思ってんのか?」


「へぇ。タダで済まないならどうなるんだろうね? 一応アンタら以外全員始末したけど、援軍のアテでもあるのかな?」


「なっ……」


 男たちが後ずさる。


「お、俺たちに、何の恨みが――」


「いや、山賊なんてやってたら恨みなんて買いまくりでしょうよ」


「うぐっ……」


「とりあえず、水精人のお友達です、といえばお分かりいただけるかな?」


 男たちは自分たちが水精人に何をしてきたのか、心当たりがありすぎるのだろう。

 目をそらす者も入れば、恨みに燃えた目で睨んでくる者もいるが、ここまでほぼ無傷でたどり着いた侵入者を相手にする度胸はないようだ。


 その時、敏樹はなにか違和感のようなものを覚えた。


「くっくっくっ……」


 その直後、首領が突然笑い始めた。


「お前、仲間がいるんじゃねぇのか?」


「いるよ」


「そいつはどこにいる?」


「囚われてた人たちの世話してもらってるねぇ」


「くぁーはっはぁ!! 馬鹿かお前?」


 首領が勢い良く立ち上がった。

 手下どもが訝しげに首領と敏樹との間で視線を行き来させていた。


「ここまでこれたのもそのお仲間のおかげじゃねぇのか? あぁ?」


「まぁ、いろいろ助かったのは事実だね、確かに」


「くっくっくっ。おいおめぇら、びびんじゃねぇ。こいつぁ所詮Cランク程度の強さしかねぇ」


 首領の言葉に手下ども色めき立つ。

 さきほどまで怯えるようにのけぞっていた連中が、武器を構え、顔には残虐な笑みが浮かび上がってきた。


「あー、<鑑定>」


 どうやら先ほどの違和感は<鑑定>を受けたためのものらしい。


「馬鹿が。どうせなら仲間も連れてくるべきだったなぁ。ブラフで乗り切るんなら、こうなる前に仕掛けるべきだったぜ?」


「そう? まだ遅くないと思うけど」


 敏樹は余裕の表情のまま、上を指差した。


「え……?」


 手下の1人が上を見上げて間抜けな声を上げた。

 釣られて他の連中も上を見上げる。

 《炎槍》《氷槍》《雷槍》《地槍》と魔術で作られた色とりどりの槍が彼らの頭上に浮いていた。


「ホイッと」


 魔術の槍はそれぞれの男の頭を貫いた。

 首領の表情がこわばり、力なく椅子に倒れ込んだ。


「う、嘘だろ……。魔術を、4つも……詠唱も、無しで……」


「おたくさぁ、<偽装>って知ってる?」


「へ?」


「もう一回<鑑定>かけてみ」


 首領が敏樹の方をじっと見ると、先ほどと同じ違和感を感じた。


「は? ダブルエス……マイナス?」


「おお、ついにSSかぁ。やっぱロロアとの訓練がよかったのかな」


「それに……祝福? 加護? この数は異常過ぎるだろ……」


「つーわけで、これが実際の俺の能力ってわけ」


 首領の股がじわりと濡れる。

 顔は引きつり、頬が痙攣していた。


「ち、ちくしょう……なんで、俺がこんな目に」


「いや、心当たりは腐るほどあんだろ?」


「そうだ!! なぁ、金ならいくらでもやる!! お宝も全部持っていっていい!! だから――」


「いや、ここにあった物は根こそぎ頂いてるし、別におたくの許可は必要ないよね?」


「そんなぁ……」


 首領は目の前に手を組み、涙と鼻水をダラダラと垂らしながら敏樹に訴えかけている。


「頼むよぉ……。これから悪いことはしませんから、命だけはぁ!! ねぇ!?」


「そういうの、お前はこれまで何回聞き流してきたよ?」


 次の瞬間には首領の胸に片手斧槍の穂が深々と突き刺さっていた。


「あ……お……ごぼぉっ……!!」


 首領は驚いたように目を見開き、どこか縋るような目を敏樹に向けていたが、こみ上げてくる嘔吐感に耐えきれず、大量に血を吐き出した。

 敏樹が穂を抜くと、傷口からも盛大に血が流れ始める。


「い、嫌だぁ……じにだくね……ごぼぼ……」


 喉を逆流する血液のせいで言葉を発せなくなった後も、しばらくの間は意識があったようで、首領は何度か咳き込む様子を見せ、その度に大量の血を吐き出した。

 敏樹は首領が息絶えるまでその様子をただじっと眺めていた。

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