第5話『おっさん、現地人に会う』
初めて異世界へ転移してから1ヶ月が経とうとしていた。
その間敏樹は、大体24時間ごとに世界間を行き来し、準備と訓練に費やしていた。
購入したバイクと車は、当初の予想通り乗っていれば転移時に持ち込むことが出来た。
燃料となるガソリンは20リットル携行缶を複数用意してこつこつと持ち込み、メンテナンス用のエンジンオイル等の消耗品も一通り揃えてある。
給油やメンテナンスは<
結局金塊とSUVは売り払い、金を工面した。
異世界にいる間はひたすら魔物との戦闘を繰り返し、体を鍛えつつスキルに慣れていった。
<無病息災>の効果なのか、筋力の上がるペースがとんでもなく早く、かつ体型はある時期からあまり変わらないのに筋力だけは増えていくという状態になっていた。
これはもしかするとゴリマッチョより細マッチョの方を好む敏樹の嗜好をスキルが汲み取った結果かもしれない。
MPも順当に増え、今ではゴブリンの魔石では10%も回復しなくなっている。
現在、敏樹の戦闘評価はSに達していた。
「そろそろ本格的に冒険を始めようかな」
敏樹は難易度設定でベリーハードを選択していた。
行動の選択次第ではすぐに詰むらしいので、準備に時間をかけることは最初から決めていたのだ。
戦闘評価がSになっていれば、大抵のことは乗り切れるだろうと思い、1ヶ月経ってようやく本格的な冒険の出発を決意したのだった。
敏樹は森を歩き始めた。
自転車やバイクを使っても良かったのだが、特に急ぐ旅でもないので歩くことにした。
いくら歩いたところで<無病息災>の効果で疲労はすぐに回復し、実質疲れることはないのである。
敏樹は森を進んだ先にある集落を目指していた。
集落の場所は<情報閲覧>で確認しているが、それ以上のことは調べていない。
あまり詳しく調べるのは、言ってみればネタバレのようなものだ。
それでは面白くない。
3日ほど歩いて集落が見える位置まで移動した。
とりあえず何があるかわからないので、この場所を拠点として追加した。
その集落は森の一部を切り拓いて作られた場所のようで、ざっとみて50程度の簡素な木造の家や革張りのテントが見えた。
集落の周りは簡易な木柵で囲われており、柵の内側では人が行き交っているのが見えた。
敏樹は丸腰のまま集落へと向かう。
武器を携帯して相手に警戒されてもつまらないと思ったからだ。
いざとなればいつでも<
集落の入口と思われるところに、門番らしい者が2人立っていた。
「リザードマン? レプティリアン?」
1人は
しかしもう1人は、一応全身は鱗に覆われているものの、顔はヒトの形に近く、尻尾も細くて辛うじて地面に着く程度の長さだった。
敏樹が2人に気付いたように、向こうも敏樹に気付いているようだ。
2人も門番はどちらも腰を落とし、槍を構えて敏樹を警戒していた。
「何の用だ!!」
「ナニシニキタ!? コンゲツブン、ハ、モウ、ワタシタ、ダロ!!」
「はい?」
いきなり怒鳴りつけられ少し戸惑いつつも、どうやら言葉が通じることに敏樹は少しだけ安堵した。
ただ、ヒトっぽい顔の男のほうが、言葉が辿々しいのは少し気になった。
「あー、すいません。森を探索してたら見つけたので、ちょっと寄らせてもらいました」
俺の言葉に2人の門番が顔を見合わせる。
そして、より警戒を高めた様子で、蜥蜴頭の方が敏樹を睨みつけた。
縦に長い瞳孔が、緊張を示すかのように少し太くなった。
「ヒトが1人で森を抜けられるわけがない。どうせお前も野狼の一味だろうが!!」
そう言いながら、2人は槍の穂先を敏樹に突きつけてきた。
「野狼? いやいや、そんなんじゃないですって。ただの旅人ですよぅ」
敏樹は適当に言い訳しつつも「さすがベリーハード。第一現地人との遭遇がこれとは……」と心の中で呟いていた。
2人の怒声にほかの住人も気付いたのか、ちらほらと人が集まってきた。
集まった人はすべてが蜥蜴っぽい姿だった。
ただ、蜥蜴の因子の混ざり方にムラがあるようだが。
そのすべての人たちが、敏樹に非友好的な視線を送り、時折野次を飛ばしてきた。
「待たんかお前たち」
人混みの後ろからしわがれた男の声が響く。
それほど大きな声ではなかったが、その声はよく通り、喧騒がピタリと止んだ。
そして集まっていた人のかたまりが割れ、その間から杖をついた蜥蜴頭の者が現れた。
男は杖をつきながらもしっかりとした足取りで悠然と歩き、敏樹の前に立った。
「お主、野狼の一味ではないのか?」
「その野狼ってなんです?」
「知らんのならいい。しかし、ヒトのくせに我々の言葉が上手いのだな」
「そっすか?」
「我々の言葉はヒトの口では発音しづらいはずなのだが、お主は完璧に話しておる。面白い奴だ」
つまり、ヒトっぽい顔の男の言葉が辿々しかったのはそういう理由からであった。
敏樹には<言語理解>があるので、あらゆる言語を母国語レベルで話すことが出来る。
「用がないなら帰ってもらおうと思ったが、歓迎してやろう」
「オサ!!」
門番の1人が杖の男に異を唱えるかのように叫んだ。
どうやらこの杖の男がこの集落の長であるらしい。
「長、俺も反対です。こいつが野狼の一味でないと決まったわけではない」
もう1人の門番も同じく異を唱えた。
「ふん。もしこの者が一味であるなら、この者が連中の通訳をしているだろうよ」
「む……確かに」
「ほれ、ついて来い」
長がそう言って集落の中へと歩き始めたので、敏樹は少し戸惑いながらその後について歩き始めた。
集落内を歩いている間、住人からは常に剣呑な視線を投げつけられており、敏樹は少し居心地が悪かった。
周りを見てみたが、すべての住人が何かしら蜥蜴を思わせる容姿だった。
敏樹が案内されたのは村の中心より少し奥にある、一際立派な建物だった。
といってもこの集落の建築技術はそれほど高いものではないらしく、半数は革張りのテント、半数は掘っ立て小屋のようであり、長の家だけがなんとか住居としての体裁を保っている、という程度のものであるが。
「ああ、父さんおかえり。一体なにご……と……?」
おそらくは長の息子と思われる蜥蜴頭の男が、長に声をかけつつ視線を動かしたところで敏樹と目が合った。
「お前っ!? ……いてっ」
敏樹を見て警戒し、身構えたところで男は長の杖で頭を小突かれた。
「客だ」
「客?」
「うむ。騒ぎの元でもある」
「ああ……」
男は構えを解いたが、視線からは警戒心が消えてなかった。
「どもっす」
敏樹は軽く頭を下げ、長の家に入った。
長は外でも裸足であり、裸足のまま床に上がった。
「あのー、靴は脱いだほうがいいですか?」
「そのままで構わんよ」
とのことなので、敏樹は土足のまま家に上がった。
「ま、適当にくつろいでくれ」
長は部屋の奥に敷かれていた革のマットの上に座った。
「どうぞ」
長の息子と思しき男が、座布団ほどの大きさの革のマットを渡してきた。
「あ、どうも」
それはクッションもなければ縫製の後もない、なめした革の切れ端のようなものだった。
敏樹はそれを床の上に敷き、あぐらをかいた。
「儂はここ水精人の集落の長をやっておるグロウという。そっちのは儂の息子のゴラウだ」
どうやらこの集落に住む者たちは水精人という種族らしいことがわかった。
無論、水精人に関する情報をわざわざ<情報閲覧>で調べるようなことはしない。
こういうのは会話の流れ等で知っていくことこそ冒険の醍醐味だと、敏樹は考えている。
余裕を持って冒険を楽しむための強さはもう手に入れてあるのだ。
「どうも。俺はトシキといいます」
「ふむ。トシキか。で、何をしにこの集落へ?」
「特に目的は……。森を探索中にたまたま行き当たっただけですよ」
「そうか。ではこの集落にこれといった用はないのだな?」
「まぁ、そうなりますね」
実際敏樹は、転移先から一番近いから寄っただけである。
「ふむ。では、まぁ一杯もてなそう。朝になったら出て行くがよい」
グロウが何を指示したわけでもないが、息子のゴラウが陶器の壺とコップを2つ持ってきた。
「この集落で作っている酒だ。口に合えばよいが」
ゴラウが並べたコップに壺を傾ける。
壺の口から白濁した少し粘りのある液体が流れ落ち、陶器のコップに注ぎ込まれた。
敏樹はゴラウからコップを受け取った。
匂いも見た目も、どことなく馴染みのあるものだったが、それが一体何であるのかがすぐに思い出せない。
<情報閲覧>で調べればすぐに分かるのだが、それではつまらないと思い、コップを傾け、一口分の液体を口に含んだ。
ドロリとした口当たりのあと、ほのかな甘みが広がったかと思うと、少し強めの辛味が後を追うように迫ってくる。
そしてあるかないかのわずかな発泡。
ゴクリと飲み込むと、すべての味が喉を通り過ぎた後、強烈なアルコール臭が鼻腔を刺激した。
「……どぶろく?」
「ほう……、お前さん、どぶろくを知っておるのか」
それは米から作られるにごり酒、どぶろくであった。
この世界のどぶろくが彼らの言語でどう呼ばれているのかは不明だが、<言語理解>のおかげで敏樹の意図は過たず通じているようである。
「ええ。郷里の特産でしたから」
敏樹の生家からほど近いところに神社がある。
その神社は
神社では毎年どぶろくが作られ、ささやかな祭りが開かれる。
どぶろくは参拝者に無料で配られ、希望者には販売された。
毎年神宮にも奉納される由緒正しいどぶろくだ。
高校卒業とともに実家を出ていた敏樹は、数年前再び実家へと戻ることになった。
特に娯楽のない田舎町だったが、このどぶろく祭はそれなりに楽しみにしており、かならず足を運んで振る舞いの分を飲むことにしている。
一度、神宮への奉納に同行したこともあるが、あれは中々にいい経験だった。
その神社で作られるどぶとくに比べれば、かなりクセが強く、アルコール度数も高いが、しかしこのどぶろくには独特な深みがあった。
米の品種の違いか、あるいは水の違いか。
どちらが美味いかと問われれば、好みの分かれるところであろう。
敏樹にはそれなりに地元愛があるので、どうしても地元びいきになってしまうが、酒好きはおそらくこちらのどぶろくを好むだろう。
「ますます面白いやつだ。さ、もう一杯やれ」
空になったコップに、どぶろくが注ぎ足された。
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