第3話『おっさん、早くも実家に帰る』
「よし、ここを拠点にするか」
訓練を兼ねた魔物との戦いをある程度のところで切り替えた敏樹は、<情報閲覧>で魔物があまり生息していない場所を選んで進み、ちょうどいいスペースを見つけた。
そこへ、多少四苦八苦しながらテントを立て、その中に腰を下ろした。
テントは簡易に組み立てられるものではなく、骨組みのしっかりしたものを用意していた。
一度組み立ててしまえば、あとはそのまま<
「えーっと、拠点の追加は……と」
敏樹が先ほど口にした『拠点』というのは、なにも足がかりとなる場所、という意味だけのものではない。
<拠点転移>
設定した拠点へ瞬時に移動するスキル。24時間に1度、いかなる状況下にあっても使用可能。24時間以内に2回目以降の転移を発動する場合、距離や状況に応じた魔力が必要。拠点は10箇所設定出来、拠点として追加できるのは現在地のみ。一度追加した拠点は随時変更可能。追加・変更が出来るのはそれぞれ24時間に一度のみ。
つまり、行ったことのない場所へは転移できず、行ったことがある場所であっても拠点として追加しなければやはり転移できないというものである。
転移には<座標転移>もあり、こちらは座標を指定することで行ったことがない場所であっても転移が可能である。
経度・緯度・標高で正確に座標を指定しないと、それこそ『いしのなかにいる!』よろしく壁の中に実体化してしまったり、はるか上空や海の底に転移してしまうこともある。
敏樹が持つ<情報閲覧>との相性は抜群なので、使い勝手の面で言えば明らかに<座標転移>の方が便利なのだが、行ったことのない場所へ好き放題に行けるというのが敏樹の好みに合わず、といって転移スキルは魅力的なので、<拠点転移>の方を選択していた。
《現在地を拠点2に追加しました》
敏樹の脳内でアナウンスが流れる。
「拠点……2?」
敏樹が<拠点転移>を発動するのはこれが初めてである。
となれば、拠点1として追加されるはずだが、アナウンスは拠点2と告げた。
「もしかして、スタート地点が既に設定されてたのかな?」
そう思いつつ拠点一覧を確認してみた。
*****
<拠点転移>
拠点一覧
拠点01:大下家
拠点02:水精の森
拠点03:未設定
拠点04:未設定
拠点05:未設定
拠点06:未設定
拠点07:未設定
拠点08:未設定
拠点09:未設定
拠点10:未設定
*****
「……はぁ?」
敏樹は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「大下家って……俺んちだよなぁ?」
**********
ジュウジュウと美味しそうな音を立てながら、と鉄板の上で肉が焼けていく。
事前に購入してあった小型のバーベキューコンロに薪をくべ、適当に切り分けたオークの肉や山菜、きのこ類を焼いていく。
薪はこちらに来たあと、探索のついでに拾っておいたものだ。
生活魔術の《加熱》を使って水気を飛ばし、枯れ葉を集めて、同じく生活魔術の《点火》で火をつけた。
アウトドア経験に乏しい敏樹だったが、上手く焼けていると思われる。
塩コショウを適当に振って味を整え、早速オーク肉を口に運んでみた。
「あっつ……、うまっ」
オーク肉はこちらの世界でも人気のある食肉らしい。
敏樹の感想としては、高級な豚肉といったところか。
魔物とは言え人型だった存在の肉を食べるということに、本来であれば多少の忌避感はあるのかもしれない。
実際、自分の手で解体していれば、少なくとも初日から食べると言うのは無理だっただろう。
しかし<
であれば、普通の豚肉と何ら印象は変わることがなく、これと言って忌避感なく食すことが出来たのである。
山菜やキノコに関しては<情報閲覧>で安全であることと、こちらの世界でもそれなりに食べられているものを確認、選別済みであった。
「ふぅ、食った食った」
テントの中に寝転がった敏樹は、満足げに腹をポンポンと叩いた。
バーベキューコンロや食器類は<
「……ってか、食い過ぎた?」
1人バーベキュー状態だった敏樹は、なんだかんだと肉を追加していき、最終的には2キロ以上を平らげていた。
まぁ、いくら食べたところで<無病息災>の効果により、胃がもたれることもなければ不健康に太るということもないので、特に心配する必要はないのだが。
「さーて、どうすっかなぁ……」
目下の懸案事項はなんといっても『拠点1:大下家』であろう。
「やっぱ、1回確認しといたほうがいいよな」
敏樹は体を起こすと、テントを出て杭を外し、組み上がったままのテントを<
「よし……、じゃあ、行くか」
敏樹は<拠点転移>を発動した。
「うわっ!! びっくりした。 アンタいつからそこにいたの?」
すぐ近くに母の姿があった。
あたりを見回すと、どうやら大下家の庭、それも敏樹が異世界へと渡るときに立っていた場所だった。
敏樹の母は、散った桜を掃き集めているようだった。
「えっと、ただいま」
「いや、アンタ旅行に行ったんじゃないの? なにそのゴテゴテした格好?」
ヘルメットやプロテクター類は外していたが、厚手の防刃パーカーやライダースパンツは、初夏という日本に季節にはそぐわない。
例年とは異なり、桜が残る少し肌寒い気候だとしても。
「えーと……忘れ物?」
「……まぁいいわ。言っとくけど、晩御飯とか用意してないからね」
既に日は暮れかかっている。
「ああ、大丈夫。食べてきたから」
「そう。次は帰ってくる前に連絡ぐらいちょうだい」
「はいよ」
敏樹は多少申し訳なく思いながらも気の無い返事をし、家に入り、部屋に戻った。
ベッドに腰掛け、大きく息を吐きだした。
「戻ってきちゃったなぁ……」
こちらの世界に戻れるとは思っていたかったので、遺言状まで用意したのだが、まさか1日足らずで戻ってくることになるとは思ってもみなかった。
「あー、でも向こうで野垂れ死んだときのために遺言関係はそのままにしとくか」
<拠点転移>は一度使うと24時間のクールタイムが必要となる。
その間に再び<拠点転移>を使うとなると、魔力を消費することになる。
どれくらいの魔力が必要なのか、<情報閲覧>を使って敏樹の保有魔力ベースで確認する。
「下手すりゃ無量大数超えだな、はは……」
居並ぶ0の数に数える気も失せ、思わず乾いた笑いが出てくる。
「……戻れるよなぁ?」
こればかりは試してみないとわからないので、クールタイムが終わるのを待つしかあるまい。
「あ、魔法って使えるのか?」
準備期間の間は【試験運用モード】時のみ魔法やスキルの使用が可能だったが、今はどうなのだろうか。
試しに敏樹は、生活魔術の《灯火》を使ってみた。
「お!!」
人差し指の先に淡い光の玉が現れた。
《灯火》はその名の通り暗闇の中で光源を作成する基礎的な魔術である。
「おぉ……?」
しかし、現れた光源はあまりにも淡く、不安定だった。
魔術は使用者の能力に関わりなく、ある一定の効果は現れるはずである。
これが《灯火》本来の効果だとしたら、光源として使うには不安が残る。
世界をまたいだことによる不具合かどうかという部分についてだが、敏樹は異世界で《灯火》を使っていなかったので、比較できない。
「他の魔術で試してみよう」
敏樹は庭に出ると、物置から石膏ボードの端材を取り、庭の壁に立てかけた。
あたりはもうすっかり暗くなっているが、お陰で人の姿がない。
母の庭掃除も終わっているようである。
一応周りに気を配りながら、『炎矢』を放った。
「おう……?」
放たれた炎の矢は、異世界で放ったものに比べれば随分と弱々しく、速度も遅かった。
その弱々しく飛んでいた炎の矢はどんどん勢いが弱まっていき、標的に届くまえに消え失せた。
「いくらなんでも弱くね?」
続けて《炎弾》を放つも、やはり威力も速度も弱い。
《炎矢》に比べればまだ速いながらも、ひょろひょろと進む《炎弾》は、進むほどに勢いは弱まり、石膏ボードまで到達はしたものの、ポシュ……と情けない音を立てて消滅した。
一応表面がほんの少しだけ焦げた程度であり、これでは軽い火傷にすらなるまい。
続けて《炎槍》を放つ。
これも明らかに威力は弱くなっているが、元々の威力が高いものなのでそれなりの勢いを保ったまま標的に命中。
直撃を受けた石膏ボードはボゴンと音を立てて折れ砕け、その向こうのブロック塀を直撃した《炎槍》は、コンクリートブロックの表面を少し焦がして消えた。
これも本来の威力であれば、石膏ボードごとコンクリートブロックを貫通したはずである。
「えぇー……、すげー弱いじゃんか」
普通に考えれば元の世界でも魔法が使えるという時点でかなりの驚きがあるはずである。
しかし、威力の弱さに対する落胆が大きく、驚くことも喜ぶこともしそびれた敏樹であった。
「あー、なんかしんどい……」
軽いめまいを覚えた敏樹は<無病息災>が上手く働いていないのではないかと思い、自身のステータスを確認した。
すると、MPが3割を切っていた。
「いや、200位上あったのになんで……って、減ってる?」
敏樹のMPは2~3秒に1ずつ減少していた。
<情報閲覧>で原因を調べた所、どうやらこの世界には空間に魔力が漂っていないため、浸透圧的な関係から、体内の魔力が漏れ出しているらしいことがわかった。
「ヤバいヤバいヤバい」
敏樹は慌ててゴブリンの魔石を<
「あ、普通に<
それ以前に<情報閲覧>も使っていたのだが、その辺は頭から抜けている。
とにかく、魔術以外のスキルも使えることが判明したのであった。
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