第一章 冒険の始まり

第1話『おっさん、戦闘系スキルを確認する』

 敏樹は森の中を歩いていた。

 コンパウンドボウに矢をつがえ、手首にかけたリリースエイドの先のフックは弦に引っ掛けてある。

 腰を落とし、木陰に身を隠しながら、足音を殺して移動する。

 大木の幹に半身を隠すような形で立ち止まり、弓を構えた。

 サイトで標的を捉え、リリースエイドで弦を引く。

 弓がしなるとともに滑車がキリキリと回り、弦が張られていく。

 ギリギリまで引き絞ったところで、リリースエイドのトリガーを引いた。

 狩猟用の鏃を着けた矢が目にも留まらぬ速度で飛んでいく。


 コッ! と矢が固いものを貫く音が響いた。

 その後ギャアギャアという喚き声。

 敏樹の手の中にフッと矢が現れる。

 流れるような所作で矢をつがえ、弦を引き絞りトリガーを引く。

 そうやって2発3発と矢を放っていった。


「さすが<弓術>レベルマックスだな」


 敏樹の手からコンパウンドボウが消え、手ぶらの状態で矢の飛んでいった方へと歩いて行く。

 300メートルほど離れた場所に、5体のゴブリンの死骸が転がっていた。

 身長は120~130センチ程度、緑とも茶色とも言えない肌をもち、華奢な骨格の割には筋肉質である。


「微妙にフォルムが違うんだよなぁ」


 例の防衛戦にもゴブリンは現れたが、目の前にいるものとは微妙に姿形が異なるのだった。

 町田が言うように、この世界があの戦いとは無縁であることは間違いないようである。


 矢はすべて頭部に命中していた。

 敏樹は<弓術>をレベルマックスで習得しており、『身体強化』魔術で筋力を上げることで張力100ポンドのコンパウンドボウを軽々引くことが出来た。

 さらに<剛弓>で威力を、<遠射>で射程を底上げしているため、有効射程を大幅に超える距離であるにも関わらず、充分な威力を保ったまま標的に到達し、ゴブリンの硬い皮膚や頭蓋骨を容易に貫いていた。

 300メートル離れた距離で正確に標的を捉えることが出来たのは<感覚強化・視覚>のおかげである。

 <弓術>スキルでも威力や射程、視力のアップはされるが、動作の高速・効率化と命中精度の上昇がスキルの本領である。


 ちなみに戦闘系、強化系スキルはレベルマックスで習得しても10~100万ポイント程度であり、億単位の敏樹にとっては取り放題のように思われたが、とにかく数が多いので考えなしに習得していくとあっという間に1億2億は消費してしまう。

 なにせすべての武術系スキルをまとめた<武神>は5000億ポイントを要するのだから。


「ほいっと」


 敏樹がゴブリンの死骸に触れると、矢が刺さったままの死骸がフッと消える。

 そうやって一体ずつ触れては消していく。

 敏樹はゴブリンの死骸を<格納庫ハンガー>へと収納していたのだった。


 <格納庫ハンガー>は<アイテムボックス>の上位スキルである。

 容量無制限かつ、収納物ごとの時間経過を調整できるレベルマックスの<アイテムボックス>機能に加え、収納物の解体・再構築・修繕・調整機能や、他者との共有機能が追加されている。

 今回の場合だと、まず収納したゴブリンの死骸が皮・肉・骨・牙・臓器・血液そして魔石に解体され、刺さっていた矢が分離される。

 さらに分離された矢は鏃やシャフトの歪みが修繕され、新品同様の状態となった。

 欠けたり削れたりして消耗した部分は復元しないしないので、永遠に使い続けられるわけではないが、それでもかなりの回数再利用出来る。

 コンパウンドボウに関しても、事前に収納していたグリースを使って滑車が調整され、弦もしっかりと張り直される。

 言うまでもないが、敏樹が異世界へ持ってきた大量の荷物も、既に<格納庫ハンガー>に収納済みである。


「さて、次は……、こっちの200メートル先にコボルトの群れか」


 <情報閲覧>


 <鑑定>の上位スキルである。

 ただし、<鑑定>と違って、対象を視界に捉えている必要がなく、ある程度条件を指定して検索することで、逆引きも可能だ。

 たとえば「半径500メートル 魔物」で検索すると、半径500メートル以内に魔物がいれば、その結果を教えてくれるのである。

 検索結果の表示に関しては、視界に現れているとも脳内に表示されているともとれる不思議な感覚であったが、行動を阻害するような形にならないのは便利が良かった。

 無論、対象を視界に捉えての鑑定も可能である。


 また、<鑑定>が対象から情報を引き出すのに対し、<情報閲覧>はセンターから情報を引き出すようになっている。

 なので、相手に一切気取られることなく情報を引き出すことが出来、いかなる隠蔽や偽装も無意味となる。

 ちなみにセンターというのが一体何なのかについて、敏樹はあまり考えないようにしていた。


 敏樹は森を走りコボルトの群れを目指す。

 <気配遮断><忍び足>を駆使し、音もなく移動していく。

 もし気付かれても、<情報閲覧>を使って「自分に気付いている 魔物」で検索しているため、すぐに把握できるようになっている。


 敏樹のそれぞれの手には片手斧槍ハンド・ハルバードが握られていた。

 コボルトの数は4匹。

 ちなみに魔物の単位はすべて『匹』で、死骸は『体』となる。

 

 4匹すべてのコボルトのちょうど死角になるところから襲いかかり、まずは1匹の後頭部に片手斧槍の刃がめり込んだ。

 一撃でコボルトを仕留めたが、その攻撃で他3匹に気付かれる。

 半人半犬のコボルトが、牙をむき出しにして敏樹に襲い掛かってきた。

 まず小剣を振り下ろしたコボルトの攻撃を、左手に持った片手斧槍で受け止める。

 コボルトは、動きは速いが攻撃が軽い。

 なんの苦もなく剣撃を受け止めた敏樹は、斧の刃と柄で剣を引っ掛けて動きを封じる。

 連携するように別のコボルトが槍で敏樹の胴を突いてきたが、敏樹はそれを身を捩ってかわし、勢い込んで間合いに踏み込んできたコボルトの喉を片手斧槍の穂先で捉え、そのまま貫いた。

 それとほぼ同時に、剣を引っ掛けていた片手斧槍をグイっと引いて相手のバランスを崩して前につんのめらせ、敏樹は片手斧槍を振り上げると斧頭の刃の反対側にある突起ピックをコボルトの脳天に叩きつけた。

 突起はコボルトの頭蓋骨を貫いて根本まで刺さり、脳を破壊した。

 残り1匹は右手に持った片手斧槍を投げつけて倒した。

 斧頭の刃がコボルトの眉間に半ばまでめり込んでいた。


「よし、スキルの組み合わせもバッチリだな」


 片手斧槍は敏樹オリジナルの武器なので<片手斧槍術>というスキルはない。

 <斧槍ハルバード術>はあるのだが、それはあくまで長柄の斧槍用なので、応用は利かなかった。

 そこで敏樹は複数のスキルを組み合わせることを思いつく。

 柄の短い手斧を両手で扱う<双斧術>、レイピアやエストックといった刺突に特化した剣を扱う<刺突剣術>、そして手斧を投げて攻撃する<投擲術・斧>の組み合わせで、十全に片手斧槍を扱うことが出来た。


 もうひとつのオリジナル武器であるトンガ戟に関しては<槍術>と農業スキルの<鍬術>を合わせてそれなりに使えるようになっている。

 他の武器に関してだと、スリングショットの場合は<射撃術><剛腕>そして弓でも使っている<遠射><感覚強化・視覚>で、100メートル先のゴブリンの頭蓋骨は砕けるようになっており、近接戦闘の補助として<指弾>を習得しているので、金属弾を指ではじくことも可能だ。


 日本刀類については<剣術><打刀術><小太刀術><大太刀術><二刀術>を習得。

 素手でも戦えるよう<打撃格闘術>と<柔術>も習得していた。


 敏樹は左手に持っていた片手斧槍を<格納庫ハンガー>に収納し、コボルトの死骸も収納した。

 投擲し、コボルトにめり込んだ片手斧槍は、収納後死骸から分離されるのであえて抜く必要はない。

 そしてそれぞれ修繕・調整機能により血糊が洗い流され、刃や突起は研ぎ直される。

 <格納庫ハンガー>の機能はあくまで修繕と調整であって、再生や回帰ではない。

 なので、刃は研げばその分薄くなり、いずれは片手斧槍も刀も使えなくなる。

 当分先の話ではあるが、いずれは新しい武器を手に入れる必要があるだろう。


「さて、次は魔術を使ってみるか」


 敏樹は新たな獲物を求めて森を歩き始めた。

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