第2話『おっさん、魔術系スキルを実践する』

 この世界には魔法があり魔術がある。

 魔法は魔力を使って世界に干渉し、何らかの現象を生み出す行為である。

 魔術は魔法を使いやすく体系化した技術である。

 魔法は、効果も範囲も術者の思いのままであるが、消費魔力が多く、その効果は使用者の力量に大きく左右される。

 魔術は消費魔力は小さいのだが、効果も範囲も限定されており、使用者の力量があまり反映されない。

 この時代のこの世界のほとんどの人は魔術の方を好んで使用しており、魔法が使える人はあまりいない。

 魔術を能くする者を魔術士、魔法を能くする者を魔法使いといい、それらは全く異なる存在として認識されている。


 敏樹は<全魔術>を1000万ポイントで習得していた。

 この世界で開発された魔術のすべてを、一応・・使うことが出来る。


 敏樹の視線の先には半人半豚の魔物、オークがいた。

 50メートルほど離れた場所から、敏樹目指してドタドタと走り寄ってくる。

 敏樹はオークの方に手をかざし、《炎矢えんし》を放った。

 本来魔術には『詠唱』と呼ばれる待機時間が必要なのだが<魔術詠唱破棄>を習得している敏樹はノータイムで魔術を発動できた。


 燃え盛る炎の矢がオークへと飛来する。

 それは多くの胸に突き刺さり、数秒で消えた。

 オークは膝を着き、抉れて焼けただれた胸を押さえた。


「オーク相手に《炎矢》じゃ心許ないか」


 俊樹の放った《炎矢》は青銅並みに硬いオークの皮膚を破り、鉄のように硬い筋肉を少し抉りはしたものの、それほど深いダメージとはならなかった。

 オークが膝を着いたのはあくまで《炎矢》を受けた衝撃によるものであり、行動を止めるほどのダメージは与えていない。

 すぐに立ち上がったオークが再び走り出す。

 そこへ今度は《炎弾えんだん》を放った。


 炎で出来た小さな弾丸が、《炎矢》よりも速く飛ぶ。

 《弾》系魔術は《矢》系魔術と同じ下級攻撃魔術だが、《弾》は《矢》に比べて効果範囲が狭い分、速度と貫通力に優れている。

 高速で射出された《炎弾》が、オークの眉間に直撃した。


「ブゴッ!!」


 短くうめきながら、オークが弾かれたようにのけぞり、仰向けに倒れた。


「やっぱ下級攻撃魔術じゃオークは無理か……。はぁ……」


 敏樹はしんどそうに息を吐いた後、再びオークに手をかざした。

 その先で、オークがよろめきながら立ち上がる。

 額の皮膚は焦げているが、その下の頭蓋骨にはヒビすら入っていない。


「しんどいけど、これでトドメね」


 敏樹は《炎槍えんそう》を放った。

 大きな炎の槍が、《炎弾》よりも速いスピードでオークに迫る。


「ブォ……ゴゴ……」


 《炎槍》はオークのみぞおちから背中を貫いて止まり、数秒の間オークの体内を焼き焦がして消えた。

 腹に黒焦げの穴を空けたオークが力なく倒れた。


「ふぅ……」


 敏樹は大きく生きを吐き出した後、少しめまいを起こして近くの木に手をついた。


「MPが少ねぇ……」


 <情報閲覧>で確認できる敏樹のステータスは以下のとおりである。


*****


名前:大下敏樹(トシキ)

種族:ヒト

年齢:40


状態:魔力消耗


HP:86/100

MP:21/100


戦闘力評価:A-(C)


23,458.369pt(非表示)


所有スキル

省略


*****


 この世界にはレベルや能力値といったシステムは存在しない。

 HPヒットポイントは存在維持力とでも言うべきもので、0になると生物の場合は死亡、無生物系魔物やアンデッドの場合は活動停止となる。

 MPマジックパワーは魔術や魔法の使用時に消費する保有魔力量を表すもので、3割を切ると疲労感を覚え、そこから消耗するごとに意識は混濁し、0になると意識を失う。

 HP/MPとも100を最大としたパーセンテージで表示される。

 能力値などは体調次第で変動するので、数値として表示することは出来ないらしい。

 その代わりに、身体能力や所有スキル等を考慮した上で【戦闘力評価】というものが算出される。

 ただしHP/MPにせよ【戦闘力評価】にせよ、あくまで大雑把な目安でしかない。

 能力評価に関しては【生活力評価】【経済力評価】等に切り替えも可能だ。

 やたらハーレム推しだった町田あたりの仕業か、【性活力評価】というものも選択可能だった。


 また、ステータス内の()表示は誰かに<鑑定>された場合に表示される表示である。

 これにはレベルマックスの<偽装・ステータス>を使っているので、看破される恐れはない。


 戦闘評価だが、A-エー・マイナスというのは人類の上位1割に入る程の強さである。

 ただし敏生の【戦闘力評価】だが、所有スキルの割には低い。

 これは、スキルを十全に活かせるだけの身体能力や経験がないせいであろう。

 鍛えていけばそう遠くない内にSランクに至るはずである。

 実際敏樹がこちらに転移した直後の戦闘評価はDだったのだが、幾度かの戦闘経て飛躍的に成長し、半日でA-に至った

 ちなみに最高位はSSS+トリプルエス・プラスでそれを超えると算出不能のエックスとなる。


 少し話はそれたがMPがかなり絶望的なことになっている。

 これでもレベルマックスの<消費魔力軽減>で、MP消費は1割に押さえているのだ。

 にも関わらず、下級攻撃魔術2回と中級攻撃魔術1回で8割を消費してしまうというのは中々に辛いものがある。

 この世界においては、魔術士でもない一般人であっても、この十倍ほどは魔力を有しているのである。

 やはり魔力のない世界で、元の体のまま転移したことによる弊害であろう

 ただ、魔力は消費すればするほど、回復時には最大保有量が増加する。

 無限に成長し続けるわけではなく、限界に個人差はあるものの、敏樹の魔力量は着実に増えていた。

 ここに来た当初は、下級攻撃魔術2回で7割以上消費していたのだから。

 <保有魔力成長促進><保有魔力成長限界突破>を習得しているので、いずれ魔力量は増えていくはずである。


 消費されたMPだが、1秒に1%程度のペースで回復していた。

 いくら俊樹のMPが少ないと言ってもこれは異常である。


「<無病息災>とっといて正解だったな」


<無病息災>

 万難を排して心身を最良の状態に保つ。


 敏樹は100億ポイントを消費して<無病息災>を習得していた。


 ステータス上にあらわれるHP/MP等の表示は、あくまで便宜上のものである。

 なので、<HP自動回復>や<MP消費軽減>といったスキルは存在しない。

 しかし<無病息災>の効果を端的に説明するなら『HP/MP自動回復』『状態異常無効』をあわせたようなものだった。

 怪我も疲労も魔力消費もすぐに回復するし、毒、麻痺、催眠、呪い等々あらゆるバッドステータスを無効にする。

 さらにダメージや疲労の回復はすなわち成長を意味する。

 筋トレで筋肉痛を得た後、回復すると筋力が上がるように。

 そしてバッドステータスには『老化』も含まれるため、回復のために代謝が高まろうと、老化が促進されるということはないのである。


 しかし、いくらすぐに回復、あるいは成長するからと言って、今の魔力量では不便すぎる。

 無論、そのあたりの対策にも漏れはない。


「やっぱ100以上は増えんね」


 自身のステータス上でMPが100に達し、当たり前であるがそれ以上増えないことを確認した敏樹は、<格納庫ハンガー>からゴブリンの魔石を取り出した。

 それは荒く削り出された黒曜石のように黒光りする石で、大きさは親指の先程度のものだった。

 魔石を握った状態で敏樹が何かを念じると、魔石が淡く光り、その後砂のようにボロボロと崩れ去った。


*****

MP:213/100

*****


「よし、成功」


 MPの少なさを解消するのに敏樹が選んだスキルは<魔力吸収>と<保有魔力限界突破>である。

 <魔力吸収>は文字通り魔力を吸収するスキルだ。

 魔石に限らず魔力を宿すものであればあらゆるものから魔力を吸収できるのだが、最も効率がいいのが魔石である。

 <保有魔力限界突破>は、簡単に言えば100以上のMPを保有できるスキルである。

 これらのスキルを使ってMPを一時的に増やせば、一応すべての魔術を使うことが可能というわけだ。


「ゴブリンの魔石以下の魔力……」


 魔石の中でも最小の部類に入るゴブリンの魔石で、100以上の魔力回復したことにショックを隠せない陽一であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る