第194話 将軍タケミカヅチの回想


とある未開の惑星に降り立ち、


「…この惑星はまだ若く大気も水も資源も豊富である。故に降下と居住に支障なし」


とひととおりの調査報告を終えた調査員のひとりが

「さてと」


とシートの中で大きく伸びをしてから…宇宙服兼戦闘服を着たまま調査船から亜熱帯の植物が繁り竜類の動物が跋扈する外に出ると、


数日前から目を付けていた火山帯まで時速150キロの速さでひとっ走りし途中、自分の10倍の大きさの猛獣の追撃をなんなくかわしながら湯気が沸き立つ温泉地にたどり着いた。


彼は白濁した温泉の温度と成分をゴーグルで計測し、


ナトリウム・カルシウム・硫酸塩・塩化物泉(弱アルカリ性)の疲労回復に効く彼好みの泉質だと解った瞬間、彼はマスクの下でうはっ!と笑い、


右、左、さらには上空1500メートル以内に誰もいない事を確かめてからスーツの左手首内側のスイッチを押す。


彼の全身を纏うスーツは瞬時に粒子と化して手首のバングルに吸収された。


脇側が切れ込んだ白い上着に白い筒袴という高天原族の平服まで脱いで素っ裸になった彼は長い銀髪を紐で括ってためらいもなく温泉にざぶん!と浸かると可愛い顔立ちに似合わずう、あ~!と中高年のおっさんみたいなため息を洩らし、


「はぁ~気ー持ちいぃっ!地味な調査の任務の合間にこうして温泉で癒されないとやってらんないよねー」


と温泉に顎まで浸かって鼻唄を歌っていた。


しかし、誰にも知られていない筈の彼の愉しみを絶対見逃してやらない存在が居た。


ちょうど鳥が翼を広げた形をした銀色の戦闘機が成層圏を通過し、相手に気付かれないように地上ぎりぎりまで機体を浮遊させる。


(…こちらいかづち。目標を視認で確認しました)


(了解、隠密での成層圏突破に成功しましたわね!将軍どの)


(思惟どのの遠隔操作のおかげです、これから任務を遂行するゆえ)


そう言って操縦士は戦闘服のマスクを取り、えへん、と咳をしてからマイクのスイッチをONにした…


「こらあああっ!右騎将軍タヂカラオよ、偵察任務の合間に湯浴みとは何事かあーっ!」



高天原族宇宙軍内で


いかづち


と評される程の左騎将軍タケミカヅチの怒声はスピーカーを通してタヂカラオの脊髄反射を刺激させて彼をその場で直立不動させた。


調査船の、さらに惑星軌道内に待機中の艦隊の、果てはコロニータカマノハラのモニター全てに右騎将軍どのの裸身の逞しい背中とえくぼの入った形のいい臀部が大写しになる。


決して笑ってはいけない場面の時に人は笑いたくなる。


ぷっ!

と、拳を口に当てて天照女王が吹き出したのを合図に軍のオペレーター、右騎大隊のタヂカラオ将軍の部下の艦隊内は笑いに包まれた。


その間、

「はっ!こちら右騎将軍タヂカラオ。この温泉が傷の治癒に効果があるか身を持って調査中」

タヂカラオは素っ裸で敬礼したまま思い付いた言い訳を反射的に口にしていた…



分かりやすく意気消沈しながら艦内の司令室から出て来たタヂカラオにタケミカヅチは、


「どうだった?女王陛下のお叱りは」

と鼻梁の整った顔を意地悪くほころばせた。


2500才にしては若々しく可愛らしい顔を曇らせてタヂカラオは「こってり絞られた…」と半泣きになる。


そりゃそうだろう。とタケミカヅチは重々しくうなずいて、


「降下して7日しか経ってない調査不十分な未開の惑星の温泉にいきなり素肌で入るなんて豪胆通り越して無謀だわ!

もし高天原族の身体に未知の有害な成分くっ付けてしまったらお前だけじゃなく部下たちや大隊、コロニー内の一族まで危険にさらす。女王のお怒りはごもっとも」


そ、それにさあ…とつぶやいて右騎将軍どのは「女王陛下、最後に何て仰ったと思う?『お前が無事で良かった』と規律を破った僕に労りのお言葉…有り難くて有り難くてさ」


と言うと子供のようにぽろぽろ涙を流して泣きじゃくった。


「…ま、気を取り直して飲もう。ハオマ星産の美味い黍酒きびしゅがあるんだぜ」


目の前の欲には弱いがオトヒコ王子に次いで臣下では戦闘力最強のこの若者を女王が厳罰に処す訳はない、と最初から計算した上でのタケミカヅチの公開説教であった。


前王イザナギ崩御から400年の刻が経った。


王位継承は第一子が慣例の通り、ヒルメ王女名を天照と改め1200才という幼さで即位。


元老長アメノコヤネをはじめとする側近たちの補佐で王朝の政治はさしたる変事もなく…


いや、あった。


200年前にユミヒコ王子が元老オモイカネこと思惟どのを連れて別銀河へ探索の旅に出てそのまま帰って来ないのだ。


まだ1400才の若気の至りの家出かはたまた思惟どのと駆け落ちなさったのか真意は定かでは無い。


まあ第二王子オトヒコがいるし、思惟どのが居なくてもAIはそのまま機能してるし、女王治世の400年間はまことに平穏な時代であった。


と、左騎将軍タケミカヅチは回顧し、プライベートでは大親友のタヂカラオと酒を酌み交わした。


「それにしてもお前もうすぐ子供生まれるのに無茶するなよ…で、何人めだっけ?」


「ん~と、52人め」


と指を折ってからタヂカラオが答えた。


タヂカラオ自身は独身だが高天原族の女性に

「強いお方の子供が欲しいの」

と懇願されたら断る事なく同衾する。子種を提供する。いや、もしかしたら断る事を知らないのかもしれない。タヂカラオはそういう男だった。


「計25回の子供の誕生で全て一卵性双生児とはな、お前の子は自然分娩でも人工子宮でも『意地でも受精卵が二分割する』んだものなあ」

とタケミカヅチは快活に笑い、

はい…とタヂカラオは照れて頭を掻いた。



「ちょっと待って下さい、受精卵が『意地でも二分割』って科学的でない表現ですけど」


4000年後の2013年12月の休日。


都城兄弟の双子の兄の方、琢磨が銭湯の湯船のへりに頭をもたせかけたままきっかり90度右旋回して隣の小角を見た。


長い髪をポニーテールに結わえて顎まで湯船に浸かる小角はうひゃあ~とおっさんくさいため息を付いてから

「ま、それは高天原族の七不思議と云われていたそうな」

と毎年出雲大社で行われる神在月の宴で会うたびに直系先祖のタケミカヅチから聞かされる昔話(というか愚痴)をかいつまんでタヂカラオの直系子孫である都城兄弟に、そろそろこいつらも過去にあった高天原族の真実を伝えるべきだ、と銭湯に誘って話聞かせていた。


「七不思議で済ませるなんて大概な人たちだな…って今では神様扱いか」


そう言って琢磨の左隣で弟の及磨が湯船の湯でばしゃばしゃ!と顔を洗う。


「はぁ~…手足伸ばして時間を気にせず風呂に浸かるなんて極楽極楽」


と規則だらけの生活の自衛隊員の休暇を満喫する及磨の横で藍色の長い髪を頭頂部で結わえタオルで巻いた思惟も、


「まったくですわね~、月基地ではユニットバスで循環器した水をケチケチ使ってましたから降下しないとこのような贅沢は味わえないのです」


壁面の富士山モザイクタイルを眺めてほう、と湯気の中で実に気持ち良さそうなため息を付いた。


「まあとにかくだ、オトヒコ王子の養育と最強だけど軽微な規律違反をちょくちょくやらかす親友のタヂカラオの世話に手を焼いた。それがわが先祖タケミカヅチの若い頃の苦労話さ」


んな何千年も前の過去の文句を子孫から言われてもなあ。と釈然としない顔をする都城兄弟は同じ顔を見合わせて肩をすくめた。


湯上がりの脱衣場で下半身に白いタオルを巻いたまま腰に手を当てて琢磨は白い牛乳、及磨はコーヒー牛乳を選んで瓶に唇を当ててごくごく喉を鳴らす様に小角と思惟は、


あ、この二人は一卵性双生児でも好みが正反対の、中身は全く違う人間なのだな。


かこーん、かこーん、と湯桶の音が鳴る銭湯の脱衣場でしみじみ思った。


































































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る