第6話『おっさん、現地人にもてなされる』
「どぶろくがあるということは、米があるのですか?」
「うむ。儂ら水精人にとっては酒の原料ぐらいの価値しか無いが、人間は好んで食うからな。以前はよく街に卸していた」
以前は、というところで、グロウの声色は少し悲しそうな、あるいは悔しそうな色を帯びた。
「以前は、ということは、今は?」
「まぁ、いろいろあってな。お主には関係ないことだ」
確かによそ者である敏樹には関係ないことであり、敏樹としても積極的に首を突っ込むつもりはない。
「ところでお主は随分と儂らの言葉が上手いようだが、なにか祝福を得たのか?」
「まぁ、そんなもんです」
今さらだが、この世界にスキルは存在しない。
正確にいうと、スキルはスキルという名で呼ばれない。
加護、祝福、天啓。
スキルはこういった名称で認識されている。
先天的に身につけているスキルを『加護』といい、特殊な施設で後天的に付与されたものを『祝福』、祝福以外の方法で後天的に習得したものを『天啓』という。
言語関連のスキルは加護によって与えられることがほとんどなく、ヒトがいくら努力したところで水精人の言語を流暢に喋ることが出来ないのはこの集落の、ヒトっぽい顔の水精人が証明している。
言語能力に関しては努力によって習得できる部分に限界があり、いくら努力しても天啓を得るまでには至らないともいわれている。
となると、あとは祝福だけが残ることになるわけだ。
「物好きなことだ」
祝福は、主に神殿や各種ギルドの特殊な施設で与えられるものであるが、これは敏樹が<管理者用タブレット>でポイントを使ってスキルを習得するのに似ている。
<管理者用タブレット>のように、どの
ただ、祝福を得れば一気に能力があるということもあり、神殿ではかなり高額な寄付を求められ、各ギルドではそれなりの貢献が必要となる。
この世界住む者にとって、祝福を得るというのはかなり大変なこのなのである。
その貴重な祝福の枠を、水精人という少数種族の言語に充てるというのは、物好き以外の何者でもなかった。
「せっかくなので、俺からもお返しを」
そう言うと、敏樹は<
敏樹自身、あまり酒を嗜むということはなかったが、珍しい酒が手土産として重宝されるのはどの世界でも変わらないだろうとの思いから、色々な酒を用意していた。
今回取り出したのは、それほど高価ではない、180ミリリットルの清酒の小瓶だった。
それとは別に、白いお猪口を3つ、用意した。
「トシキは《収納》を使えるのか」
「ええ、まぁ」
「羨ましいことだ」
ここでいう《収納》は魔術を指し、<アイテムボックス>とは全く異なるものである。
<アイテムボックス>が異空間に物を出し入れするのに対し、《収納》は収納庫と呼ばれる施設と契約し、そこに物を転移させる魔術のことをいう。
収納庫の容量や性能は無論施設に依存する形となり、その性能に応じて利用金額も異なる。
<アイテムボックス>の方が有用ではあるが、加護か祝福で得る必要があるのに対し、《収納》は金さえ払えば大抵の人は使うことが可能だ。
「ほう、見事なガラス瓶だ。それにその白い陶器も見事だな」
透明な、あるいは薄く色の入ったガラス製品がこの世界に存在することは、酒を用意するにあたって確認していた。
3つのお猪口に酒を注いだ敏樹は、まず自分が最初に飲んだ。
「ささ、ゴラウさんも」
「いや、私は……」
グロウは何も言わなくても飲むだろうと思ったが、息子のゴラウは遠慮しそうだったのであえて勧めた。
「ゴラウ、いただきなさい」
ゴラウの敏樹に向けられる視線に、多少警戒の色はあったが鋭さはなくなっていた。
そのきっかけとなったのが、振る舞われたどぶろくを敏樹が躊躇なく口にしたことだった。
通常であれば毒などを警戒してもおかしくないところである。
少なくとも敏樹の側で自分たちを忌避していないのであれば、こちらから敵意を向ける必要はないと考えたのだった。
仮に毒をもられたとしても、<無病息災>が無効化するのであるが、それはゴラウには知り得ないことである。
「はい、では遠慮なく」
まずグロウが飲み、それを確認してゴラウが飲んだ。
毒味という意味であれば先にゴラウが飲むべきであるが、それは敏樹が済ませていた。
であれば、もてなしを先に受けるべきは父の方である。
「おう、これは……」
「へぇ、なんだかすっきりとした飲みくちですね」
初めて飲む酒の味に、2人とも驚いているようだった。
「これも、米から作っているんですよ?」
「なんと!?」
グロウが驚きの声を上げた。
「これは、きっと売れるぞ……」
「でも、父さん……」
「ああ、そうだな」
一瞬期待に胸をふくらませるような雰囲気だったグロウだが、ゴラウの言葉を受け諦めるような雰囲気に変わった。
なにかいろいろと訳ありのようだが、今突っ込んで話を聞く必要はないと判断し、とりあえず聞き流すことにした。
その後、取り留めのない雑談が続いた。
「トシキ殿は冒険者なのですか?」
酔いが回ったのか、ゴラウは随分と気安くなっていた。
ただ、蜥蜴頭は酔っても赤くならないので、その判断は難しいが。
<情報閲覧>で状態を確認してもいいが、なんとなくプライバシーの侵害になりそうなのでやめておいた。
「いや、ただの探検家ですよ。いずれ冒険者にはなるつもりですけど」
探検家と冒険者の間にはそれほどの差はないように思われるかもしれないが、この世界においては明確に異なる。
探検家というのはその名の通り各地を巡って探検する者のことである。
一方、冒険者というのは、冒険者ギルドという組織に所属し、ギルドの規定に従って職務を遂行する者のことである。
敏樹はいずれ大きな街に出て、冒険者ギルドに所属するつもりでいた。
「さて、日も暮れてきたところだし、宿を用意しよう」
「ああ、おかまいなく。空きスペースさえあればテントでも立てますし」
「だめですよ、トシキ殿! あなたは大事な客人なのですから」
最初警戒心はどこへ行ったのやら、ゴラウは敏樹を手厚くもてなす気満々のようだった。
その様子に、グロウも少し呆れ気味である。
「ではゴラウ、ロロアのところへ案内してやってくれ」
「え……?」
ゴラウが戸惑いの声を上げる。
「いや、父さん。ロロアは……」
「ゴラウ」
ゴラウは抗議したが、グロウに重く名を呼ばれ、口を閉じた。
「わかりました……。トシキ殿、こちらへ」
「あ、はい。あのごちそうさまでした」
敏樹は立ち上がり、グロウに軽く頭を下げた。
「いや。こちらこそ。それに、すぐ出て行けなどと失礼だったな。お主さえ良ければゆっくりしていってくれ。何もない集落ではあるが」
敏樹は再び軽く頭を下げた後、ゴラウの後について長の家を出た。
敏樹はゴラウに連れられ、集落の外れに来ていた。
他の住居とは少し離れた場所に、ぽつんと革張りのテントが立てられていた。
ここに来るまでのゴラウの足取りは重く、敏樹は何度か事情を聞こうと思ったが、結局ここまで何も聞けずじまいだった。
「トシキ殿」
ゴラウが随分と沈んだ声で話しかけてきた。
「はい?」
「ここはロロアという者の住まいです。
『長の命により』という部分を強調した辺り、ゴラウにとっては不本意なことなのだろう。
「はぁ」
「その、ロロアは……、心根の優しい女です」
「女!? いや、それは……」
「ああ、ご心配なく。女と言っても、その、容姿がアレですのでおそらくそういうことには……。いや、もちろんトシキ殿がその気なら全く問題はないのですよ?」
「うーむ……」
敏樹としては容姿云々以前に見ず知らずの女性とひとつ屋根の下で眠るというのはどうにも抵抗があった。
しかしグロウの指示でもあるし、無下に断るわけにも行かない。
もしお互い気を使うようなら、このあたりにはスペースもあるようだし、別にテントを立てることにしようと思い、この場は諦めることにした。
ゴラウはテントの入口に立った。
「ロロア、いるか? ゴラウだ」
「……ハイ」
「客を連れてきた。世話をしてくれ」
「……オマチクダサイ」
テントの中から衣擦れの音が聞こえる。
着替えか何かをしているのだろう。
1分と経たず入り口の幕が開けられ、ローブに身を包んだ人物が姿を表した。
「ドウゾ……」
その人物は、全身をローブで包み、口元を布で隠し、フードを目深にかぶっていた。
「ロロア。こちら客人のトシキ殿だ」
ロロアは敏樹の姿を見ると、怯えたようにビクンと震えた。
「心配するな。敏樹殿はヒトだが、悪い方ではない。先ほどまで私と父さんと3人で酒を飲んでいたのだからな」
「ソウ、デスカ……」
その言葉に、ロロアは少し緊張を解いたようだ。
「トシキ殿、これがロロアです。この格好についてはご容赦願いたい」
「ああいえ、大丈夫です」
「ロロア、デス。ヨロシク、オネガ、シマス……」
「ああ、どうも。トシキです」
ロロアと敏樹はお互い頭を軽く下げあった。
「ではトシキ殿、ごゆるりと。なにかお困りごとがありましたらなんなりとこのロロアにお申し付けください。ロロア、大事な客人だ。頼んだぞ」
ゴラウはそう言い残すと、この場を去っていった。
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