第20話 こんな時にこんなことを言うのもヘンだと思うけど

つくば市での爆発から数日。

政府は、続けざまに起こった爆発事故の原因をこれ以上隠ぺいできないと判断した。


東京とつくば市の爆発事故は、ヴァリアンツが引き起こした大規模テロであると発表された。


同時に、首都圏のみならず日本全土に非常事態宣言が発令された。

大半の閣僚を失った内閣を再建するべく、内閣総理大臣は不足した大臣を任命する一方、非常事態における内閣総理大臣の権限で、数多くの政令を発布した。


都市部中心地に存在する建築物の一部は、ヴァリアンツ対策支部として徴発された。


都市部では、警察官のパトロールが常時行われ、不審者はその場で身柄を拘束された。


空港、港は封鎖され、海外への渡航者が一人もないよう監視された。


次元振動炉を保持している研究施設は厳重に警備され、研究員は施設内に宿泊するよう勧告された。


職場と自宅以外の場所へ立ち入るには、許可証が必要となり、外出も事前に役所への届けが必須となった。

許可証を発行するために、市には新たな課が新設され、当分の間は、所属する会社が発行業務を肩代わりするように通達された。


気軽に外出すらできなくなったことから、町から人通りが消えた。

商業活動は急速に縮小し、海外との貿易も停止した。


さらに数日すると、食料の配給でも始まるのではないかとのうわさもある中、人々は自宅での逼塞を余儀なくされた。


***


「来たか。

 遅かった……な……」

 

地下シェルターから地上のヘリポートへとつながるエレベーター。

ピアリッジの二人を待っていたトビヒトは、あきれるあまり、言葉を失った。


いつもなら戦闘服を着ているはずの二人は、今日はごく普通の女の子らしい服装だった。


トビヒトは首をかしげる。


「どうしたんだ?

 遊びに行くわけじゃないんだが」


「わかってるよ、そんなこと」


満面の笑みでエリシャが答える。

気おくれしたようなルカが、トビヒトの様子をうかがっている。


「どうせ戦いが始まったら、服なんか破れちゃうんだから、何着てたって一緒でしょ?」


「まあ、それはそうだが……」


「だったら、いいんじゃん。

 さ、ルカ、とっとと行こ行こ」


納得しきれていないトビヒトをよそに、上機嫌のエリシャはルカとともに、さっさとエレベーターに乗り込んだ。


「早く!

 置いてくよ」


ドアの閉まりかけたエレベーターに、トビヒトはあわてて飛び込んだ。


エリシャとルカの傷は、たった一週間でほぼ癒えていた。

ルカの背中には醜い傷跡が残り、エリシャは歩き方がややぎこちなくなったが、それでもピアリッジの治癒力は目覚ましいものだった。


エリシャとルカの仲も、以前の寒々しさが嘘のようだった。


ルカが困惑するほど、エリシャはルカに親切になった。

今日も、エリシャが大量の服をもって、ルカの部屋に押しかけたのである。


二人が何度も衣装を取り換えて、鏡の前に立つ様子は、ちょっとしたファッションショーだった。


エリシャがいきなりルカにキスをしたことがあった後、ルカは両親に相談もできず、少し頭を悩ませていたが、エリシャの天真爛漫な笑顔に、ほだされてしまった。


きっと、けがのせいで錯乱したに違いない。

確かにあの時のエリシャはどうもようすがおかしかった……。


「今日の目的地は、神奈川県相模原市。

 そこにヴァリアンツと思われる対象を発見した。

 警察の監視網を早急に張り巡らせたおかげだな。

 実質、ヴァリアンツはもうこれまでのように自由に行動することは不可能だ」

 

トビヒトが言った。


すでに三人は機上の人になっていた。


緊張感の欠けた声で、エリシャは言う。


「あのさー。

 目的地のちょっと前で降ろしてくんない?」

 

「どうした?

 何か策でもあるのか?」

 

「まーね。

 周りの様子を確認しとこっかなって」

 

「そんなことが必要か……?

 まあいいけど、対象を取り逃がすなよ?」


場違いなエリシャの浮ついた様子に、トビヒトは厳しい目を向けた。


全く意に介せず、エリシャは幸福そうにヘリの窓から外を見ている。


ほどなく、ヘリがスピードを落とした。

ホバリングしつつ、降下したのはロータリーであった。


「500メートル先に対象の潜伏している民家がある。

 スマホに画像を転送しといたぞ」

 

トビヒトの声を背に、エリシャとルカは地面に降りた。

ちょうど正午に近い時刻だった。

さんさんと日の光が降り注いでいる。


「ヘリコプターからまともに降りるのって、初めてかも」


エリシャは笑って、ルカの手を握った。


「そ、そうだね」


エリシャのやわらかい手の感触に、ルカはとまどう。

二人は、手をつないで人気のない道路を進む。


上空では、テレビ局のヘリコプターが旋回していた。


「誰もいないね。

 あたしたちの貸し切りだね」


エリシャは、ゆっくりと歩を進めながら言った。

のんびりとしたペースに、いやおうなくルカも合わせる。


「うん。

 今って、みんな、あんまり外出れないらしいね……なんだか、かわいそうな感じ」

 

「ずっとシェルターに居たら、息が詰まっちゃった。

 外に出れて、すごくいい気持ち。

 こんなことって、実はけっこう貴重だよね」

 

「そうだよね。

 ちょっと贅沢かな……他の人に、ちょっと悪いかも」

 

「あたしたちピアリッジだから、気にしなくていいよ」


「そろそろ目的地かなあ……」


「もうちょっと歩こ。

 ……なんだか、あたしたちさぁ、ちょっとデートっぽくない?」

 

「そう……かな?

 まあ、そんな気もするかなあ」

 

「でしょでしょ!

 せっかくだから、もうちょっと一緒に居ようよ!」

 

「……うん……まあ、いいかも」


「超うれしい!」


どうも調子がくるっているルカの返すおざなりな返事に、エリシャは素直に喜ぶ。

感極まったように、ばたばたと足踏みした。


エリシャの視線は、ルカから地面に落ちた。

あらたまった口調で言う。


「あの、こんな時にこんなことを言うのもヘンだと思うけど、どうしても言いたいことがあって」


「なに?」


唇をなめ、エリシャは口ごもる。


「びっくりするかもしれないけど、あたし、その、実は、ルカが、急に、あの、なんか、つまり、あたしは、ルカが……」


意味が分からないルカは首をかしげる。


その時、何かが宙を舞い、エリシャとルカに殺到した。


人間だった何かが、空中で一瞬のうちに異様な化け物へと姿を変える。

ナイフのようにとがったツメが、音を立てて空を裂いた。


ヴァリアンツの攻撃がエリシャに到達しようとした刹那、光剣が異形の姿を薙ぎ払う。


エリシャは腕の光剣を振りかざし、怒りもあらわに叫んだ。


「もう!

 なんで大事な時に出てくんのぉ?

 今日は特に許さないからね!」

 

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