第230話 海の向こうの島国で・インタビューウィズリアルマーリン


西暦1920年、オックスフォード。


元軍人だというその紳士は取材対象である銀髪の若者の指に一匹の蜘蛛が這い上っているのを見て反射的にのけ反り、がたっ!と音を立てて椅子ごと後ずさった。


「おや?蜘蛛は嫌いですか?」


長い銀髪を括り、透明に近い灰色の眼をした端麗な顔立ちの若者は右手の人差し指まで上って来た体長4.5センチ蜘蛛を愛おしげに眺め、コテージの空いた窓から庭に離してあげた。


「私の故郷では蜘蛛は害虫を食べてくれる益虫だから大事にしているのですよ」


「子供の頃、父の赴任先であるアフリカでタランチュラに噛まれましてね、それ以来蜘蛛は苦手なんですよ…失礼、話を途切れさせてしまいましたね。ここまでお話を聞くとつまり、貴方が、その、


グレートブリテン島の未来について予言を行い、ブリテン王アーサー・ペンドラゴンを導き、ストーンヘンジを建築した。


と云われる予言者マーリンだと?」


「伝承の全てに関わっている訳では無いけれど」


と言い置いてからニギハヤヒはため息を吐いて天井を仰ぎ、


「ええ、そうですよ。皆さんが良く知る魔法使いマーリンは私です。かれこれ2700年生きています。ああそうそう、話が途切れてしまってましたね」


と優雅な仕草でミルクティーを一口飲み、高天原族王弟ニギハヤヒは1100年前に故国である日の本からアイルランドのナイジェル王他17名の精霊族が心を開いて正体を明かしてくれた時の事を語り始めた…



あの新月の夜、


玉座の間に灯された燭台の光の中でマルベリー王ナイジェルを始め彼を取り巻く17人は皆、縦縞の長い髪を中空に浮かせ、服から覗く肌は白い兎のような体毛に包まれていて、そして、私の内心の驚きを面白がって見ている眼はルビーように紅く、昆虫のような複眼をしていた。


「紹介しよう、これが自らを精霊族と呼んで森を作り、隠れ暮らしている僕たちの真の姿だ。マーリンことニギハヤヒよ…実は、ぼくたちは最初から君の正体を知っていて助け、領地に連れて来たのだ」


と告白したナイジェルは白い手差し出して「近うよれ」と私に呼びかけ、従者ディアミドが「怖い事ではないから主の手を取って良い」と言うので私は柔らかい白い体毛に包まれたナイジェルの手を取った。


するとたちまち私の脳内に10か月前、海岸に打ち上げられ仰向けになったまま気を失っている自分の姿が映し出された…


僕を発見した漁師のコルムはじめアイルランド上王謁見の帰りにたまたま馬車で通りかかったナイジェルとディアミド、そして3人の護衛たちが周りに誰も居ないことを確認するとまずはディアミドが黒と白の縦縞の髪の精霊族形態になり、長く浮かせた毛髪の全てを触手として私の頭頂からつま先にかけて健康状態を探り、疲労と空腹で寝ているだけだと解ると今度は髪の毛全部で私の頭部を包み、


この少年は異民族のようだが何処から来た何者なのか?


と眠る私の意識下の記憶を探った。が、彼らにとって未開の地で育った異星人の王子である私の情報はあまりにも膨大過ぎた。



「な…何てことだ!!」


とディアミドは鼻血を垂らしながら頭を抱え、人間形態に戻りその場にうずくまる。戦士型精霊族として生まれ屈強な肉体を持つディアミドだからこそ私の読み取りに耐えられた。


「我が主、そしてコルムよ。いまは私の心を通して読んでこの少年の情報を少しずつ少しずつ読み取るのです。でないと倒れますよ」


彼のいう通りにナイジェルとコルムはディアミドの肩をそっと触り、そして私の生い立ちをなぞるように読心する。


「私が観ているのは何だ!?人が創りし人(人口生命体の智持)の母から生まれ、九尾の狐と白き龍に育てられ、この世界の果てのナカツクニという処から来ただと?」


「王様、これは妄想ではなく本当の体験です。狐の毛や龍の鱗の質感までも我が肌に伝わって来る…そしてこの少年にも我々と同じような能力があるようです」


とあまりにも荒唐無稽な少年の生い立ちにめまいを起こしそうになりながらもこの年15の二人の少年はディアミドを通して精霊族特有の能力で私の大体の情報を読み取り、


こいつをどうしようか?


としばし考え込んだ。


「差し出がましいようですが、この子は私から言わせていただくと人の形をした異物です。今ここで楽にして差し上げた方が早いと思うのですが」


とディアミドが躊躇いなく腰の剣に手を掛けようとするのをナイジェルは「やめろディアミド、殺すな!」と威厳を持った声で制した。


「それにしてもなんて遠いところから長い旅をしてきたのだ…実に勇敢なり。決めた。我マルベリー国王ナイジェルは彼を客として遇する」


と宣言し、私の命を救った。


「それになあ、ディアミド。精霊に変化できる我々も周りの人間からしたら異物だぞ。違うし理解できない、というだけで人間たちのようにいちいち簡単に殺したくはない。そ、れ、に」


とナイジェルは従者に向かって「違いを学ばないと人生面白くないではないか」と言い放ち、ぎゅっと片目を瞑って見せた…


「とにかく彼を起こす前に脳に障壁を張って、見た目がゲルマン人っぽいから『逃げてきた奴隷なんだな、可哀想に』って芝居を打つぞ」


そう一同は頷き合い、コルムが桶に海水を汲んで私の顔に浴びせたところでナイジェルの記憶の伝達を止めて私に「目を開けていいよ」と促した。


目を開けると再び精霊族の姿に変化したというより本来の姿で


(ほらごらん、マーリンは真相を知らされて驚いているよ)

(一旦殺されそうになったのか?と少し怯えているわ)

(暗殺者から王を守るためとはいえディアミド様は敵には容赦無いからねえ)


と彼ら特有の思念波で語り合っていた。


要するに私はこの10か月間、マルベリー国の精霊族にとって脅威をもたらす存在かどうか観察されていたのだ。


それを知った私の心に不快とか恥ずかしいとかの負の感情は全く起こらず、寧ろ彼らも高天原族同様、普通の人間と違いすぎるが為に秘密を抱えながら暮らし、月の光の無い夜にだけこうして本来の姿で会合を行うだけの、穏やかな人たちなのだと理解すると、彼らに対してさらに親しみが湧いてくるの心に感じた。



高天原族である私と精霊族形態のマルベリー国の人々がお互い通じ合った時の心の第一声は


良かった、受け容れられた…


という安堵に満ちた全く同じものであった。


「さて、本題に入ろう」


とナイジェルが指を弾くのを合図に精霊族たちは人間の形態になり、私が見慣れたその人たちが実は領内で特に親しくしている者ばかりだった。



「なるほど、本当に厳重で慎重ですね」


と先ほどまでオレンジと白の髪の精霊族だった男が実は寝起きを共にしていた農園主のリーアムだったと知った時、私は感心と呆れの気持ちでため息を漏らした。


「悪かった!マーリン。お前が働き者で善良な奴だと見極める役目を仰せつかってたんだ!」


とリーアムは少し後退してきた自分の前髪をぺちり!と叩きながら豪快に笑った。


「マーリン、今君が見た通りマルベリー国の精霊族は領民137名の内17名。


その内精霊族形態になれるか人間のまま生きるか解らない12才以下の子供が40名。


私たちのようになれるのは4人に1人。

という確率でしかも平均寿命40代と極端に寿命が短い。二年前、ヴィロン国王であられた父上は43才という寿命でお亡くなりになり、子供たちの中で唯一力が発現した第三王子の私は精霊族の血を遺すため森の中の領地を拝領して初代マルベリー王に即位した。

ヴィロン家は代々精霊族の特殊な力で心を操り、周辺諸国に敵意を抱かれないよう争いを避け、穏やかに暮らしてきたが…君も感づいてるだろう?


溶かした鉄を叩いて武器を作り、戦の準備をして我々を屠り、蜂蜜酒を始めとする森の特産品がもたらす利益を狙っているいくつかの国の気配を」


この時代のアイルランドは人口50万人以下ながらも160以上の小国が存在し群雄割拠していた不安定な政治情勢であった。


西隣の島からはアングロサクソン七王国に統一王権を作ったウェセックスの王、エグバードの孫であるエゼルレッド1世が圧力を掛け、首都ダブリンを中心とする島の北側では北欧からの移住者であるヴァイキング達が続々と入植し、一応はアイルランド上王(この時代では宗教的代表という立場)であるイー・ネール王朝も己が権威に固執し、この島の民の人心になど目もくれやしない。


「君と出会う前に上王さまに謁見してよおっく解ったよ。上王一族の中にこの島を統一する気概のある人なぞいやしない。このまま周辺諸国に浸食され続けていく未来しかない。とね!


ねえ?我々ゲール人の精霊族はこのまま減少し、ある日他国の軍勢に襲われてこのマルベリー国も滅びてしまうんだろうか…?」


そう言ったきり玉座で頭を抱えるこの若き王を助けたい。と私は強く思った。


「お嘆きになるばかりでは何も守れませんよ、ナイジェル。

先ずは剣や兜を作り、一応の軍備を揃えて教練することです。


人間というのは弱いと思った相手を平気で蹂躙する生き物ですからね。


…そうですね、まずは過去3度あなたに暗殺者を差し向けその度ディアミドの返り討ちに遭った兄君のウェスト・ヴィロン王を失脚させて城塞と領地を確保し、分化したヴィロン家をあなたが統一させるのです。

一族に関しては近親婚はなるべく避けて精霊化できる者としない者との婚姻を奨励し、他国人の中に精霊族を見つけたらその者を積極的に取り込むのです」


不思議なことだ。


幼き頃より祖母の天照より叩き込まれた戦略がこの時はすらすらと口を突いて出た。


「近いうちにイー・ネール王朝を倒しこの島を統一する王が生まれて来ます。が…統一の陰には必ず多くの血が流れ、その者の治世は長くは続きません。


おわかりですか?ナイジェル。貴方は王として領地と民と一族の血を守るため、周辺諸国の王たちと盟約を結び、会見の度に相手の敵意を無くさせる『人たらし』にならなければいけません。


真の勝者は死の瞬間まで周りを欺き続けた者です。


マルベリー王ロバート・ナイジェル・ヴィロンよ、

いまここでお覚悟を」


異国から流れついた一見気弱そうな少年マーリンが王様の前で胸を張り、


国の将来について堂々と王に覚悟を迫る光景に玉座の横で見ていた従者ディアミドは一瞬頭に血が上った。


我が王になんと無礼な!この場で斬ってしまおうか、とまで思った。が、自分が剣を抜こうとする瞬間に相手の手刀から放たれる真空波で心臓を切り裂かれる、とまで私の戦力を読み取り、刀の柄から手を離した。


「剣士ディアミドよ、賢明な判断です」


そこまで言って私は初めてこれだけは誰にも見せていない「肉体の力」を解放し、己が髪を逆立て、瞳を輝かせたのです。


そうです。故郷である葦原中つ国を出発する時から私は海の外で会った人達にに思考だけを読ませて真の戦闘能力は隠す。


生きるか死ぬかの危機を察知するまで周りの全てを欺き続けていたのは私の方なんです。


これが、宇宙一の戦闘民族高天原族の狡猾さなのです。


周りが呆気に取られる中、


あっはっはっはっは…!


とナイジェルはさも面白そうに手を叩いてお笑いになり、


「全く…君の記憶だけ覗いて優位に立ったつもりでいる我が愚かだった。僕たちが絶対滅を放つ前に今の君の手刀一振りでここにいる全員が切り裂かれる。ゲームでも立ち回りでも負けたよ。


賢者マーリンよ、今より君を政治顧問として召し抱えたい。異論はないかい?」


異星人である究極の異物を前に命の危険も感じず笑い飛ばす少年王に私は祖母天照と同じ明るく温かいものを感じました。


ああ、この人なら。と差し伸べられた手を取り、


「ありがたきしあわせ」と感謝を述べた瞬間、私は賢者マーリンとなったのです。


王の政治顧問になった私はナイジェルを狙っていた兄君を狩りの最中に捕らえてヴィロン家の人間であるという記憶を消して国外追放し、他のご兄弟がたも臣従させナイジェルを初代マルベリー国王兼統一ヴィロン国王に据えました。


ナイジェルは45で亡くなるまで生涯をかけて近隣諸国はじめ上王家と会談を重ねて存分に人たらしの本領を発揮して不戦協定を結び続け、マルベリー国に後の100年の安寧をもたらしたのです。


「まさか、『あの』マルベリー卿の始祖ナイジェルの話!?ブライアン・ボル王のアイルランド統一を支援しその後の大粛清にも遭わずに20世紀の今まで一族と領地を守り続けている奇跡の貴族家の!?」


「あれは予知したことを告げるべき相手に告げただけのこと。ヨーロッパの歴史は貴方の方が詳しいから裏付けについては丸投げします」


とニギハヤヒは取材者にしれっと言ってのけ、冷めたミルクティーで喉を潤した。


取材者である紳士も同じ動作をしたがその手はかたかた震えている。


「私が王に召し抱えられた3年後にリーアムが逝き、その10年後にディアミド、さらに16年後に4人の子を遺してナイジェルが寿命で世を去りました。最後に私の手を取りながら


『…今わかった、この世には違いしかないんだ。魂と意思を持ってこの世に生まれた我々人間こそ違いの集まりなんだ。理解する煩わしさを放棄して同じになれ。と他者に押し付けるから不幸になるんだ。人と違いすぎる私たちさえ上手くやれたのに、ねえ?』


と言い遺し、私と子供たちを見つめながら笑って息を引き取りました。わずか45年の人生でこれだけ達観して逝った王もいるのに…1100年経っても人間ってのは何も変わっちゃいない。さて、この話は貴方にとって必要な情報を与えたでしょうか?」


「充分すぎるほどです。マルベリー国を離れたのはいつですか?」


「漁師のコルムとリーアムの娘エーファの結婚の仲立ちをして、彼らの孫に名づけをした後です。まずはウェールズ島に旅立ちそこでマグリン・ウェストと名乗り引きこもって暮らしていました。それから先はあなたがたが良く知ってるんじゃないですか?」


気が付くと窓の外には夕日が差し、日没が始まろうとしている。慌てて紳士は立ち上がった。


「自転車でここまで来たので今のうちに失礼します。お話ありがとうございました」


と右手を差し出し握手を求め、ニギハヤヒも力強くそれに応じ、コテージの居間に


かっぽーん!と握手の音が鳴り響いた。


その瞬間、紳士の記憶からニギハヤヒにとって都合の悪い情報だけが消去された。


もし本物のマーリンに会うときは


決して紙とペンを持ち込んではならない。礼を失してはならない。彼が語った内容をそのまま人に話してはならない。


でないと心を抜き取られるよ…


と一部の学者たちの間でまことしやかに囁かれる


「マーリンは話を面白く伝えてくれる人物を選び、ある日、対象の脳内に年月日と場所を指定し、そこに導く」


という噂の通りまた一人の人物がマーリンの語り部として世に送り出された。


17年後、彼は長編の児童文学小説を出版し、彼が綿密に作り上げた架空の神話や様々な種族との交流と戦いの中で特に永遠に近い寿命を持つ優美な一族が世界中の読者を魅了した。



「え…あのハイファンタジーのエルフのモデルって…僕のご先祖様たちと高天原族がベースなの!?」


2013年12月、ロンドン。


次代のマルベリー卿である17才のクローヴァー男爵家御曹司、アーサー・ナイジェルはタウンハウスの居間で午後3時から5時のお茶と菓子であるローティーの最中にニギハヤヒの昔話の中からとんでもない事実を聞かされ、喉に残ったスコーンの欠片で思わずむせそうになった。


ローテーブルの向こうの銀髪の青年は砂糖多めのミルクティーを一口飲んでから、


「It is right(左様でございます)」


とだけ言ってお茶目にウインクして見せた。
































































































































































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