第31話 彼女はかなり頭がおかしい

ここで少し時間をさかのぼる。


エリシャが真っ先に協力を要請したのは、トビヒトだった。


トビヒトはあっさりと了承し、ルカを呼ぶように提案する。


「ルカを巻き込むつもりはないんだけど」


「一人だと、万一のことがあるだろう。

 ピアリッジなんだから、二人で行くべきだ。

 ルカさんの説得は任せてくれ」

 

「あとで、あの子がなんか責任取らされるってのはないよね?」


「俺に任せてくれ」


「信用なんかしてないけど、この際しょうがないか。

 でも、ルカはトビヒトが呼んでよね。

 カメラでそれが映ってたら、あなたも一枚かんだって証拠になるわけだし」


「抜け目ないな」


そして、トビヒトはルカを自室に呼び出した。


おどおどと入ってくるルカ。


「なんですか?

 こんな夜中に……」


エリシャが勝手にヴァリアンツを襲撃しようとしていることを、トビヒトは説明した。


「早くエリシャを止めないと!

 もう戦争は終わりなんでしょう?

 無駄な戦いで、もしエリシャがケガでもしたら……」


あわてるルカに、トビヒトは言う。


「行かせるといい。

 キミも一緒に行ってくれ、ルカさん」


「それは、エリシャが行くならわたしも行かなきゃいけないですけど……」


ルカは、不安に表情を曇らせる。

トビヒトは、ポケットから手のひら大の丸い装置を取り出した。


「これは、ピアリッジ専用の戦闘服を、強制解除する機械だ。

 戦闘服の着脱は、形状記憶させた繊維を微電流によって変形させる仕組みになってる。

 この機械で、微電流を発生させるチップに指示を送ることができる。

 ヴァリアンツとの戦闘が始まったら、これをエリシャに使うんだ。

 そうすれば、彼女は無事では済まないだろう」


「どういう意味ですか?」


ルカは恐怖すら感じ、トビヒトからあとじさりする。

トビヒトは、真剣な面持ちで、じっとルカを見据えている。


「彼女は、もうお荷物なんだよ、日本にとっては」


「どうして?

 エリシャは、わたしよりずっと真剣にヴァリアンツと戦ってきたじゃないですか!」


「でももう、ヴァリアンツは敵ではない。

 だが、エリシャはそれが納得できないようだ。

 結果、今日こんなことになったんだ」

 

「なら、わたしが説得します!」


「無駄だな。

 仮に今日、思いとどまっても、いずれ彼女は他人の言うことを無視して暴れ出す日が来るさ。

 ヴァリンツが脅威で亡くなりつつある現在、君たちピアリッジの存在を危険視するものもいる」


「わたしたちを……?

 ど、どうするつもりなんですか?」


「どうもしないよ、ルカさん、キミだけはね。

 だが、エリシャには消えてもらわなければならない」


「イヤです、わたし!!!

 友達が死ぬなんて……もう絶対にイヤ!」


「そうものんきなことを言ってもいられないぞ。

 キミのご両親は、今、地下シェルターにお住まいだね。

 それも、キミあってのことだけど……逆のことも起こるかもしれないってことだ。

 キミのせいで、シェルターから追い出される、とかな。

 そんな程度で済めばいいが」


ルカは怒りに燃える目をトビヒトに向けた。


「わたしを脅してるんですか?

 お父さんとお母さんを人質にして!」

 

「そう取られても仕方ないな。

 こっちを悪者にして気が済むならそうしても構わない。

 だが、少し考えてくれ」


トビヒトの雰囲気が柔らかくなった。

親し気に微笑む。


「キミはエリシャを友達だというけど……彼女はまともじゃない、そう思ったことはないか?」


「そんなことありません!」


「そうかな?

 彼女はかなり頭がおかしい、とオレは思っているね。

 きっとキミより、ちょっとだけ深く知り合ってるからかもしれない」

 

「わたしだって、これまで一緒に戦ってきたもの。

 エリシャは……確かにちょっとメチャクチャなところもあるけど、でも頭がおかしくなんかない」


「いや、自分をごまかさないほうがいい。

 彼女は危険な人間だ。

 キミは、彼女の人を人とも思っていないような言動を、何度も目にしたことがあるだろう。

 今は、キミと仲がいいかもしれないが、もし今後仲たがいしたなら、そのときは……きっとキミにとって、いや、世界にとって、恐ろしい敵になるに違いない」


「まさか……そんなこと……」


が、ルカは完全に否定することもできなかった。

トビヒトの言うことにも、確かに一理あるような気がしたのである。


「今はつらいだろうが……エリシャのためでもある。

 このまま彼女を放っておいたら、おそかれはやかれ問題を起こす。

 彼女がじぶんの評判を悪くする前に、それを止めるには……」

 

トビヒトは装置をルカの手に押し付けた。

ルカは、激しく惑乱しながら、それを受け取った。


「と、止めるには?」


「エリシャを殺すしかない。

 キミがやるんだ……ルカさん」

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