第32話 あんたたち、休戦とか和平とか本気?

トビヒト、エミティノート、エリシャ、ルカを乗せたヘリは、一路、箱根へと向かった。


「そこで、和平条約を締結する予定だった。

 連中を全員そこに集合させることを、条約締結の条件として、日本政府が要請した。

 情報隊が監視したところでは、奴らはきちんと約束を守っているようだ」

 

トビヒトが説明する。


ルカは死人のような生気のない面持ちで、じっと黙っている。

エリシャが気遣い、何度も声をかけていた。


「大丈夫?

 ルカは特に何もしなくてもいいよ。

 全部、あたしがカタをつけるからさ」


「うん……ありがとう」


涙ぐんでさえいるルカにエリシャは気が気でないようだった。


「ほんとに平気?」


「うん……ちょっと乗り物酔いかも」


内心の激しい動揺を押し殺し、ルカはか細い声で答えた。

トビヒトから装置を受け取ってから、動悸が止まらない。

いまにも息が止まってしまいそうだ。


「箱根に着いたら、どっかで薬買えばいいよ。

 トビヒトにやらせればいいって。

 ……ちょっと!

 もう少し静かに運転できないの?」


ヘリのパイロットに怒鳴りつけるエリシャ。

そんな何も知らないエリシャの様子が、ルカを責めさいなむ。


ヘリは、目的地のそばで着陸した。


「目的地は前と同じように、スマホに転送しといたぞ。

 『寛ぎ庵』って旅館を貸し切りにしてある。

 せっかくだから、ひとっ風呂浴びてきたらどうだ?」

 

「オヤジギャグ、笑えない」


言い捨てて、エリシャはエミティノートを肩に乗せて歩き出す。

後ろから、ルカがよろめく足取りでついてくる。


「やっぱりルカは来ないほうがいいよ。

 すごく調子悪そうだし」


心配しているエリシャは、何度もルカを振り返る。

ルカは声を絞り出した。


「大丈夫。

 どうしても、一緒に行かなきゃならないから」


「無理しなくてもいいのに。

 だったら、ずっと後ろにいてよ。

 ルカは何もしなくていいんだからね」


にっこり微笑むエリシャ。

ルカは胸がえぐられるようだった。


「どうするの!

 正面から乗り込むつもり?」


エミティノートが尋ねる。


「そうだね。

 とりあえず、様子見っていう体で来たんだから、当然そうでしょ」


「無謀……」


あきれたエミティノートは天を仰ぐ。


エリシャは、小ぢんまりした旅館の前に立っていた。

時刻は深夜であることもあり、旅館は閉まっている。

何の遠慮もなく、エリシャは呼び鈴を押す。


しばらくして、ガラガラと引き戸が開いた。


「こんばんは~」


エリシャが声をかけたのは、旅館の従業員とは思えない、派手な風体の若者であった。

若者は、丁寧な口調で言う。


「お待ちしておりました。

 奥へどうぞ」


エリシャ、ルカ、エミティノートは旅館の中へ入る。


奥の部屋では、三人の上級ヴァリアンツと、十名足らずの下級ヴァリアンツが座って待っていた。

警察機関の調査により、上級ヴァリアンツの顔はすでに知られていた。

最も奥にいる筋骨たくましい男は、かつてピアリッジと二回戦ったことがある、ウェイルノート隊長のようであった。

手前の若い女性がモウンノート、横の少年がアックノートである。


「エミティノート、久しぶりだな」


口を開いたのは、モウンノートだった。


「私たちが来るのを知っていたのね」


「ああ、お前が身を寄せている原住民の組織から警告が来た。

 一部の武闘派が暴発したとな」


エリシャは舌打ちした。


「やっぱりトビヒトのやつ、信用できない!

 裏でこそこそ手をまわしちゃってさ」


毒づくエリシャに、ルカは身を固くする。

ポケットに入れた装置の重みが、一層増した気がした。


エミティノートがヴァリアンツに言った。


「休戦の申し入れ、きっと勇気が必要だったと思うわ。

 でも、きっと正しいことだと私は思います」


モウンノートは苦笑する。


「お前みたいな卑怯者の感想なんか知ったことじゃない。

 今になって、裏切ったことを後悔しているのか?

 我々に復讐されるとでも思っているのか?

 だから、わざわざ条約締結前に、乗り込んできたのか」


「私の命は好きにすればいい。

 でも、真意を確かめたかったのよ」


いぶかしげな眼を向けるヴァリアンツたちに、エリシャは言った。


「あんたたち、休戦とか和平とか本気?

 あれだけいい気で暴れまくっといて、ヤバくなってきたからやっぱり戦争やめまーすって、都合よすぎない?」


まくしたてるエリシャを、ヴァリアンツは平然と無視した。

エミティノートに、眉をひそめたモウンノートが尋ねる。


「なんだこいつ?

 犬の分際で、主人のまねすれば主人と同じ存在になれるとでも勘違いしてるのか?

 吠えるのを止めさせてくれないか、エミティノート。

 しつけがなってないぞ」


侮辱を受けたエリシャの顔が、怒りに紅潮する。


「ちょっと、エリシャ!

 ……とにかく、私にはあなたたちが本当に地球と和解しようとしているかどうかを知りたかったの。

 もし本気なら……裏切者の私も、何か協力できるかもしれない」


「余計なお世話だ。

 だが、卑怯者らしいと言えば、らしいな。

 我々と地球と、両てんびんをかけようというのだろう?」


「こいつら……」


エリシャは早々に我慢の限界に達していた。

光剣を出そうとした直前、強烈な衝撃が背中を襲った。


いつのまにか、エリシャたちの背後に、ヴァリアンツが忍び寄っていた。

満を持してはなった光球の一撃が、エリシャをとらえたのである。


不意打ちを受けたエリシャは、あえなく昏倒した。

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