第9話『おっさん、ロロアを救出する』

「よーし、準備もできたし、行きますか」


 敏樹は集落を出たところで<格納庫ハンガー>からバイクを取り出し、またがっていた。

 <情報閲覧>でロロアの場所を再度確認。

 さらにリアルタイム動画検索で現状を把握。

 リアルタイム動画検索というといまいちピンとこないかもしれないが、簡単にいえば敏樹は<情報閲覧>を使って離れた場所の様子を映像と音声でいつでも確認できるのである。

 ただし、これは緊急時以外に使うつもりはなかった。


 ロロアは現在、両手を縛られ馬が引く小さな荷車に乗せられているようだ。

 荷車には簡素な檻がしつらえてあり、逃げるのは難しい。

 馬は並足で走っているので、時速10キロメートル程度で進んでいる。

 目指す先は山賊団・森の野狼のアジトだろう。

 まだ半日はかかる距離だ。


「さて、ちょっと本気出してみようかな」


 アクセルを回すと、オフロードバイク特有の甲高いエンジン音が鳴り響いた。

 何事かと集落の入り口に付近に集まった集落の住人たちが、随分と驚いた様子を見せたが、敏樹は特に気にせず、バイクを発進させた。



 ロロアを乗せた荷馬車は、集落と街とを結んでいた交易路を走っていた。

 交易路といっても舗装された道があるわけではない。

 無論、ある程度人為的に切り開かれた場所ではあるものの、道そのものは簡易な魔術による舗装と往来で踏み固められて出来た、獣道に毛が生えた程度のものだった。

 往来がほとんどなくなった今、徐々に道は消えつつある。


 そんなデコボコした道を、敏樹は危なげなくバイクで疾走していた。

 オフロードバイクの性能によるところもあるが、それを十全に発揮できているのは<騎乗>スキルのおかげである。

 ロロアが連れ去られて半日程度経っているが、所詮並足で走る荷馬車である。

 バイクであれば例え悪路であっても1時間の距離だ。


「お、見えた」


 バイクを走らせて1時間足らず。

 敏樹はロロアを乗せた荷馬車を発見した。

 馬を引く馬車以外に馬が2頭、それぞれに人が乗っている。

 荷馬車の馭者席にも1人乗っているので、計3人。


「とりあえず、荷馬車止めるか」


 敏樹は魔力を使ってアクセルを固定し、ハンドルから手を離すと<格納庫ハンガー>から取り出したコンパウンドボウを構えた。

 現在、リリースエイドは使っていない。

 というのも、弓系スキルがリリースエイドに対応していなかったからだ。

 習得したスキルに慣れた今、指で引くほうが引きやすくなっていた。


 弓を構え、弦を引く。

 不安定なバイクのにまたかがった状態でも危なげなく弓を構えていられるのは<騎射>のおかげである。

 彼我の距離は300メートルほどで、エンジン音は辛うじて届くといったところだろうか。

 しかし悪路を走る荷馬車が立てているガラガラという音にかき消され、山賊たちの耳には届いていない。


 ヒュコッ!! という短い音とともに、荷馬車の男の後頭部に矢が刺さった。

 男は特に反応を見せず、ただぐらりと前のめりに倒れ、そのまま馭者席から落ちた。

 荷馬車を挟むようにして馬を走らせていた2人の男が驚いて振り返ろうとしたが、1人は振り返る途中にこめかみを、もう1人は振り返ったところで眉間を貫かれた。


 敏樹のバイクが軽快なエンジン音を上げて荷馬車に迫る。

 乗り手を失った馬はそのまま並足で走っていたが、エンジン音に驚いたのか、疾駆し始めた。

 護衛が乗っていた2頭は明後日方向に逃げていき、荷馬車のみが街道を走る。

 しかし、いくら疾駆したとは言え荷馬車を引く馬がバイクにかなうはずもなく、あっさりと追いつくことが出来た。

 敏樹はバイクから馬に飛び乗り、手綱を取った。

 バイクは飛び退きざまに<格納庫ハンガー>へ収納している。


「どう! どう!」


 <騎乗>のおかげか、馬は敏樹の言うことをきき、すぐに止まってくれた。


「ふぅ……、なんとかなったな」


 馬から降りた敏樹は、荷車の檻の前に立つと、片手斧槍を取り出し、檻の鍵を壊した。


「おまたせー」


 檻のドアを開けながら顔を覗かせると、ロロアが檻の隅で怯えたように縮こまっていた。


「ロロア、俺だよ」


「え? あ……トシキさん? なんで?」


「なんで、って助けに来たに決まってんじゃん」


 一瞬嬉しそうな表情を浮かべたロロアだったが、急にオタオタし始めた。

 顔を伏せ、後ろ手に縛られた両手を何とか動かそうをバタバタし始める。


「み、見ないでください……!!」


 ロロアのフードが外れ、顔があらわになっていたのである。

 結局ロロアはもぞもぞと体勢を変え、トシキに背を向けてしまった。


「大丈夫。見てないから。ね?」


 嘘であるが、ここはロロアを落ち着かせるのが先だろう。

 敏樹は背を向けて震えるロロアの頭にフードを被せてやった。


「見てませんか? 本当ですか? 嫌ったりしませんか?」


「別に顔見たぐらいで嫌ったりしないって。さ、とりあえずここから出ようか」


 敏樹はサバイバルナイフを取り出してロロアを戒めを解いてやった。


「……はい」


 フードをかぶって少し落ち着いたのか、ロロアは戸惑いがちに敏樹の手を取り、檻から出た。


「ロロア、今から山賊団潰しに行くけど、どうする?」


「はい?」


 拘束を解かれ、檻から出たロロアは、敏樹の言葉に素っ頓狂な声を上げてしまった。


「あの、どういうことです?」


「いや、そのまんまの意味。今から山賊団潰しに行くから、その間ロロアはどうする?」


「えっと、すいません。意味がわかりません」


「まぁ、意味分かんないよね、うん。というわけで選択肢は3つ」


「どういうわけで!?」


「はは。まぁ最後まで聞きな。も一度言うけど、俺はこのまま山賊団のアジトに攻め込むから、集落に帰るならこのまま帰っていいよ。ってか帰れるよね? これぐらいの距離なら」


 馬車で運ばれたと入っても、今から少し急いで歩けば日暮れまでには集落へ戻れる距離である。

 元々交易路だったところは魔物がある程度駆逐されている。

 もうしばらく放置されればまた魔物の棲家に戻るだろうが、今はまだそれほど危険ではない。


「はい。大丈夫です」


「うん。2つ目の選択肢は、これを期に集落を出ること。街にいけばロロアは普通の獣人だからそんなに目立つことなく、普通に暮らしていけると思う」


 ある意味目立つかもしれないが、と思わないでもないが、今は口にしないでおく。


「もし集落を出て街へ行きたいなら、この辺で待っていてほしい。後で送るから」


 《結界》という魔術がある。

 文字通り、魔物を避けるための魔術であり、野営などでよく使われるものだ。

 その《結界》と護身用の武器を持たせておけば、魔物があまりいないこの辺りで待機しても問題はないだろう。


「いえ、でも……」


「グロウさんがなんで君に大陸共通語を学ばせていたか、気付いてないってことはないよね?」


「う……」


 やはりこの娘はちゃんとグロウさんの気遣いを理解していたみたいだ、と敏樹は少しだけ嬉しくなった。


「3つ目は俺と一緒に来――」


「行きます」


「食い気味に来たな、おい」


「お願いします。少しでもお役に立てるなら連れて行ってください」


「一応言っとくけど、相手は100人からなる山賊団だよ?」


「わかってます」


「実際には150人以上いる。君らの想定の5割増しだ。それでも?」


「かまいません。もしあの山賊団がいなくなったら、また集落は平和になりますよね?」


「それで万事オッケーってわけには行かないけど、アレがなくならないとどうにもならないのは確かだね」


「だったら私は、集落のために戦いたいです」


 ロロアは随分と気合が入っているようだった。


「あんな不当な扱いを受けていたのに? 集落の人達に恨みはない?」


 ロロアは敏樹の言葉を鼻で笑った。


「不当な扱い? 皆さん村長の孫娘で獣人である私との距離をうまくつかめていなかっただけですよ」


「ありゃ、知ってたの?」


「皆さん知ってましたよ。長は不器用ですから、40年も隠し事なんて出来ませんし」


 そしてロロアは嬉しそうにくすくすと笑い始めた。


「まぁ、不器用なのは皆さん同じでしたけど。”他の人には内緒だよ”っていいながら、色々良くしてくれましたから」


「そっか」


「みんなに嫌われて、1人で孤独に生きていけるほど、私は強くありませんから」


 ロロアは姿勢を正し、敏樹に向き直った。

 フードのせいで口元しか見えないが、表情は引き締まっているようだ。


「40年。水精人でもない私を育ててもらった恩があります。少しでも集落のためになるなら、私はそのために頑張りたいんです」


「くっくっく……」


「……あの、トシキさん?」


 敏樹は、こみ上げてくる笑いを噛み殺しながら、集落を出るときのことを思い出していた。

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