第227話 虚空に浮かぶシャーレ

正月7日の夕方6時過ぎの商店街は肉屋から流れる揚げたての惣菜のコロッケの匂いや


「さぁーあ、今日は七草粥野菜詰め合わせセットタイムセール!3割引きだよー!」


と掛け声を上げる八百屋の店主の掛け声、部活帰りの中高生たちのお喋り等、日常の賑やかさに満ちていた。


その中でキャリーバッグを左肩に担ぎ、背中に白い龍の刺繍をしたスタジャンを羽織った金髪の若い女性がくちゃくちゃと音を立ててガムを噛みながらクリーニング屋の戸を開け、


「ちわーッス!来陽軒の出前味噌ちゃんぽん大盛りと特大豚まん2個届けに上がりましたあー!」


と明るい声を張り上げる。


カウンター内でラジオを聴いていた年の頃50過ぎの雇われ店長のヒデさんはでっぷりした体を揺すりながらパイプ椅子から立ち上がり、


「おー、いつもすまんねハルちゃん」


とエプロンのポケットから財布を出して代金を払おうとした瞬間、


ぴゅっ!


と音が鳴り視界が真っ暗になった。ハルちゃんが口から吹き出したガムが20センチ四方に広がりヒデさんの顔を湿布みたいに覆ったのだ。


「…⁉︎」


慌てて尻餅をついたヒデさんは背後のハンガーラックの、クリーニング済みのコートやら学生服やらをずらりと吊るしたさながら商品のカーテンの向こうに滑り込み、後方50センチ右横にある床上の非常レバーに手を掛けようとした時、その手指をカウンターを飛び越えて入って来たハルちゃんがラックから一本取った青いワイヤーで捕らえ、思いっきりねじり上げた。


指先から肘まで激痛が走り、降参!とばかりに床をタップした左手の甲をスニーカーのかかとで踏みつける。

「ダメですよぉー。スパイがこれしきの制圧で降参しては」


と笑顔でヒデさんの背中に馬乗りになりもう一本のワイヤーハンガーで彼の両手を拘束したハルちゃんは客が見ることのない店の奥の棚を見上げ、そこに据え付けられた軍用無線機と十数台もの盗聴器がががーぴーぴー、とノイズを発している様に、


「成程、ここ2ヶ月で急に電磁波濃くなったと思ったら、これか」


と呟きながらヒデさんの顔に貼り付けた粘着シートの口元だけを剥いで声を出されないようにすかさずゴムボールを彼の口中に押し込み、次に鼻を露わにしてやっと息が出来るようにしてあげた。


ぶふー、ぶふー、と豚のように息をするヒデさんの服を脱がせて下着姿にし、スカジャンのポケットから出した結束バンドで彼の両足首を固定すると…


あかーん、「荷物」目測120キロ越え。運搬の応援頼む。


とプリペイド携帯で仲間にメールを送りきっかり5分後にクリーニング工場の軽ワゴン車が裏口に横付けされ、作業着姿の仲間二人で段ボールを被せた「荷物」を台車に乗せて堂々と積み込み、何処かへと車は走り去った…



疾風の運び屋、ハルちゃん。


こと小日向晴美こひなたはるみ24才。1400年続くこの国最古の諜報組織、「オニ」の機動部員で主な任務は他国他組織のスパイ狩りである。


彼女のコードネームは「猿飛」。


ここは東京下町根津の安宿兼居酒屋、グラン•クリュ。カウンター席で今夜のまかないである目玉焼き乗せハンバーグとカブの味噌汁、ご飯は七草がゆorおにぎり。

を食べ終えて一息ついていた戦隊スイハンジャー留守居役部隊である隆文、正嗣、琢磨、蓮太郎たちの携帯が同時に鳴り、「作品167、聴きたがり屋の豚」というタイトルのメールに添付されたブリーフ一丁の肥満男が亀甲縛りにされている写真を見せられ、


食後30分経過してて良かった…と思った。でなければ吐き気を催していただろう。


「これは一体どういう事なんですか?オッチーさん」


と琢磨以外の三人は明らかに一部の性嗜好の方向けの写真を表示した携帯の画面を、


これ送ってきたの絶対オマエだろ?


という非難の目でカウンターの中でコーヒーを飲んでいた店員オッチーにかざして見せた。


何故なら彼の正体は1400年以上前から生きている修験者、役小角であり日本初の諜報組織「オニ」の頭領なのだ。


部下たちに命じて自分たち戦隊に言えない活動しまくっているに違いない彼は人間チャーシュー写真の真下にあるテキスト、


057


で全てを察し、


任務ご苦労。とだけ返信をしてすぐさまメールと写真を削除した。


「『白雪』さん、相変わらず美しい縄づくりでしたねー」


「だろー?」


と変態画像を話題に軽口叩き合う琢磨と小角。


「まったくもう仲間たちにこんなヒドイ写真見せて…もそろそろ『彼女ら』の存在を説明したらどうですか?」


「…そーだよなー。新年早々不快な思いをさせてすまない。先程の写真は俺たち忍び組織、オニの中のくの一集団、五七ゴシチからの任務完了報告だ。

さっき映ってたのはプラトンの嘆きに繋がるスパイで盗聴師『環八の秀』の捕獲映像なんだ」


ゴシチ?


と公的機関が使う隠語みたいな名称に隆文たちは顔を見合わせ、


「あー、ゴシチは中忍クラスの女性だけで構成された敵対組織スパイ狩り、ハニートラップ、

限りなく拷問に近い尋問。などなど表沙汰に出来ない仕事を受け持つ機動部隊なんだ…」


「何ですか?その昔流行った小説のタイトルみたいな業務内容は。作者の浦上風うらがみふう先生に謝って下さいよ」


と正嗣が呆れながら物申すのに対してあー、うー、と今夜の小角は歯切れが悪い。


「ぶっちゃけ汚れ仕事担当なんだべな?その人たち。女性に汚れ仕事させるのは本意ではない小角さんを尻目にウズメさんが創設した部隊か?」


「その通りです…」


と小角が白状したと同時に勢いよく店の入り口が開き、


「ちっすー!ゴシチ顔役『猿飛』参上!」

とブリーフケース片手に颯爽と現れた髪を金髪に染めたスカジャンの女性と共に入って来たのは、何と大天使ウリエルで、


「猿飛と白雪の尋問でプラトンの嘆きの化学拠点突き止めたぞ。お前らに出動要請だ」


となぜかポケットからガラスのシャーレを取り出してカウンターに置き、緑、白、黄色のカビが培地に生えた様子を差して、


「これが今の地球の有様で人間というのは人種、宗教、社会形態が違う人間どもが培地という資源を食い潰してやがては絶えるカビでありこの星自体もオゾン層というガラスに守られたシャーレに過ぎない。

君たち戦隊はほんのひと時培地が消えないように毒カビ、プラトンの嘆きを掃除してもらっている訳だ、奴ら、2つの拠点でとんでもないものを作りだしたぞ」


ここでウリエルに促された猿飛ことハルちゃんがブリーフケースを開き、10数枚の写真と何かの施設の図面と数式と化学式が印字された計画書の束を頭領である小角に手渡した。


それに目を通した小角は一瞬堅い表情をし、


「成程、福明の失態で焦った敵さんが人類大粛清を謀るMADな計画な訳ね」


と隆文たちに指令の説明を始めた…
































































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