第23話 よかった、ルカちゃんは元気そうで
エリシャは先頭に立ち、公民館の扉を開けた。
背後から、ルカとエミティノートがついてくる。
公民館の中には、近隣の住民たちが身を寄せ合うようにして座っている。
ルカは全員を見渡したが、いなくなった人が何人かいるのに気が付いた。
消えたのは、ヴァリアンツの侵略によって、犠牲になった人たちだった。
彼らは、ピアリッジの姿を見て目を輝かせた。
ヴァリアンツ退治が終わったと勘違いしたのである。
ルカは思わず目を伏せた。
ナオミの両親が、親し気にルカに声をかけてきたのだった。
「よかった、ルカちゃんは元気そうで」
涙すら浮かべてルカをいとおしそうに見るそのまなざしに、ルカは気が重くなった。
ナオミを助けられなかった罪悪感を押し殺す。
「気を使ってくれて、ありがとうございます……」
なんとか答えるルカに、隣の住民が声をかけた。
「ルカちゃんのご両親は、地下シェルターに避難してるんだって?
うわさで聞いたんだけど。
私たちも隣に住んでたんだし、そのよしみでなんとか国に頼んで、シェルターに引っ越しさせてもらえないかな?」
他の住民が、口を開いた。
「そうだよ。
東京は危ないってわかってても、今、引っ越しが禁止されてるから、田舎に逃げることもできないんだ。
今日だって、この騒ぎだろ?
このままじゃ、そのうち私たちもヴァリアンツに殺されるよ!
お願いします!」
「あの、わたし、できるかどうかわからないけど、一応頼んでみます……」
しどろもどろに返事をするルカを、エリシャが制止する。
「ちょっと!
今はそんなことしてる場合じゃないでしょ」
エリシャは住民に魅惑的な笑顔を振りまきながら、ずかずかと住民の中へ分け入った。
エミティノートにヴァリアンツの特定を頼む。
エミティノートは、鼻先を動かし、部屋の隅を示した。
そこには、痩せこけた老人が、脚を抱えて座り込んでいた。
周りでは家族が安堵したように、身の回りの品を片付けている。
エリシャは老人の前に移動した。
疑惑が頭をかすめる。
それほどに、老人の静かなたたずまいは、人畜無害のように思われたのである。
ついてきたルカに尋ねた。
「ね、このおじいちゃんって知ってる?
近所でしょ」
「なんだか見覚えはあるような気がするけど、どんな人かは知らない」
「ふうん、ま、近所の人ってことで間違いなさそうだね」
エリシャとルカが、老人を他の人から隔離するように立った。
老人の家族が、不審のまなざしを二人に向けた。
エリシャの手のひらが、燐光を帯びる。
目の前で発生した超常現象に、居並ぶ住民たちは息をのんだ。
エリシャは人々に言った。
「この人はヴァリアンツです!
みなさん、すぐに避難してください!」
住民たちは、唖然とピアリッジ、そして老人を見た。
老人の家族が抗議する。
「待ってください、うちの父がヴァリアンツだなんて、冗談でしょう?」
「おじいちゃんが、何かしたんですか?」
エリシャが答える。
「きっといつもと様子が違うはずです。
気が付かなかったんですか?」
家族の顔が、こわばった。
ルカは家族の顔を見て、ふと思い当たった。
「もしかして、このおじいさんって……認知症の……?
なんどか見たことあるのは、迷子の張り紙だったよ」
家族は、さっと老人から離れる。
「急にしゃんとしたと思って、みんな喜んでいたのに……」
まだ半信半疑のようすで、家族はピアリッジを遠巻きに見つめている。
「早く、建物から出て!
巻き込まれたら、ケガじゃすまないですよ!」
エリシャが大声を上げた瞬間、老人は獣のような速さで、その場から走り出した。
背後から、エリシャが老人の腕をつかむ。
肉が焼け、音を立てる。
においが室内に充満した。
倒れた老人の上に、エリシャは膝をつき、動きを封じる。
緊張感が室内に張り詰めた。
暴れ出すかと思われた老人は、しかし、身を震わせ、泣き声を上げた。
「命だけは、助けてください……。
殺さないで……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます