第11話『おっさん、襲撃を開始する』
ロロアとの訓練は半日ほど続いた。
といっても、それは現実世界の話。
まず【試験運用モード】で長い時間をかけて訓練を積み、解除後は現実世界でその訓練をおさらいする。
ある程度馴染んできたら、モード中に得たポイントでスキルレベルを上げ、再び【試験運用モード】に切り替えて――、というのを何度も繰り返した。
モード中の時間を合わせると、おそらく半年近い時間を過ごしているはずである。
この訓練は対人戦の経験が浅い敏樹にとってもかなり有用なものであった。
敏樹は様々な武器を手になじませることが出来たし、ロロアは短剣と素手、そして盾を使って色々な武器に対応できるようになった。
現在ロロアは、いつものローブの上に偏光バイザー付きの軍用ヘルメットをかぶっている。
どうしても顔を見られたくないというロロアだったが、フードを目深にかぶったまま弓を使うことは出来ないので、顔を隠すための道具として敏樹が偏光バイザー付きヘルメットを渡したのである。
バイザーにはスモーク処理が施されているため、バイザーさえ下ろしておけば顔は完全に隠すことが出来る。
「よし、ロロアも充分強くなったし、今日はもう休もうか」
「はい」
日が傾き、かなり暗くなったところで訓練を終了した。
モード中は汗をかくこともないが、モード解除後の訓練ではたっぷりを汗をかいている。
敏樹はお湯をたっぷり貯めた携帯シャワーを持っていたが、流石に自分の近くで裸になるのは嫌であろうと思い、『浄化』というあらゆるものを洗浄する生活魔術でお互いの衣服や身体をキレイにした。
元交易路から少し外れた森のなかにテントを張り、そこで一夜を明かすことにする。
食事に関しては調理器具と食材、調味料を敏樹が提供し、それなりに高いレベルの<料理>スキルを持つロロアが作った。
ただバーベキューコンロで魔物の肉や山菜を焼いただけの料理だったが、敏樹が作ったものに比べて格段に味が良かった。
同じ食材であっても、肉や山菜の下処理から調味料の加減でかなり味が変わってくるのだろう。
ロロアは敏樹が持つ豊富な調味料や、使い勝手のいい調理器具に目を
翌朝、日の出とともに起き出した2人は、山賊のアジトを目指して出発した。
夜襲をかけるという選択肢がなかったわけでもないが、ロロアを休ませたほうがいいと判断したので、昨夜は早めに就寝し、たっぷりと休息を取ったのである。
無論、今日の夜まで待つということも考えないではなかったが、もともと敏樹は正面から叩き潰すつもりだったので、そこまで気を使うのが面倒になったのだ。
オフロードバイクの後部にロロアを乗せて、打ち捨てられた街道を走る。
悪路なので1人のときほどスピードは出せないが、それでも時速40キロぐらいなら問題なさそうである。
盗賊のアジトは交易路から少し森の奥に入ったところにあるので、途中でバイクを降りた。
後部シートに乗っていたロロアだが、最初は少し怯えていたものの、5分程度で慣れたようである。
交易路を離れ森の奥へ2キロほど進んだところに山賊・森の野狼のアジトはあった。
かなり鬱蒼と茂った森を抜けねばならず、正しいルートを歩かねば、たとえ歩き慣れたものであっても遭難してしまう様な場所である。
実際、今でも10日に一度は一味の中で遭難者が出るぐらいだ。
<情報閲覧>でいつでも現在位置や目的地の場所を確認できる敏樹が迷うということはないが。
森の野狼は、もともと傭兵団が山賊に身をやつしたものだった。
とある戦で下手を打って団長及び幹部を含め半数近くが命を落とし、残った幹部と団員で交易路の行商人を襲うようになったのがことの始まりである。
最初は20名程度の規模で、森の洞穴を砦のように改造してアジトにしていたが、徐々に規模が大きくなり、今では150人を超える大所帯となっている。
アジトにしても、いまは随分と森を切り開き、集落のようになっていた。
下手をすれば水精人の集落よりも立派な集落である。
「ちわーっす」
森を抜けた敏樹は、木柵で囲われた集落へと歩きながら、見張りと思われる男たちに声をかけた。
木柵は1メートルほどの高さであり、有刺鉄線のようなものを這わせてある。
柵の中ほどに、外に向かって飛び出したような尖った部分があるので、馬防柵を兼ねているのだろう。
このような森の深いところに馬で乗り付けるのは困難だが、この世界には騎獣と呼ばれる魔物を品種改良した騎乗用の獣が存在し、中には険しい森であっても平気で走破できるものもいるので、決して無駄な警戒というわけではない。
柵の一部が扉のようになっており、今その扉はあいていた。
人が2人並んで通れるかどうかという間隔で、その両サイドに槍を持った男が2人、立っていた。
柵の向こうの集落内にも、人が何人もおり、門番とともに敏樹を注視していた。
ちなみに現在、敏樹の傍らにロロアの姿はない。
「なんだ、お前。見ない顔だな」
男の警戒心が薄いのは、そもそもよそ者が森を越えてここまで来たことが過去に一度もないからである。
仮に正しいルートを知っていたとしても、途中にはいくつか罠が仕掛けてあり、それを作動させずにここまで来ることはまず無理だと考えていたからだ。
敏樹の友好的な態度と相まって、関係者だと思ったのだろう。
「ちょっと確認ですが、ここは森の野狼のアジトで間違いないですか?」
その質問に緊張感が高まる。
門番2人は腰を落として身構え、集落内の住人の間にも緊張が走る。
何名かは集落の奥に向かって駆け出したので、報告にでも言ったのだろうか。
「何者だ?」
ここが森の野狼のアジトかどうかを確認するということは、関係者ではない可能性が高い。
あるいは一味の知り合いか何かで、新たにこの山賊団に加わりたいと思って来た者であるかもしれないが。
「あー、どうもどうも。大下敏樹です。フリーで探検家やってます」
相変わらずのとぼけた態度に、男たちは戸惑いつつも警戒を続ける。
「何の用だ?」
「ちょっと討伐に来ましたよっ……と」
敏樹がそう言い終えたときには、門番1人の喉をトンガ戟の穂が貫いていた。
トンガ戟を引き抜くと、喉からドボドボと血が流れ、さらに男は口からゴボリと血を吐き出して倒れた。
「あ……、おま……」
もう1人の門番がうろたえた様子で敏樹の方を見ていたが、次の瞬間、敏樹が振るったトンガ戟の耕作用刃で顔の半分をえぐり取られ、仰向けに倒れた。
倒れた後もピクピクと痙攣する男の胸に、逆手に持ったトンガ戟の穂を刺すと、程なく男の動きは止まった。
「うーん、やっぱトンガ戟は対人戦には向かんなぁ」
次の瞬間にはトンガ戟が消え、替わりに
「て、て、敵襲ー!!」
集落内からその様子を見ていた数名の男が、叫びながら半ば逃げるように集落の奥や、近くの建物に走り込んでいった。
その中の数人が、頭や胸に矢を受けてバタバタと倒れていく。
「な、仲間がいるぞ―!!」
集落内が混乱に陥る。
これまでただ奪うばかりで攻め込まれたことが一度もないのだろう。
一応防衛用の木柵は立てているものの、防衛訓練などは行われていないようだ。
仲間が矢で倒れるまでは、一応敏樹を目指して駆け寄ってくる者もいたが、数名が矢で倒されると、どこから狙われているのか見当がつかず、また、目の前の侵入者以外にどれだけの戦力が在るのかも想像できず、ただ武器を手に右往左往するばかりである。
そうこうしているうちにも、1人、また1人とロロアが放つ矢に射殺されていく。
「さて、初めて人を殺したわけだけど――」
敏樹は倒れて動かなくなった二人の門番に視線を落とした。
「――意外と平気だな」
人を殺せば言い知れぬ罪悪感にでも襲われるのかとドキドキしていたが、感覚としてはゴブリンやオークを手に掛けたのと対して変わらないものだった。
「あー、もたもたしてるといいとこ全部ロロアに持ってかれちゃうなぁ」
敏樹は片手斧槍を両手に下げ、悠然と歩き始めた。
「おじゃましまーす」
開け放たれた扉から集落内に入ると、敏樹は10メートルほど離れたところにいた数名の集団の元へ<縮地>で一気に距離を詰める。
「へ?」
「こんにちは」
入り口にいた侵入者が突然目の前に現れたことに驚き、間抜けな声を上げた男は、次の瞬間斧の刃で首を落とされた。
「ひぃやぁああ!!」
一団が恐慌に陥り、逃げ散ろうとするが、敏樹は逃さない、
1人は身を翻す前に左手の片手斧槍の先端の穂で胸を貫かれ、1人は最初の男を振り抜いた斧を返して振り上げた一撃で顎から脳天を叩き割られた。
少し離れた位置にいた男は一瞬で距離を詰められ、背後から首の裏を穂で貫かれた。
その近くで腰を抜かして倒れそうになった男は、太ももに斧頭の
「いぎゃああ!! 痛ええぇぇ……」
敏樹が斧を引き上げて突起を抜くと、男の太ももから勢いよく血が流れ始めた。
「た、たしゅけて……」
男は血が流れる傷口を抑えながら、縋るような顔を敏樹に向けた。
「今までそういう命乞いをどんだけ無視してきたんだよ、って話だよな」
そう言って斧を振り上げた敏樹だったが、それを振り下ろす前に身を捩った。
「うおっとぉ」
先ほどまで敏樹の体があったところを炎の槍が通り、それはそのまま命乞いをしていた男の喉を貫いた。
肉を焦がす嫌な臭いを漂わせながら、男はその場に倒れた。
「ま、この規模だし魔術士ぐらいいるわな」
軽装の男が敏樹に向かって手をかざしている。
《炎槍》に続けてさらなる魔術を詠唱中なのだろうが――
「遅いよね」
それが終わる前に放たれた敏樹の《炎槍》が、男の腹を貫いていた。
「馬鹿……な……」
自分より後に詠唱を始めた敏樹の《炎槍》が先に発動したことが信じられない、と言った表情のまま、魔術士と思しき男は息絶えた。
「おおっと危ない」
《炎矢》や《氷弾》といった複数の攻撃魔術が敏樹を襲う。
しかし、それらは敏樹に届く前に、壁に当たるような形で消え去った。
「な、《魔壁》!?」
「正解」
敏樹の視線の先には、10名ほどの軽装の男たちがいた。
手数で勝負とばかりに下級攻撃魔術を乱射しているが、敏樹が出現させた無属性の防御魔術である《魔壁》によってあっさりと防がれてしまった。
「くそっ、いつの間に詠唱を?」
「あら、知らないの? じゃあこういうのはどうでしょう?」
敏樹が手を掲げると、頭上に炎の槍が出現した。
「そんな、《魔壁》を維持したまま《炎槍》なんて……」
「あいつ、またいつの間に詠唱を?」
「<詠唱破棄>と<多重詠唱>だよん。ホイッと」
放たれた《炎槍》が、魔術士の1人を貫く。
「んでもって面倒だから、ホイホイのホイ」
ひと塊になっていた魔術士の集団が、突如現れた火柱に巻き上げられる。
目標を中心に、直径約10メートルの範囲を焼き尽くす上級攻撃魔術・《炎渦》である。
「ば、バケモンだぁ!!」
離れた位置で様子を見ていた男が1人、逃げるように走り出した。
「君、失敬だぞ」
敏樹が男の方を指差すと、その指先から《雷矢》が放たれ、男の延髄を貫いた。
「ぎゃん!!」
雷の矢で延髄を貫かれた男は、一瞬叫び声を上げて倒れた後、倒れた後もビクビクと体を震わせていたが、それは延髄に刺さった《雷矢》が放つ電撃を脊髄が受けたことによる反射のようなもので、男は既に息絶えている。
「善良な精人を奴隷として使い潰して死体も解体して売り払うような奴の方がよっぽどバケモンだと思うけどねぇ」
そう呟きながら、敏樹は魔術と片手斧槍で山賊たちを屠っていく。
血に濡れ刃こぼれした斧槍も、一瞬<
集落の山賊たちは、敏樹から逃れるために奥の砦へと向かう者と、集落から出ようとする者に分かれた。
ただ、集落を出ようとした者はことごとくロロアの矢に倒れ、30分ほどで砦の外には誰もいなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます