第224話 ゲオルグ•バウムガルデンからの招待状

2014年1月3日午前0時。


白い髪に赤い瞳をした双子の姉弟天使、サンダルフォンとメタトロンは地球時間にして16年に一度の宇宙調律プログラム点検を終えた。


「おっけー、松の内にお仕事終了でし!」


とこたつに乗せた互いのノート型パソコン越しにハイタッチした見た目16、7歳の姉弟は地球に降臨してからほぼ1か月間集中していた仕事を終え、尻に敷いていた座禅用座布団を枕代わりにこたつ布団の中に体を横たえ寝落ちしそうになっていた。


「あれあれ、ちゃんと歯ぁ磨かにゃ虫歯になるでよ~」


と声を掛けたのは小人の長老であるハガクレ。こういう時実家の母ちゃんみたく起こして歯磨きさせて布団に誘導させたい処なのだが、


なにしろ自分はちっちゃい。


ちょうどトイレに起きた我が孫きなこを始めとするちび小人5体に「ちょっと『あれ』やってくれだがや」と頼むと「んだ~」きなこ達は口元に性格悪そうな笑いを浮かべた。


仕事が無いときの双子の眠りは彼らを創った「兄」である大天使ラジエルに宇宙の始まりの場所で強制的に眠らされているので夢を見るというのは皆無であった。


だから16年に一度ほかの大天使たちの休眠期に目覚めさせられ、仕事をしている合間に見る夢は例えば自分が古代ギリシャの劇場で歌う女優だったり、ポンペイで暮らす貴族の若者だったり全く別の人生を体験できるから面白い。


石の劇場で響かせる歌声、蜂蜜入りのワイン。楽しい記憶の後には決まって貴族の囲われ者になるのを拒んで喉を掻き切って自害したり突然の火砕流に生きたまま灼かれる夢にうなされる…


いつもこうだ。人間なんかに生まれなければ良かったのに。と過去5、6回の生では世を恨み人を憎みながら命尽きる。


いっそ人類なんて全て。と思い詰める程の苦しい記憶から姉弟を救ってくれたのが肩から背中に掛けての痛気持ちいい刺激。


目を覚まして顔だけ上げて見るとうつ伏せ寝の背中のツボに当たるところをわーいわーいぼむぼむぼむ!とちび小人たちが懐かしき玩具ホッピングでジャンプし、強制的に目を覚ましてくれた。


「あででででで!!いきなりなんて起こし方するんでしかあーっ⁉︎」


とサンダルフォンとメタトロンは驚いて跳ね起き、その反動でちび小人たちはホッピングを片手に持ちながらくるくるくると空中で後転してからしゅたっ!両足で畳に着地した。


「おみゃーさんらこたつで寝落ちして悪夢にうなされてたでよ。ほれほれ!ちゃんとお風呂入って丁寧に歯磨きして寝巻きに着替えて寝る!」


とハガクレに言われるままに寝支度を済ませてシーツに糊の効いた分厚い綿布団の中に体を横たえて目を閉じるとそのまま熟睡してしまった。


ハガクレは孫たちが寝床に戻ったのを確認するとまつ毛まで白い双子の寝顔を見つめ、


「サンちゃんメタちゃんはこれからが本当の新年だでよ」


と優しく声を掛けた後、エレベーターで下って培養 育室のアクリルの中で高さ1メートルの生命の樹を見上げた。


ここは高台寺地下30メートルにあるスクナビコナ族の拠点である研究施設にてスクナビコナ族の培育施設。


3500年前、コトシロ王子によって救命カプセルごと釣られ、思惟によってこの地球に移植された小人たちを生み出す生命の樹は松の盆栽から垂れ下がる葡萄の実みたいな形状をしていて緑色に輝く実ひとつひとつの中では今も小人の胎児がすくすくと育っている。


103年前、アルジュナ計画の名のもとにスサノオの魂の器たる高天原族を再現させる為ニニギの細胞から培養された野上鉄太郎もここで生まれたのだ。


かつてスクナビコナ族も他星系で暮らしていた生命体であったがそこの星の人間どもに迫害され、ハガクレの樹から生まれた大勢の子供たちが戯れに殺された。殲滅される前にハガクレは生き残った孫のスミノエと生命の樹を持って救命シャトルに乗り込み、冷凍冬眠状態で長いこと宇宙空間を彷徨った末、地球のこの国に辿り着いた。


小人達を苦しめた故郷の星の人間どもはは3000年前、ウリエルのハンマー一振りで絶滅した。


それを聞かされた時、ハガクレと小人たちの胸に去来したものは下等な生き物を滅ぼして復讐を果たしてくれたウリエルへの感謝だった。


さて、この星の人間も荒廃著しくなってきた。宇宙の「上」の方はアルジュナ計画の結果次第で人間をどうするか賭けに出たようだけれども…


また同じことを繰り返すに決まっている。とハガクレは思っている。


「ま、その時が来たらまた子供達を連れて脱出すればいいだけのこと」


と果皮ごしに透けて見える胎児を愛おしげに見ながらハガクレはすげなく言い放った。


人の子よ、いま聞くがいい。

天使も小人も決して人間の味方でも友達でも無いのだ。



亡き父の親友だった世界的指揮者クラウス・フォン•ミュラーから一通のメールが届いたのは正月3日のお昼で、いい加減飽きてきたお餅をレンチンしてまとめて薄く広げて台にしてとろけるチーズとと冷蔵庫に余っていた野菜やベーコンを乗せて焼いたお餅ピザを叔母の祥子と姉夫婦と共に食べていた時だった。


「まさか結婚してすぐに赤ちゃんが出来るとはね〜。年末の朝にサッちゃんが陽性の妊娠検査薬持ってうちに駆け込んできた時はビックリしたわよ」


と優雅な仕草で紅茶を飲む叔母の祥子はその時の事を思い出し、


「…それは真っ先に夫の芳郎くんに見せるべきものじゃないの?」


と顔を真っ赤に上記させた姪に問うたら「見たんです、見たんですよ!でも『お互い30過ぎてるし子供作るかはひとまず置いて楽しく暮らそうね〜』と新婚生活計画を練っていた矢先にこの事態なんです!どうすればいいんでしょうか⁉︎」


といつもはきちんと整えている髪をぐしゃぐしゃにして姪よりもテンパっているその夫を見て、


うっわ、私がミシェル妊娠を告げた時の元夫の反応と同じ。


と自分も気を鎮めるためひとつ大きなため息をついた祥子は自分の携帯で真っ先にかかりつけの産婦人科である篠田産婦人科の番号を押して受付に今日の外来の予定は午前は12時まで。午後は14時から17時まで。初診の診察も可と聞くと「今からそちらに伺いますね」と言って携帯を切ると、


「サッちゃんよりもテンパっている芳朗くんはお茶でも飲んでここで吉報を待つこと。いいわね?」


と両肩を押してソファに座らせ一応落ち着かせて自分が運転して病院まで連れて行き、受付から診察。


「おめでとうございます、赤ちゃんですよ。妊娠11週です」

と聡介の親友で産婦人科医の篠田博通から妊娠確定の報を受けて妊娠届出書と各種パンフレットの束を貰って帰るまで緊張が抜けない1日だった…と振り返った。


「ほんと、年末最後の診察日だったから焦ったわよ」


と妊娠発覚から一週間経ってようやく現実を受け入れた姉夫妻はお餅ピザをパクつきながら「まずは名前考えなきゃね」「男の子でも女の子でも沙智さんの子なら美形ですよ」とお気楽に会話を交わしている。


「体重増やすのは5キロまでだよ姉ちゃん。『わーい2人分食べちゃえ』と暴食すると妊娠中毒症とか妊娠期糖尿病とか合併症起こすリスク高まるからね」


といちおう医師として忠告しながらも、


鉄太郎じいちゃんの子孫がまた増えるんだな。と感慨に耽っていた時セーターのポケットに入れていた携帯が振動し、取り出して画面を見ると…




「マスター」に近しい最重要人物の情報入手。21時0分にこの人物にSkypeで面会されたし。


ミュラー


との文面。

とうとう来るべき時が来た。と直感的に思った聡介は正月三が日の最終日、指定の時間までだらだらと過ごす事に決めた。


夕方前に姉夫婦が帰宅し、夕食を食べて休憩した後軽いストレッチをして芯から温もるまで湯船に浸かって風呂から上がり、ドライヤーで髪を乾かしてセーターとストレッチズボンという格好で自室の机のノートパソコンを開き、20時57分からSkypeのアプリを開いて待機した。


そして21時0分。Skypeの画面には暖炉を背景に革のソファに座った年の頃60過ぎの灰色の髪と目をし、顎髭を生やした男性が英語で聡介に向かって「まずは新年明けましておめでとう。私の名はゲオルグ•バウムガルデン。チューリヒのバウムガルデン銀行頭取です。君が…野上聡介くん?」


とゲオルグはネットの画面越しにじっ…と聡介の顔の細部まで眺め、


「やっぱり君は写真で見たフロレンツィア伯母さんの面影がある」


とそこで初めて相好を崩した。


「え?ゲオルグさんってフロールばあちゃんの甥?ってことは僕たちは遠縁の親戚ですね」


1940年、経済官僚としてチューリヒを視察中だった野上鉄太郎はバウムガルデン家令嬢でバイオリニストのフロレンツィアと知り合い、駆け落ちして日本まで逃げ帰った。


その一件以来両家の子孫が接触する事など無い筈だが、72年ぶりに聡介を指名してこうしてネット越しに面会を求めた従兄弟叔父の真意とは一体何だろう?


「実は我々バウムガルデン一族は事業の一環として将来有望なソリストを支援してきた。マエストロミュラー長年親しくさせて頂いているのだが彼の依頼を受けて秘密結社プラトンの嘆きのマスターを標榜している蔡玄淵なる人物の正体をよく知る人を見つけ我が家で匿っている。

対象自身に危険が及ぶ為直接君達のほうから我が家に出向いて面会して欲しいんだ。頼む。尚、交通費始め出国してからの費用は全て当バウムガルデン銀行が負担する。行程のガイドはラファエル•ボッチェリーニ君に任せて欲しい。会えるのを楽しみにしているよ」



Skypeの画面が消え、PCの電源を切った聡介は紹介されたガイドの


ラファエル。


という名前にいやーな予感を覚えた。


背後に気配を感じた聡介が振り返るとそこにはスーツ姿の緑色の髪と眼をした青年天使、ガブリエルが立っていてその両脇には


日本工業新聞を広げたスウェット姿の勝沼悟と


昨夜リビドーデストロイヤーを発動させて好きかもしれない相手をボコボコにしそうになった事実を知り、


故郷の十勝で愛馬のマキちゃん(サラブレッド)に泣きながら草を与えていた作業着姿のきららが強制転送されていた。


上下紺色のスーツに身を固めた旅人の天使ラファエルは休眠期明けの初仕事で張り切った声で、


「はーい!戦隊スイハンジャーを代表してシルバー野上聡介どの、ブルー勝沼悟どの、小岩井きららどのをヨーロッパ一周プラトンの嘆き真相探求ついでに壊滅的打撃を与えるツアーにご案内致しまーっし!


ガイドは今より旅人の天使になったラファエルでーし!」


と久しぶりの外出にテンションだだ上がりのラファエルに向けて聡介は、


「は、は、は…こいつぁエキサイティングな旅になりそうだぜい」


と乾いた笑いと棒読みの台詞で答えるしか無かった。



































































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